ep.83 すまほ
『音を立てるなといつも言っているだろう!?お前はいつになったらフォークとナイフの使い方を覚えるんだ!』
『身体ばかりでかくなりおって…お前は我がハンクス家の恥だ!』
『闘技大会?…もう好きにしろ。フェメルノ、アーリアを寝室に呼べ。気乗りはせんが、新たな男児を産んでもらおう…アンデロ、お前はもう私の息子ではないわ』
〜
『アンディ。もう意地を張るのは辞めにしたら?あなたも理解しているでしょう。平和の為にはこれしかないと』
『軍を作る?人間など育てたところで欲が膨らみ、愚かしい行動をとるだけだ。それじゃ世界は平和にならん』
—私の選択は間違っていたのか?
—違う…私はただ…
……
「もう朝か…それにしても懐かしい夢だ」
朝、目覚めると、まずベッド横の棚に備えられた酒をグラスに注ぎ、喉を潤した。度数の高いウィスキーとはいえ、いくら飲んだところで気分は晴れない。
それでも飲み続けなければ、この現実を直視することは出来ない。酔えなくとも、鼻腔を抜ける酒の香りで少しは救われる気がする。
だが、最近は少しはマシになった。
酒の量も減らして仕事も捗る。理由は簡単だ。
「ミア様…」
主が居てくれる。孤独に抗い続けた数百年…
この戦いにようやく希望を見出せたのだ。
「…私は…私の作ったオーフィス騎士団は…少しでも貴女様のお役に立てたのでしょうか?」
彼女がこれまで行動を起こさなかったのは、きっと自分の作り上げた組織が化け物達から世界を守り続けてきたからだろう。それしか考えられない。
「そうでなければ、邪種と呼ばれる存在を放置し、貴女様がこれまで身を隠し続けた理由など…」
これはあくまで彼の願望に過ぎない。
本人に直接尋ねたわけでは無いのだから—
ふと部屋の鏡を見ると、老いぼれた自身の姿が映っていた。頭は白一色で染め上げられ、髭まで真っ白だ。
「ふっ。わかりきったことだ。未練もないさ」
そう呟くと、アンデロ・イ・ハンクスはベッドから立ち上がり、白いスーツに着替え書斎へと向かった。
〜
オーフィス騎士団 三番隊 隊長 アリス・テラ・イーファス ラグナの直属の上司にあたる女性だ。
年齢は28歳と隊長の中では最年少であるものの、ボス自らスカウトした程の逸材である。褐色の肌に青みがかった黒髪、そして銀色に輝く瞳。整った顔立ちからは更に若さを感じられる。だが、せっかくの美貌も頬にある大きな傷で台無しだ。
組織の数字をつけられた戦闘部隊は一〜三十まで存在するが、中でも一桁台の部隊はそれ以下とは隔絶された戦闘能力を有する。
しかし、三番隊だから3番目に強いといった訳ではなく、一から九までの部隊に戦力差は無い。なので三番隊 隊長である彼女もまたオーフィス騎士団最強の一角を担う人物であると言えるだろう。現に、彼女が単独で討伐出来ない邪種は存在しない。
今日は月に一度の定例会だ。一から九までの部隊長が一箇所に集まり、それぞれの議題を出す。気だるそうにしている隊長も数人いるが、アリスは毎度、積極的かつ真面目に参加している。
「魔法…」
「連中 曰く、私達が扱う神器の能力も一つの魔法らしい。奴らは単独でいくつもの能力を使える、いわば人の形をした格上の神器。以上がラグナからの報告だ」
「それって…」
「ああ。ボスと同じだな…そんな相手が複数人か」
組織のボスであるアンデロ・イ・ハンクスも神器を使わず、複数の能力を使用することができる。とはいっても、これは手合わせした事のある隊長達しか知らぬ事だった。
「アーガスさん。どう思われますか?」
第一番隊 隊長 アーガス・ファンクエル 隊長の中では最年長で古株の一人だ。ボスと直接戦い、深手を負うことなく生還した数少ない人物であり、ボスを除けば、ロイヤル最強の呼び声も高い。あくまで噂程度であり、実際に他の隊長と戦ったとしたら、その勝敗は全く予想がつかない。
「丁度いいじゃねぇか!俺もそろそろボスにリベンジしようと思ってたところだ。練習相手にはなるかもな」
他の隊長達がため息を吐く。
そして鋭い視線が向けられるのはアーガスに問いかけた人物にだ。
「いや、俺が悪いのかよ…」
「なんにせよ我等のすべき事は変わらない」
「ああ。フェンの言う通りだな」
