ep.75 再会⑤
楓は多量の汗を垂らしながら走り続け、街の中心に辿り着くと、邪種と聖隊員達による戦闘が繰り広げられていた。
「君!神器科の生徒じゃないね、逃げ遅れたのか?」
「今人員を割くことは出来ない。悪いが民間人だとしてもこの場で保護するしかないな」
楓は聖隊員達の腕を振りほどきながら進む
「ハァ…ハァ…すみません…通してください。妹を」
隊列の後方まで辿り着くと神器科の生徒達、そして妹の姿を確認した。
「お兄ちゃん!?どうしてここに…」
「カエデくん来てくれたんだね!」
「二人とも!…ハァ…とりあえず無事でよかった…ふぅ」
楓は荒れる呼吸を整えると、辺りを見渡す
「ミアはここに来なかったか?」
「ミアさん?もしかして逃げ遅れたの…?」
「そうじゃない。さっきまで一緒にいたんだが、はぐれちゃって」
「ミアさんは見てないな。民間人の避難はとっくに完了しているよ」
(ミア…いったいどこに)
楓の脳裏に再び、親友が片脚を失ったあの時の後悔が過ぎり、心と身体が恐怖で埋め尽くされる。だが妹を置いてこの場を離れる訳にも、戦えない自分が連れて行く訳にも行かない。
(くそっ!どうしたらいいんだ)
「大人しくしてろって言ったのに、結局来たのね」
楓の背後からよく知った女の子の声、振り向くとそこにいたのはカリサだった。衣服や顔は真っ赤に染まり、泥遊びをしたかのように土汚れも目立つ。
「カリサ…ッ!?お前…大丈夫なのか?」
「心配ないわ。返り血よ…ハァ。それと山のおばちゃん?も私が避難させといたから」
「本当か!?ありがとう…感謝してもしきれねぇよ」
「当然でしょ。とりあえず聖隊員達と協力してオーガ達もあらかた始末し終わったから一段落…」
『レベル5出現。レベル5出現。識別名ワーウルフ。その数…恐らく50体は下らない』
「はぁ。終わりが見えないわね…ってまたレベル5!?もうクタクタよ!」
「カリサ…俺も」
「…ミアさんを探しに行くんでしょ?ここは大丈夫よ」
「でも…」
「見て!」
『上空から高速接近反応!正体不明、正体不明』
空から落ちてきたそれは地面に衝突すると、大地を荒々しく破壊した。土埃が晴れると、純白の鎧に身を包む一人の中年男性が姿を現した。茶色の髪は短く切り揃えられており、顎髭を薄く蓄えている。身長190cmはあろう体躯と、身に着ける重厚な装備を見ただけでも、彼が強者であると感じ取られた。
「ガハハハ。待たせたなカリサ。それにしても俺が一番乗りとは…この国は本当に平和ボケしてんだな!」
「…誰だ?」
「私が呼んだのよ。オーフィス騎士団 第一部隊 隊長アーガスさん」
「隊長!?」
『彼は本当に強いから安心して。ボスを除けばロイヤルでも最強の一角よ』
カリサは楓の耳元で呟くと、駆け足でアーガスの元へ向かう。
「ここは任せて!…栞ちゃんもね!」
「ああ!ありがとな」
「アーガス隊長。ご足労いただき感謝いたします!」
カリサはアーガスの正面に立つと、背筋を伸ばし脚を揃えて礼儀正しく敬礼をした。
「なんだよカリサ。余所余所しいな。昔みたいにパパって呼んでいいんだぞ?」
「いえ、そうゆう訳には…」
楓は再び走り出す。友の元へ。
〜
「チッ!いつから偽物を…」
グレアは仕留めたはずの敵の手応えの無さに気が付き、辺りを見渡すとファブリソとハーベルの姿は消えていた。
「ファブリソの幻術ね。こんなものに引っかかるなんて…とにかく急がないと!」
走り出そうとするが脇腹に激痛が走った。抑えた手の指の間から多量の血が滴り落ち、衣服は真っ赤に滲んでいる。
「いッ!…イリアの奴…」
この傷を付けたのはファブリソやハーベルでは無い。魔将との戦闘の最中、イリアからの不意打ちによるものだ。
「はぁ。こんな時、私も回復魔法を使えれば…と思うわね…」
「グレア…モルペンデル?」
