ep.86 ミアの友達作戦②
カリサと別れた楓が教室に入ると、先程まで賑やかだったクラスメイト達が一斉に静まり返った。
皆の視線の先には毛先を遊ばせた楓の姿。昨晩と今朝、カリサに化粧水と美容液を塗りたくられたので、肌の調子もバッチリだ。さらには香水までつけられ、オレンジの良い香りが身体から漂ってくる。
(やっぱり変だよな…)
顔が真っ赤に染まる前に、楓は平静を装いながら自分の席へと向う。その間も周りからの視線が痛いが、真顔を保ちながら席に座ると、なにやら近づく人の気配を感じる。
(あいつらめ。さっそくからかいに来たか…)
楓が億劫そうに顔をあげると、そこに居たのは予想していた男子達では無く、三人の女子だった。同じクラスではあるものの、彼女達とは話した記憶が無い。
「楓くん髪切ったの?」
「ん?切ってないけど?」
「…ふーん」
そこで会話が止まってしまった。ミアやカリサとは話すが、普通の女子に対しては耐性が無いのだ。気不味い空気に耐えかねた楓は、助けを求めてミアの席へと向かった。
「おはようミア」
「カエデ。今日は雰囲気が少し違うな」
「ああ…ちょっと気分転換にな」
「そうか…」
ミアは楓の頭部をじっと見つめ、考え込むかのように顎に手を当てた。眉間にシワを寄せ気難しそうな表情をしている。
(この頃のミアは感情豊かになった気がするな…やっぱり、スマホもSNSもミアをいい方へ導いてる気がするんだよな)
確かに今後悪影響を受けてしまう可能性は否定できない。だが、余程の事でない限り、たとえ失敗したとしても、恥ずかしい思いをする程度で済むものだろう。ミアはまだ未成年なのだから。
「カエデ」
「ん?どうした?」
「その髪型なのだが…」
ミアはスマホを開くと、手慣れた手つきでスクロールを始める。そして目的のものにたどり着いたのか、楓の方に画面を向けた。
「その髪型は、今の流行りとは違うのではないか?」
ミアのスマホに映る男性達の肌はどれも浅黒く焼けており、左右と後ろの髪を刈り上げ、頭頂部は髪が立ち上がる程に短い。確かに体育会系のイケイケ男子達は皆その髪型な気がする。
楓は普段髪の毛のセットなどはしないが、こだわりが無いわけではない。彼は額を出すのを嫌っていた。なのでミアが提示してきたような髪型は避けているのだ。
「確かに流行りはあるけど、好みってもんがある。皆と同じじゃなくても、自分が好きならいいんだよ。自分らしさってやつだ」
「…そうか。そうだったのだな」
〜
昼休みの食堂ではいつものメンバー。ミア、楓、北条、そして新しくカリサの姿があった。
(やっぱ俺だけ浮くよな。変に見た目に気合入れてる分、なんか無理して背伸びしてるやつみたいな…)
慣れてるとはいえ、周囲からの視線をいつもより強く感じる。恐らくカリサのせいだとは思うが。
4人とも今日は弁当を持参している為、誰かを待つことなくそれぞれ食事を始めた。
「カエデくん。今日は凄くかっこいいね!」
「お!ありがとな北条」
会話を切り出したのは北条だった。物凄くストレートな言葉だ。しかし、北条は現在男子の格好をしている為、楓も特に意識はしない。
だが、隣にいるカリサの反応はそうではなかった。極端に胸を張り、満足そうな笑みを浮かべている。
「そうか!カリサさんなんだね?カエデくんの髪型をセットしたのは」
「え?どうしてそれを…」
「おい…」
楓は隣にいるカリサを肘でつついて牽制した。楓とカリサが同居していることは、他の生徒達に秘密だ。しかし、あんな顔をしていたら誰にだってバレてしまうだろう。
「ああ、気にしないで。僕は二人が一緒に暮らしてるって知ってるから」
「「え!?」」
北条のさらっと放ったひと言に、楓とカリサは驚愕の声をあげる。誰にも話していなければ、しっかり対策もしていたのでこれは当然の反応だった。
「あ、ごめん秘密だったよね。ミアさんは知ってたのかな?」
「ああ、ナギ。知っているぞ」
「え、ミアも知ってんの?」
楓は疑うように同居人を睨みつけた。
するとカリサが顔を近づけ、小さく耳打ちをする。
『グレアさんには話してるから…でも北条 凪の方は知らないわよ』
『そうなのか?じゃあ誰が…』
「ふふ。二人は仲がいいんだね」
「そのようだな」
(不味いな…ミアとカリサを仲良くする作戦なのにこのままじゃ)
楓はカリサにアイコンタクトを送ると、彼女も察したように表情を引き締めた。
「あの…ミア…さん!」
「カリサ?どうしたのだ?」
「あの…その…えーっと…」
〜
「どうしたんだよ…人見知りってタイプでもないだろ?」
「違うわ。ミアさんは…」
夕食後の家族会議。本当は家族では無いのだが、同じようなものだろう。
カリサの脳裏では、助けられた森でのミアの姿が浮かんでいた。
―君は私の恩人を守ってくれた。ならば君も私の恩人だ。これからの事は好きにするといい
「ミアさんは私の恩人なの。だから演技でも馴れ馴れしくなんか出来ないわ」
「はぁ?じゃあこれからどうするんだよ…作戦は?」
「これからも昼休みは付き合うわ。馴れ馴れしくは出来ないってだけ。そもそもスマホの使い方ならグレアさんが注意するべきじゃない?」
「それは俺もそう思うけど…」
正論ではあるのだが、これじゃ本末転倒だ。
楓は皿洗いを済ませると、頭を抱えながら部屋へと戻る。
「ん?なんだ…?」
ふと、スマホを開くと、普段ミアの投稿を覗く程度にしか使用していないフォトスタから、大量のフォロー通知が届いていた。覗いてみると、どれもクラスの女子…いや、学年の違う女子達からも複数届いているようだ。
「どうなってんだよ…」
個人のメッセージも届いているようだが、楓は恐怖を感じたので、内容は見ずに通知を切る。
「今度は北条か…」
すると、新しく北条から一通のトークが届いた。
『カエデくん。言っておくけど、僕が認めるのは一人までだ』
「一人まで?どうゆう意味だ?」
楓は即座にトークを返したが、
彼女からの返答は無かった
〜
「ミア様。本日はどちらに行かれますか?写真映えしそうなスイーツのお店は…」
「いや。もう良いのだグレア」
「はい?それはいったい…」
〜
「おっ。新しくミアが投稿してんな…また豪華なパフェか?どれどれ……ん?」
楓がフォトスタのミアのアカウントを覗くと、何故か市販のクリームパンの写真が画面いっぱいに並べられている―
「なんじゃこりゃ!」
〜
「…自分らしさか」
ミアはスマホをテーブルの上に置き、
窓の外を眺めながら、静かに笑みを浮かべた。