「では次の議題は、3ヶ月後の部隊再編成について—」
〜
楓は放課後、毎日グレアとの修行に励んでいた。
しかし、彼女の教えは思っていた以上に荒く、カリサの方が断然優しかったと言えるほどのものだった。
「早く立ってください。相手がアンディなら殺されてますよ?勿論、私も修行で無ければ殺してます」
いつもこうだ。なんの対抗心かわからないが、
言い終わると必ずアンディと自分を比較してくる。
「痛てて…ちょっと…そろそろ休ませてくださいよ…もう3時間もぶっ通しで」
「あら?もうそんな時間でしたか。では、帰る支度をしましょう」
ようやく解放された楓は、地面に尻をつけた。そして手に握っていた灰色の物体を地面に突き刺す。
あれからグレイドは、いつの間にか再び灰色の表面に覆われていた。中にギラギラと輝く刀身が眠っているとわかってはいるが、どれだけ叩こうが、再度灰色の表面が壊れることは無かった。
「グレアさん…やっぱり俺、能力の練習もした方がいいと思うんですけど…」
「何度も言わせないでください。あくまでゴールは認めて貰うことです。能力をつかえばアンディは警戒するでしょう?」
「それはそうですが…何も無しに戦えるほど、甘い相手では無いと思うんですよね」
当然、楓はアンディと戦ったことも無ければ、彼の実力も噂程度しか知らない。それでも途方も無い強さであることは容易に想像できる。
現状使えるのは勇者ノ盾のみだが、全ての魔法を消せるなら使わない選択肢は無いだろう。
「勇者ノ盾…確かにあれは無類の強さを誇る防御ですが、欠点もあります」
「欠点…?」
「形の無い魔法…例えば精神に直接干渉するような魔法は防げません。以前、私がカエデさんに使ったような恐怖ノ呪言などですね」
「ああ…」
「効果を知るアンディなら勇者ノ盾を見た途端、その戦術に切り替えるでしょう。当然私もそうします」
「じゃあ他の能力の練習を…」
「勇者ノ盾もそうですが、そもそもカエデさんの能力を見てしまえば、アンディは警戒し、本気になるでしょう。いいですか?舐めプしてもらいつつ、いい感じになあなあで戦いを終わらせる。これが唯一残されたカエデさんの生きる道です」
(そう言われると…なんか…凄くダサいな)
「もし使うにしても…ここぞと言う時。チャンスの瞬間だけですね」
「でも俺の能力って既にテレビで見られてますよね?」
「チッ」
「あ」
楓の脳裏に過った。あのトーナメント2回戦の結末。女性からすればあれは最低の能力だろう。
「あの能力は…アンディは知りません。理由はわかりますね?」
「いや、わからな…そうなんですね!」
「と・に・か・く!今は生身で戦えるだけの体力づくりのみに集中してください!話はそこからです」
「…はい」
グレアは秘密にしていた。アンディは戦いにおいて手を抜けるようなタイプでは無いと。それを隠しているのは、楓を絶望させない為だ。
〜
グレアは帰宅すると、早々に着替えを済ませ、リビングへと向かう。ドアを開くと、いつも通り窓際の椅子に座り、コーヒーを嗜む主の姿があった。
「ミア様。ただいま戻りました」
「ああ、お帰り。最近は忙しそうだな」
「何かご不便おかけしましたでしょうか!?」
「いや、そうじゃないんだ。ハーリィは良くやってくれてるよ」
グレアはほっと一息ついて、夕食の準備を進める
「グレア」
「なんでしょうか?」
「私はすまーとほんが欲しい」
「はい!?ミア様…その言葉をどこで…」
「学生達はすまほと呼ぶそうだが…すまほを持ってないのはおかしいと、楓や凪から言われてな」
(あのクソガキ!またミア様に余計なことを…)
グレアは湧き上がる怒りを顔に出さないよう必死に抑えると、万が一に備えて用意していた言葉をかける。
「いけませんよミア様。あれは人間をダメにする呪物です!」
「そうなのか?しかし、学校の皆は所持しているようなのだ。それにグレアもたまに使用しているだろう?私だけ持っていないのはおかしいと思うが…」
こうなってしまえばもう手遅れだ。
言い訳は出来ない。
「わかりました…ただし、一つ約束してください。SNSにだけは手を出さないと…!」
「えすえぬえす?よくわからないが、すまほが使えるなら構わない」
こうして、二人は夕食前に携帯ショップへと向かった。




