ep.79 勇者の器
『戦争か…』
『ミア様?どうかされましたか?』
『酷い光景だ。人が人を斬らねばならぬなど…あってはならないだろう』
『…』
『…』
『…ミア様。もう前線に立たたれなくともよいではありませんか。我々にも立場がありますし…』
『私は人類の守護者だ。ならば先頭に立ち、君達を守るのは当然だろう』
『しかし—』
『ファブリソ。ミア様は何処に立とうがミア様よ』
『グレアお前は少し黙ってろ!』
『うふふ。まぁまぁ、二人とも落ち着いて。ミア様、もうすぐアンディも来ますから、お茶でも用意いたしましょう』
『ああ。イリア、ありがとう』
『はい。アーノルド、ついてきなさい』
『いや、私は…細かいことは苦手で…』
『ミア様。ここにお掛けください』
『ありがとう。グレア』
『あまり考えすぎてはいけませんよ。大体、世界が平和になってしまったら、ファブリソのような脳筋は酒を飲み歩くだけになってしまいます』
『グレア!お前にだけは言われたくないぞ!』
『なんですってー!
※※※※
ミアは空を見上げた。剣撃の余波により雲は消し飛ばされ、遮るもののない太陽に辺りは照らされている。
「ミア様!お身体は…」
「すまないグレア。少し休憩が必要のようだ」
ミアは駆け寄ったグレアに力無く身体を預けると、両の腕に抱かれながら目を閉じた。
「ゆっくり休まれてください…すぐに私が」
駆け寄る直前、グレアは主の悲しげな表情を目撃した。気づいていない訳ではない。普段、態度や言葉には出さずとも、彼女が背負っている業の深さは。
「うふふ。まさか本当に振るわれるとは」
刹那、ねっとりと纏わりつくような声が背後から聞こえた。振り向くとそこにいたのは—
「イリア!?どうして生きて…」
「ヒハハ!あぶねぇあぶねぇ。俺がいなかったら死んでたぜ?」
ハーベルの身に着ける衣服はボロボロだが、身体には傷一つなく意気揚々とした様子で肩を回しながら、こちらへ近づいてくる。
イリアはというと先ほど、ミアの攻撃を受けたとは思えぬほど綺麗な身なりのままだった。
「ハーベルは私達によって改造された強化人間なの。命も二つあるし、一度死んだら強力なバリアを展開する身体になってるわ。ファブリソとアーノルドは助からなかったみたいだけど」
「そんな…」
「グレア、先に帰っていろ」
ミアはグレアの手をほどこうと抱える腕を押すが、込められた力は弱々しく、立つのもやっとな状態で目も虚ろだ。
「駄目です!あの二人程度であれば私が殺れます」
「グレア。私の毒蝶を受けながら散々動き回ったでしょ?今のあなたに何が出来るっていうの?ハーベル。二人にトドメを」
「ヒハハ!破壊王と世界最強を俺が同時にやれるなんてな!」
ハーベルは二人に向かい走り出す。その速度は常人のそれを遥かに超え、目視すらままならない異常なもの。
「魔力は尽きちゃったけど、ハーベルは実験の成功体。肉弾戦だって馬鹿にならないわ」
グレアはミアを片手で抱え、迎撃する体勢をとるものの、毒の影響か視界は霞み上手く魔法を発動できない。
「ヒハハ!…あ?」
「ぐぐぐ、痛ってぇ!」
しかし、一人の少年が二人とハーベルとの間に滑り込み、振るわれる拳を灰色の物体で受け止めた。
「…カエデ?」
ハーベルは突然の乱入者に驚き距離を取った。いくら魔力を使ってないとはいえ、自慢の一撃を止めるほどの相手を警戒しての事だ。
「アドレナリンで忘れてたけど、あちこち骨にヒビが入ってるんだった。めちゃくちゃ痛ぇよこれ…」
楓は涙目で左腕を擦る。足元のコンクリートが粉砕されている様子を見るに、ハーベルから振るわれた拳の凄まじさを物語っている。
「大丈夫か!?ミア!…と…グレアさん」
グレアの顔を見て楓の脳裏にはあの時のトラウマが過った。しかし、次に視界に捉えたのは血まみれのミア。
「ミア!!大丈夫か!?」
「ああ」
返事をするミアにほっと一息つくと、楓は向き直しハーベルを見据えた。相手は人間だが、状況を見るに誰が二人を傷つけたかは一目瞭然だった。
「よくわかんねぇけど…お前達が敵だな?」
「あら?あなたはさっき出会った坊やね。どうしてここにいるのかしら?」
「…イリア?」
楓は遠目の場所にいる青髪の女性に既視感を覚える。夢で幾度となく見た仲間だった存在だ。その声も顔も忘れるわけがない。
「あら?私のことを知ってるということは、ミア様の関係者かしら?ハーベル。あの子も殺しちゃって構わないわ」
「ヒハハ。人遣いの荒いこった」
「カエデさん、逃げてください!あなたには呪言が…」
グレアは叫ぶ。恨んでいるとはいえ、主の友人であり、彼は本来一般人なのだ。この因縁の戦いに巻き込むわけにはいかない。だが—
「嫌です」
楓は即答する。その横顔は何処か晴れ晴れしく、これまでの苦悩が嘘のように澄んだ瞳をしている。
「どうして…」
「俺は決めてるんです。自分の手の届く範囲の人達の役には立ちたい。どんな小さな事でもって」
ハーベルは追撃を開始する。脚に力を込めると音を置き去りに前進し、楓の顔面目掛けて拳を振り上げた。
「だめ!」
—困ってる人は放っておけないんだ
「親友なら尚更だろ!」
刹那、楓の右手の甲から赤い光が溢れ出した。




