ep.85 ミアの友達作戦
朝、楓は珍しく同居人であるカリサと通学路を共に歩いていた。一人の時は自転車だが、彼女は自転車を所持していない。
学校までは徒歩で20分ほどかかるが、普段から体力の鍛錬を欠かさない二人にとっては、この程度苦にならないだろう。
「やっぱおかしくねぇか?」
「ダイジョーブ、大丈夫♪」
機嫌良さそうにスキップするカリサの横で、楓は恥ずかしそうに頭を掻くと、スマートホンの内カメラで自身の身なりをチェックする。そこに映る自分は、いつもの自分では無い。
〜
昨日の夜、自宅のリビングにて
ソファに寝そべりアイスを咥えるカリサに、
楓は突然、土下座を始めた。
「頼む!カリサ。ミアの友達になってくれ!」
「…急になんだって言うのよ…ミアさん?」
「あいつを救えるのは…カリサしかいない!」
カリサは話を聞くため姿勢を正すと、土下座する楓の方へ身体を向けた。彼女の格好は大きめな白いTシャツとトランクス。かなりの薄着だ。当然、家族でもない異性の前でするような格好ではない。
だが、二人は一年近くも共に暮らし、既に兄妹のような距離感となっている。今さら男女の意識はないし、警戒などしようもない。
「私がミアさんを救うですって?」
「ああ、俺の話を聞いてくれないか?」
楓は頭を上げると、これまでの経緯を話し始める。一通り聞き終えたカリサは、呆れたように天井を見上げ、深く息を吐いた。
「はぁ…暴走もなにも、女子高生なんて皆そんなもんじゃない」
「…だが、問題はミアが周りの影響を極端に受けやすい体質ってことだ」
「確かにスマホを手に入れてからの噂は、クラスの違う私にも届くようになったわね」
特にミアが髪型を変えたのは、一大ニュースとして校内に知れ渡っていた。ただでさえ流行りの髪型なのに、ミアの影響を受けて同じ髪型にする女子がさらに増えた。皆同じになり過ぎたせいで、誰が誰だか見分けがつかないと教師達が嘆いているほどだ。
「それと私が友達になることに何の関係が?」
楓の考えはこうだった。
学校での人間関係において、派閥やグループというものがある。昼休み一緒に食事を食べたり、放課後遊びに行くなど。要は特別仲の良い人間だけの集まり。男子にも無いことはないが、女子の場合はそれが特に顕著だ。
幸いな事にミアにはまだそれが無い。今は興味本位で近づいてくる女子達の話を、片っ端から吸収しているにすぎない。
しかし、今後付き合う相手によっては、自撮りや個人情報を晒してしまうような、悪い影響を受けてしまう事も考えられてしまうのだ。
(流石に親友が制服でダンスを踊るような動画をSNSで載せ始めたら…)
ふと、楓の脳裏に真顔で踊るミアの姿が浮かび、
少し興味が湧きはじめた。
(グレアさんは間違いなく嫌がるだろうな…)
だが、発狂した保護者に、詰められる未来を想像し、楓は自身の願望をそっと胸に閉まった。
「カリサがミアの良い女友達となって、健全な方へと導いてくれ。カリサはロイヤルだからSNSとかに個人情報なんてひけらかさないだろ?」
「まぁ、SNSは連絡手段くらいにしか使ってないけど…私だって仲のいいグループはあるし…」
「そこをなんとか…!」
「楓が導いてあげればいいじゃない。いつもお昼一緒にいるでしょう?」
カリサの言う通り、スマホを使いこなし交友が広がってからも、ミアは楓と昼休みの食事を共にしている。
「いや、同年代の女の子達の趣味に触れてミアは楽しそうにしてるからな…女子の世界に俺は入り込めないだろ…」
「私だってクラスが違うから無理よ」
「昼休み一緒にいるのと放課後にトークするだけでもいい。他の女子達より仲良くなればそれでいいから!」
楓はこう考えていた。ミアとカリサは学校でも一位と二位の美女として認知されている。この二人が仲良くしていれば、そこに入り込もうなど、余程の自信家でない限り思わないだろうと。そこに北条も加われば、もう誰も近づけないグループが誕生する。筈だ…勿論、カリサの前で口にしないが。
「はぁ。とりあえずお昼は一緒に食べてあげるわよ」
「本当か!?ありがとな!」
「楓はどうするのよ?いつもミアさんと一緒にいるわよね?」
「俺は一人で食うよ。邪魔にしかならないだろ?」
これはあくまで、顔面強者を固めて他の追随を許さない作戦だ。なので、そこに自分がいれば台無しになってしまう。
「それは駄目ね。カエデが一緒に食べなくなったら、ミアさんが悲しむでしょう?」
「そうか?別に関係ないと思うけどな」
「はぁ。わかってないわね。いいから普段通りしてなさい」
「いや、俺がお前達の中に混ざってたら浮くだろ」
「…ははーん!」
楓のその言葉で気づいてしまったのか、カリサが意地悪そうな表情に変わった。
「私に任せなさい!」
「え?」
楓は手を引かれ、彼女の部屋へと連れ込まれた。
言われるがまま椅子に座らされると、髪の毛を好き放題弄くられる。数分後、得意げな顔をするカリサに鏡を渡され、そこに映る自分の姿を見て楓は驚愕した。
「これが…俺!?」
「カエデも元は悪くないんだから。自信持ちなさい!」
「…うん、それにしても無理があるだろ」
確かに見違えるほどマシにはなった。しかし、彼女達とは生まれ持ったものが違うのだ。どれだけ努力しても並べないほどの差が。
「とにかく、明日から毎朝私がやってあげるから!」
「え…本当にこれで行くの?…」
こんな筈では無かった。
(こんな事なら栞に頼むべきだったか…)
楓は頼む相手を間違えたと後悔した。




