ep.8 転校生
朝のランニングから帰宅した楓は自室で灰色の物体を眺めていた。あの森で邪種と戦った事や神器を起動した事は当然誰にも話していない。成り行きでやむを得ず戦闘になっただけだし、今さら聖隊を目指そうとは考えても居ないのだから。それに何度試してもこの神器を再び起動させる事は出来なかった。
(邪種に反応したのかな。それとも特別な条件が?まぁ起動させられても使わないから意味ないけど)
心当たりがあるとしたら邪種を目の前にしていた事くらいか。神器の適正は生まれ持っての資質で決まるのが常識だし、後天的に使えるようになったなんて聞いたこともない。
「じゃあ、またなグレイド」
邪種に反応した。というのがそれらしい答えだが、他に考えられるとするなら気持ちの問題だろう。最近は愛着を持てるようにと毎日話しかけている。灰色と剣をもじってグレイドと名付けた。物体に話しかけるのはなんだか恥ずかしいが誰も見ていないから気にする必要はない。
「今日も学校かぁ。どうも調子が戻らないな」
気づけばもう9月の中旬。長期休みが明けてからの学校はなんて億劫なんだろか。とは言ってもアルバイトに明け暮れて、学生らしく遊ぶことも無く夏休みは終わってしまった。アルバイトとはいっても知り合いのお店や山のおばちゃんのお手伝いなのでボランティアと言った方が正しいかも知れないが。今だに瞬やあの時同行していた教師の事を思い出すと気が重くなるのでとても遊ぶ気分にはなれなかった。それでも学校があるのと無いのとでは精神的負担は全く違う。
「あ、今日の昼どうしよう。妹に説教されたばかりだしな…」
ここ最近はやけに出費が多かった。制服がボロボロになってしまったのでやむを得ずとか。贅沢をした訳では無い。それでも夏休みの間に三日間だけ帰ってきた妹に残高を見られ、かなり詰められた。しばらくの間は節約生活をしなければ次が怖い。
「家になんかあるかね。げっ。クリームパンしかない。昼に甘い物だけはキツいな…」
ボソボソと愚痴を言いながらもパンを鞄に押し込み学校へ向かう事にした。
〜
「ん?あれは確か女の子の家にいた…」
自転車で学校に向かっている途中、見覚えのある人物とすれ違った。少女、ミアと呼ばれていた女の子の家に客人として来た人物だ。黒色の車を運転し楓が向かう学校とは逆方向に進んでいった。
(出勤時間なのかな。社会人になっても朝から頑張らないと行けないのかぁ。人生って大変だよな)
そんな思考を巡らせながら学校に到着し教室に入ると何やらクラスメイト達が皆騒がしくしていた。
「おはよー。なんかあったの?」
「転校生が来るみたい。すっごく可愛い子らしくて皆大騒ぎだよ!」
「まじかっ!そいつは一大事だな!」
転校生が来る。確かに学生にとっては心躍るイベントだ。しかも異性であれば尚更だ。楓も例に漏れずワクワクした。ただ、胸の奥にざわめくものもあった。朝すれ違った女性。同じ歳くらいの可愛い子。なにやら心当たりがあるような。
(まさかな。そんなありがちな展開は…)
最近色々な事があったせいか、なにかと悪い方へ考えすぎてしまう。ただでさえハプニング続きなのだ。あんな奇妙な人達に近くに居られると気が気じゃなくなりそう。
「可愛い子かぁ。楽しみだな!」
「だよね!」
深く考えるのは辞めて、皆と同じようにワクワクして待つことにした。単純に神様が人知れず邪種を倒した自分にご褒美をくれたのかもしれないし。
〜
「ミア・リヴェデーレ」
「…」
期待は簡単に裏切られた。クラスメイト達も騒ぐどころか静まり返っている。前評判を遥かに上回っているせいか逆に引いてしまったもしくは見惚れているのだろう。
(同じ歳だったのか。それにしてもあいつ普通に喋れるのやっぱりムカつくな)
自分は散々無視されていたのに、人前で普通に発言出来ているのはやはりショックだ。不法侵入した人間に馴れ馴れしくするほうがおかしいと言われれば否定出来ないが。担任の先生に促され静寂だった室内にようやく拍手の音が響いた。
「では、空いてる窓際の席を使いなさい」
幸いなことに楓は壁側の端の席、間違ってもお隣さんになるということはない。しかし窓際の席は羨ましいな。
(あれだけ無視されたんだ。同じクラスとは言え席も離れてるし、特に関わることもないか)
そんなこんなで無事一限目が終わった後だった。次の授業まで眠ろうと机に突っ伏していると何やら人の気配を感じた。
「…」
(…なんだ?俺なにかしたか?)
楓が顔を上げると、席の前にミアが立っていた。目を合わせても話す気配はない。表情も変わらず、その鋭い目つきからは軽蔑されているような冷たさすら感じる。
「なにあれ?」
「知り合いなのかな?」
教室がざわつき始めた。普通は休み時間になれば興味津々なクラスメイト達に囲まれるのが転校生のあるべき姿だろう。この行動にはどういった意味があるのだろうか。
「えーっと…」
スッ
無言だったミアが突然手を伸ばしてきた。
「握手…?」
楓が右腕を出すと、ミアはその手を掬うように取り無表情のまま見つめ続けた。
「あの…手になんかついてるかな?」
「…」
やはりミアは無言のままだ
(誰か助けて…)
楓が助けを求めて周りを見ていると、手の甲にほんのり温かさを感じた。なんだ?と視線を正面に戻すとミアが手の甲に唇を押し当てているのがわかった。
「は?」
数秒後、教室はどよめきに包まれた。




