ep.81 勇者の器③
邪種とヴィクトリアの襲撃から2週間が経過した。学校は無事だが、家や家族を失った生徒達もいるので、しばらくの間休校の措置が取られた。普段は寮生活の神器科の生徒達も、希望があれば実家への帰省が認められている。
楓の家や周辺は幸運にも無事だったので、空いた午後の時間は、ボランティアに当てていた。妹の栞は友人達を気遣い、寮に残る事にしたそうだ。
「はーい!今行きます!」
楓が朝食を終え皿を洗っていると、朝早くインターホンが鳴った。作業を中断し玄関へ向かい、ゆっくりとドアを開けた。
「こ、こんにちは」
「あ、グレアさん…お久しぶりです」
そこにいたのは、よく知る黒髪の女性。グレアだった。こちらとは目を合わせようとせず、何故だか俯いている。
「あの、ご要件は?」
「カエデさん…少しお願いというか、私の話を聞いてもらえませんか?」
グレアの態度を見て、楓は少し嫌な予感に身を震わせた。あの時の—血まみれのミアの姿が、脳裏を過ったからだ。
「…わかりました。どうぞお入りください」
だが、怖いからといって、話を聞かない。といった選択肢はあろう筈もない。グレアはお邪魔しますと丁寧に頭を下げ、玄関を跨いだ。
街がこんな状況では菓子など補充できない為、楓の家で提供できるのは、コーヒーかココアくらいのものだ。相手は大人の女性なので、当然のように前者を用意する。
「こんな物しかありませんが…」
「いいえ…ありがたく頂戴致します」
グレアは両手でゆっくりとコーヒーカップを持つと、息を数回吹きかけた後、軽く一口啜った。そのタイミングで楓も会話を切り出す。
「それで…話というのは?」
「ええ。まず…ミア様はご無事です」
楓は考えうる最悪な情報で無いことに安堵し、ほっと一息ついた。最初にこの話題を出したということは、グレアも楓の態度を見て察していたのだろう。
「そしてカエデさん…本題に入る前に、私に謝罪させて下さい」
「え…?なにを…」
困惑する楓を他所に、グレアは立ち上がると背筋を伸ばし、両足をきっちりと揃えた後、深々と頭を下げた。
「私はこれまで…カエデさんに対し、様々なご無礼を働いてしまいました。申し訳ございません」
「そんな…グレアさん!頭を上げてください!謝られるような事はされてないですから」
頭を下げ続けるグレアを楓は慌てて宥める。それでも姿勢を崩さない彼女を数十秒説得し、なんとか座らせた。
そして、椅子に腰掛けたグレアは再び話し始める。
「カエデさんがこれまで神器や能力を使えなかったのは、私が魔法をかけたせいです」
「魔法…ですか?」
「ええ。恐怖の呪言という、非常に強い暗示をかける魔法です」
楓は魔法というものを知らない。否—魔法という言葉や概念としての知識はあるが、それが現実に存在するとは思ってもみなかった。という意味でだ。
「なので全ては私のせいなのです。これまでの不調も、あなたを危険に晒してしまったのも…」
「ではあの時、グレアさんが魔法を解いてくれた。というわけですか?」
「それは違います。私がかけた魔法を、カエデさんは自力で解除されたのです。私にも信じられませんでしたが」
「そうなんですね…」
嬉しいような、淋しいような感情がやってくる。何故かと言うと、グレアが解いてくれた。となれば少なからず認めてもらえたと思えたからだ。勿論、自分で解いたというのは、成長に繋がったと言えるだろう。が、素直に喜べる気分でもなかった。
「そして魔法以前に…私はカエデさんの事を勘違いし、脅迫してしまいました。申し訳ございません」
—次はぶっ殺す
楓は思わず苦笑いしてしまった。何日もの間、脳に流れてきたあの声。あれが魔法によるものだったとしても、記憶にはしっかりと焼き付いてしまっている。
「もう大丈夫です。何か俺に対して嫌なことがあったんですよね?俺もそうゆうデリカシーというか…敏感な方では無いので…すみません」
「そんな!謝らないでください!」
それから室内には気まずい沈黙が続いた。楓は言い訳をするようにコーヒーを口に含む。反省はしていると言っても、自分を脅してきた相手との会話は、やはり何処かぎこちなくなってしまう。
グレアは申し訳なさそうに俯くばかりで、自分から話し出そうという気配は無かった。
「グレアさん。俺の家までわざわざ足を運んだというのは、余程の事があったんじゃないですか?俺は大丈夫ですから遠慮せず話してください」
ここは暴力を振るって、殺害予告までした相手の家。正直、謝罪だけだとしても充分な理由だろう。しかし、どうしてもそれだけとは思えなかった。
「実は—カエデさんにどうしてもお願いがありまひ…ありまして…私なんぞが頼める立場ではない事は承知の上ですが…」
噛んだところをみると、余程緊張しながらの言葉だったのだろう。どんなお願いなのだろうか。楓も表情を引き締めた。
「そんなことありません。話してください」
グレアは目を閉じて深呼吸を繰り返し、覚悟を決めたように目を見開くと、椅子から勢いよく立ち上がり、両膝と手を床につけた。
「カエデさん!!どうか…ミア様の為に、私と一緒に戦っては頂けませんでしょうか!!何卒…何卒よろしくお願い致します…!」
嘆願の後、グレアは額を床につける。
その願いに対し、楓の返事はというとシンプルで単純だ。
「任せろ!」
戦う—何と?
グレアさんと一緒に—何故?
だが、関係無い。
その理由は親友の為で充分だ。
「ちなみに戦うって誰とですか?」
とはいったものの、一応確認しておく。ミアの為ということは恐らくヴィクトリ…
「…オーフィス騎士団並びに、そのボスである アンデロ・イ・ハンクスです」
「だと思っ…はぁ!?」
楓は知らず知らずのうちに、自分が所属する組織、人類最強のオーフィス騎士団へ反逆する事となった。
—世界を揺るがす戦いが、始まろうとしている。