「ラグナさん。目を覚まされたのですね。エイタンさんを連れて撤退してください。私はすぐ離れますので」
「待て!その傷でどこへ行く!?」
「構わないで下さい。時間が無いので」
「…これを使え。多少はマシになる」
ラグナから手渡されたのは、傷の治りを早める成分が含まれた、緑色の包帯。気休め程度にはなるだろう。
「…ありがたく使わせてもらいます」
グレアは歩きながら包帯を巻き付け、その場を後にした。
〜
700年前。一人の勇者とその仲間達により、世界に平和がもたらされた。新たな居住区の開拓、安定した食糧の供給、人間達は平穏な日々を謳歌していた。しかし—
「ミア様がお隠れになってからというもの、いつしか人間達は欲に目が眩み、国々は絶えず衝突しました。人間同士殺し合い、土地や金銭の略奪。その結果人口は減少し、魔族が存在した頃の方が豊かだったと言えるほど悲惨な状況が続いておりました」
「戦争で生まれた科学により、人々の暮らしは豊かになった一方、自分達が住むこの星をも蝕み破壊してしまう兵器まで開発したあげく、大国は他の貧困国を威圧し、格差は広がる一方でした」
「だから世界中に化け物を解き放ったと?」
「ええ。結託した我等は長期の研究により、邪種という神器でしか倒すことのできない生物を誕生させる事に成功しました。そして今より120年前、それらを世界に散りばめた。結果はどうでしょう?人々は邪種に対抗すべく争いを中止し、国々同士手を取り合うようになりました」
「大国にはより多く、脅威度の高い邪種を差し向け、小国には脅威度の低い個体を。そうして世界のパワーバランスを取っております。完全に平等とは行きませんが、戦争を起こす国は無くなり、120年以前より人口も増え、確実に多くの人間へ豊かな暮らしが行き届くようになった。と自負しております」
「これが我等の答えです。いかがでしょうか?ミア様」
話を終えた二人を前に、ミアはゆっくりと目を閉じ数秒程沈黙を続けた。
「そうか…君達の意思はわかった」
「では…!」
イリアとアーノルドは顔を上げると、晴れやかな表情を浮かべる。しかし続く主からの言葉は—
「だが、見逃す訳にはいかないな」
否定的なものだった。
「…つまり我等が間違っていると…ミア様はそうおっしゃりたいのですか!?」
「私がどんな存在か、何者であるか知らぬ君達では無いだろう。私は止めねばならない」
「ミア様…」
「うふふ。もういいです。アーノルド…わかっているわね?」
「しかし…ミア様だぞ?」
「覚悟はしていたはずでしょ?ミア様。申し訳ありません」
「なんだ?」
「貴女の考え方は…古い。700年前のまま。今の時代、いえこれからの世界にはそぐわないかと思われます」
「イリア…本気なんだな?」
問いかけるアーノルドの額からは大粒の汗が流れ落ち、手に汗を握る。イリアはそんな彼には構わず言葉を続けた。
「貴女は所詮過去の遺物、見てくれだけの我楽多です。正しくないミア様など…この世界に必要ありませんわ」
—展開魔法 死ノ黒蝶
イリアの背後から無数の黒い蝶が出現する。蝶達は羽を広げ、ミアの周囲をドーム状に囲んだ。
「アーノルド!」
「わかっている」
—破壊魔法 堕天ノ槍
「ヒハハハ!もうおっ始めてんのか!」
「ミア様!?」
「ファブリソ・オーダイルか」
「こ、これは…」
「ファブリソ、ハーベル加勢して。あの御方を…ミア様をここで討つわよ」
「なんだと!?…正気か?」
「ええ。もう決まったことよ」
「くそっ!申し訳ございません…ミア様」
「…よい。それが君達の出した答えなのだろう?」
ミアが手を前方にかざすと、白い光が漏れ出した。
光は収束し一羽の羽毛へと形を変える。
「イリア、アーノルド、ファブリソ、………」
「…」
「ハーベルだ!」
「そうか、ハーベル。私が君達を真っ向から受けとめよう」
—来るがいい




