ep.84 ミアのえすえぬえす
朝、楓が教室の席に着くと、突然ミアが接近してきた。右手にはなにやら黒く輝くものが握られている。
「おお!ついにスマホ買ったんだな!」
「ああ。昨日グレアと選んだのだ。すまほとはなんとも美しいものだな」
普段通りの無表情で淡々と話すミアだが、
心なしか目が輝いているようにも見える。
楓がミアのスマホを受け取ると、余程熱心に触っていたのか、綺麗好きな彼女の物とは思えぬほど、画面は指紋でベタベタになっていた。
「とりあえず連絡先だな。アプリは何入れてんの?」
「あぷり?それは何のことだ?」
「そりゃ当然知らないか…」
楓は悩んだ末、とりあえず必須なものは入れてあげたほうがいいだろうと、ミアに許可をとりスマホの画面を開いた。
「まずはとっととトークだな。これはクラスのグループもあるから必須だろ?あとは…」
とっととトークとは、無料で通話やチャットが出来るソーシャルネットワーキングサービスだ。個人のやりとりは勿論の事、グループチャットは学生や社会人の情報共有でも使われ、若者達からはトークと呼ばれている。
「カエデ、えすえぬえすは駄目だとグレアから言われているのだが、何の事だろうか?」
「え!?SNS駄目ならスマホの意味が無いぞ…」
「そうなのか?よくわからないが…」
ここに来ても、グレアの過保護が発揮され、楓は頭を抱えた。勿論、メールでのやり取りも可能ではあるのだが、それだと不便すぎる。
「ミアちゃん。スマホ買ったの?友達追加していい?」
「え、ずるい!私も」
なにやら女子達がわらわらと集まってきた。これまでミアを遠巻きに見るばかりで、声すらかけられなかったのに。やはり、人間関係を構築するにあたって、スマホという機械は素晴らしいものだ。
男子達はというと、未だ勇気が出ないのか、羨ましそうに眺めているだけだった。それでも話しかけられたことの無いクラスメイト達に囲まれ、珍しくうろたえるミアを楓は微笑ましく眺めていた。
※※※※
「グレア。クラスの者達 曰く、やはりえすえぬえすが無いと、スマホは厳しいそうだ。どうにかならないだろうか?」
「ですが…SNSは便利である故に、危険も伴います」
「クラスの皆はやっているそうだぞ?」
グレアの恐れていた事態が発生する。元々、担任の教師からもミアだけクラスのグループトークにいない為、連絡事項がある際に不便であることは言及されていた。それでも主への悪影響が懸念されるので抑えていたのだ。
「はぁ、仕方ありませんね。とっととトークだけは許可しましょう」
とっととトークは近い間柄でのやりとりをするだけなので、そこまで危険性はないだろう。グレアも流石にそれを制限するのはやり過ぎたと反省した。
「本当か?ありがとうグレア」
※※※※
「というわけで、とっととトークだけはグレアの許可を得られた」
「よかったじゃん。じゃあ友達追加しとくな」
楓は使い方を教えながら自分の友達登録を済ませると、再び女子達が集まってきたので距離を取りつつ、クラスメイトに囲まれるミアの姿を見守った。
※※※※
「グレア。クラスの者達 曰く、フォトスタというものも始めた方が良いそうだ」
フォトスタというSNSは若者達が愛用し、親しい相手とのやりとりで利用されるとっととトークとはまた違い、趣味や思い出を共有する為に使われるアプリだ。
「それはいけませんね。とっととトークはまだしも、フォトスタは悪い物も目立つツールです」
フォトスタはとっととトークと違い、不特定多数の人間と繋がれてしまう、グレアから言わせれば不健全なもの。流石に許可することは…
「だがクラスの皆は使っているぞ?」
「…仕方ありませんね」
※※※※
「というわけで、フォトスタも許可を貰った」
「よかったな。だけど俺はあんまり使ってないかな」
「なに?そうなのか…皆使ってるとばかり…」
「いや、俺が異端なだけで、大体の学生は使ってるから」
「ミアちゃんフォトスタ始めたの?」
昨日同様、クラスの女子達が集まってきたので、楓は距離を取り、友達に囲まれるミアの姿を温かい眼差しで見守った。
※※※※
「グレア。この店に行きたいのだが、連れて行ってはくれないだろうか?」
「ええ、構いませんよ。なにか召されたいものでもございましたか?」
「スマホでここのパフェの写真を撮りたいのだ」
「…フォトスタですか?」
「ああ。甘味の写真を載せるのが皆の流行りだそうだ」
「…」
※※※※
「グレア。グミグミというアプリを入れてくれないか?」
「それは…ゲームですね?ゲームはいけません。やりすぎると脳を萎縮させてしまう恐れがありますので」
「ゲーム?よくわからないが、クラス間で流行っているらしくてな。皆やっているぞ?」
「…仕方ありませんね」
※※※※
夜、楓は風呂を出るとスマホに通知が来ていることに気がついた。開くとミアからのトークが届いている。彼女はこの数日でスマホを使いこなしていた。運動神経はからっきしだが、どうやら機械には強いようだ。
中身を見ると、フォトスタの女性の写真とコメント欄のスクリーンショットが貼られていた。
—この人可愛いけど、髪型が古くさいよね
『髪型が古くさいとは、どうゆう意味だろうか?』
『その時の流行ってもんがあるんだよ』
『ほう。髪型に流行が…』
『なにも髪型だけじゃないけどな。服とかも。まぁ検索したら今の流行りは分かるだろ。俺は女子じゃないから知らんけど』
※※※※
朝、登校した楓が廊下を歩いていると、教室の前には人だかりが出来ていた。人込みをかき分け中に入ると、女子達に囲まれるミアの姿があった。
「カエデ。おはよう」
「ミア…お前それは…」
楓は驚愕した。理由はミアの髪型だ。
前髪は目の上で真っ直ぐに切られており、腰まで伸ばされていた後ろと横の髪は、肩に少し掛かる程度にバッサリと切り揃えられている。
「…イメチェン?」
「これが流行りだと聞いてな…おかしいだろうか?」
「いや、似合ってるけど…」
確かに、女子達の殆どがあの髪形をしている。
しかし、昨日の今日だったので楓もさすがに驚いた。
「いや、うん…似合ってるよ」
※※※※
「カエデさん!助けてください!」
グレアは両膝と両手を地面につけ、
目に涙を溜めながら楓に嘆願していた。
「最近、いえ、SNSを始められてからミア様の暴走が止まらず…最近はメイクまで学ばれてます!」
「いや、女子高生なんてそんなもんだと思いますよ…」
「何度も止めようとしたのですが、何かあるたび、クラスの皆がやっているのだと…」
(それは小学生のやり口だな…)
「どうか…ミア様を止めてください!カエデさんしかいないのです!」
「…そんな大袈裟な」
現に流行りに乗ることで、ミアはクラスメイトとの交流が盛んになった。これは良いことでは無いだろうか。しかし、グレアが泣き止まないので、楓は渋々ミアを止めることにした。




