ep.88 教え
グレアの発言は明確な挑発と受け取られても仕方のないものだった。アリスは銀色の瞳をギラリと輝かせ、爪先を捻るようにジリジリと距離を詰める。
「礼儀を教えるだと?この私に?」
「ええ、楓さんのような学生ならまだしも、こんな大人に指導するハメになるとは…流石に私も…」
続く言葉を遮り、アリスが一気に間合いへ踏み込むと瞬きする間も与えず、喉元へ手刀を放つ。グレアはそれを右手で払いのけるように弾いた。
「ほー。今のに反応するか…やはり只者ではない。すまなかった、許してほしい」
「いいえ、私も言い過ぎました。ここはお互い様としましょう」
向かい合う二人は握手を交わし、周囲を埋め尽くしていた空気が嘘のように緩んだ。
「では、今後の活躍に期待しているぞカエデ」
唖然とする楓とカリサを他所に、アリスはそれだけ言い残し、ラグナを連れて去っていった。
カリサが手を擦るグレアを注視すると、一部が赤く腫れ上がっていた。先程の手刀によるものだろう。
「グレアさん…大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
「あの人…めちゃくちゃ強いですね」
楓はその様子に驚愕していた。グレアに手傷を負わせる事がどれ程の快挙なのか、実際何度も手合わせしている彼には理解できる。
「ええ。不意打ちとはいえ、私に痛みを感じさせるとは。流石は隊長クラスと言ったところでしょうか。なんであれ、今の楓さんでは太刀打ち出来ませんね」
「そうですね…」
楓は憂慮していた。あと数カ月後、彼女より遥かに強い人物を相手取らなければならないのだ。
「時間もありませんし、鍛錬を再開しましょうか。カリサさんもご一緒にどうです?」
「え!?私もですか?」
「ちょっと!グレアさん!?」
楓が驚くのも無理はない。グレアと楓は数カ月後に彼女の所属するロイヤルと一戦交えようとしているのだ。そんな相手と行動を共にするのは、下手をすれば手の内を明かすことにも繋がる。
最終目標を考えれば敵、味方の関係では無いものの不利を被るのは避けるべきだろう。しかし、グレアはそうは思っていなかった。
「いいではありませんか!身体を動かすのは気持ちいいですよ?」
「…一応私も毎日鍛錬してますけど」
「まぁまぁ。ほらカエデさん。教えてあげてください」
「はぁ。わかりましたよ」
文句を言いながら準備を始める二人を余所に、グレアは先程のアリス・テラ・イーファスの動きを脳内でイメージする。確かに反応は出来たものの、あれは無駄のない完璧な体捌きだった。
(アンディの奴…自分の部下を信頼していないみたいだけど、しっかり良いのが育ってるじゃない)
〜
日本対魔協会本部。地下??階 特別会議室
薄暗い室内で、デスクに置かれた一つのパソコンの画面のみが光を放っていた。その前には少し小太りな男性の姿。
画面には彼を含めた7人の男性の顔が映し出されている。
「それは彼等からの指示か?」
「ああ、困ったものだ。日本国の肩書きを背負った私がオーフィス騎士団を敵に回せば面倒なことになる。失敗は許されないな」
「バレてしまえば面倒なんてもんじゃ済まないだろう…」
「だが、どちらも同じ事。ヴィクトリアが先か、ロイヤルが先か。まぁ、今まで散々甘い蜜を吸わせてもらったんだ。奴らの指示に従うのが当然の流れだろう」
「他人事のように言っているが、君達の国だって遅かれ早かれだ。覚悟しておくんだな」
「君からの忠告はありがたく受け取っておこう」
「それにしても、三番隊 隊長アリス・テラ・イーファス、 副隊長 ラグナ・ファルゼン、 五番隊 副隊長エイタン・リケルメ 、調査隊員 カリサ・ツィングラー。これら全員の抹殺か。一人でも逃せば足が付くだろうし、全く無茶振りにも程がある」
「そもそも、隊長クラスを仕留められるのか?」
「問題無い。“V”の使用許可を貰ってあるからな」
「おお!例の新薬か!本当に効果があるかは疑問だが…」
「私が既に自分の身体で試しているよ。あの薬は本物だ」
「では遠藤中将、検討を祈る。それとこの後、我らに繋がる記録は全て処分させてもらう。気分を悪くさせたら申し訳ないが、保険の為だ」
「ああ。わかっているよ。では」
遠藤中将はパソコンの電源を切ると、
そのまま鉄製の箱に放り込んで証拠を焼き払った。
続けて備え付けの受話器を手に取り、番号を押す。
「ああ、俺だ。例の街に八重野と工藤を送ってくれ」




