ep.71 不屈
「カエデ。朝から気になってはいたが…何があった?」
「これは…ちょっと躓いただけ」
食堂でミアの目の前に座る楓の左腕にはギプスが大袈裟に巻かれ、顔も紫に腫れ上がり酷い状態だった。
「それより食おうぜ」
「ああ」
熱い料理を口にした途端、激痛が走る。
「ってぇ」
楓は今まで喧嘩すらしたことがない。これまでの戦闘も大怪我もせずにやってこれたので、このような状況に耐性はなかった。
(カツ丼…冷めるまで食える気がしねぇな…)
「今日は凪は居ないのだな」
「ん。北条はテストが近いとかで忙しいらしいぞ」
「そうか」
普段食事を済ませるまでは言葉を発さないミアが、話しかけてくる事に楓は違和感を覚えた。
「ミア…もしかして気遣ってくれてる?」
「…カエデ」
「なんだ?」
「君と同じだ。話したくないのであれば話さなくても良い。だが、あまり一人で抱え込むな。友達なのだろう?」
ミアはいつも通り無表情で淡々としているが、こちらを心配してくれてるのは痛いほど伝わってくる。
(そういや、ミアとグレアさんがいるんだったな…この二人がいれば俺なんて…)
楓の脳裏に浮かぶのは敵を圧倒する二人の姿。正直、ロイヤルの面々よりよっぽど心強く思える。
「…」
「おい、大丈夫か!?」
楓がそんな事を考えてた矢先、突然ミアの鼻から大粒の真っ赤な血が滴り落ちた。
「食事中にすまない」
「俺は平気だ。それより保健室に…」
「いや、心配は不要だ…」
ミアはポケットから取り出したハンカチで鼻を抑えるが、真っ白な布は瞬く間に赤黒く染まっていく。
「いいから来い!」
強引にミアの手を引きながら楓は保健室へ向かった。
〜
楓はミアを保健室のベッドに座らせると、不格好だが鼻に綿を詰め、両側から抑えさせた。
「先生呼んでくるからちょっと待ってろ」
「いや、そこまで大袈裟にする必要は無い」
楓はカーテンに手をかけるも、ミアが立ち上がろうとするので脚を止める。
「休んでろって。はぁ。クリームパンばっかり食べてるからだぞ」
甘いものを食べ過ぎると鼻血が出るのは迷信だろうが、ミアの食生活を鑑みればあながち嘘でもなさそうだと楓は考えた。
「それよりカエデ。手を貸してくれないか?」
「いいから。座ってろよ」
「そうではない。右手を見せてくれ」
楓は観念し右手を差し出すとミアは救うように手に取り、凝視し始めた。そして唇を近づけ—
「まてまて!」
「すまないが、こうするのが一番正確なんだ。少し我慢してくれ」
「そうじゃなくてだな…」
ミアは構わず楓の右手の甲に唇を押し当てる。手を介し柔らかく温かい感触が伝わってきた。
(これは何かの儀式なのか…?そう言えば俺が能力を使う時右手の甲から光が出るよな…それと何か関係が……はぁ!?)
ミアが唇を離すと少しだけ楓の右手の甲から光が漏れ出した。拡散された光は収束していき、口へと吸い込まれるように消えていく。
「これはいったい…」
そしてミアはゆっくりと目を開くと、
楓に目線を合わせた。
「なるほどな」
「ミア…?今のは?」
「カエデ…これは友としてではなく、力を持つ者としての忠告だ」
力を持つ者…その意味はよくわからないが、ミアはいつにも増して神妙な面持ちをしているように見えた。
「よくわからんが…聞かせてくれ」
「君の力、これ以上使うと命を減らすことになるかもしれない」
「…は?」
ミアが何故そう言ったのか、本当だとして何故それを知っているか楓にはわからない。
「出来るだけ君の意志は尊重したい…が、そうなれば立場上、私は君を止めなければならない。これは友達だからではないぞ。理解してくれるだろうか?」
「お前…何言って」
「確実ではない。あくまで可能性の話だ」
「…もしかしてグレアさんからの忠告も…」
「グレアか。グレアの真意はわからないが、恐らく私とは別件だろうな」
「そうか…」
「カエデ。先ほども言ったが一人で抱え込みすぎるな」
「…悪いな心配かけさせて。これからは」
二人は会話の途中だったが、予鈴のチャイムが鳴り、昼休みが終わる5分前を告げていた。
「やばっ教室に戻らなきゃ。先生には俺が言っとくから、ミアはまだ休んでろよ!」
「すまないな」
楓は保健室を去り、残されたミアはゆっくりとベッドに横になる。
「恐怖の呪言か。グレアは容赦が無いな…」
気づきはしたものの敢えて解除はしない。どの道分からないのであれば、力を使うべきではないからだ。
「女神の加護が継承されたのか…それとも私の契約か…後者であればよいのだが」
女神が姿を現さない現在、確証が得られるとすれば楓の魂の消耗を確認するしかない。今までは平気だったが今回は確実に消耗の兆候があった。
楓は教室に向かいながら思う
(この街のことを他人に…ましてやミアに任せようとするなんて…俺はどうかしてた。あいつはあいつ。俺は俺だ)
〜
「なぁ、ラグナ」
「話しかけるなゴミ。気が散る」
ラグナは手合わせの場に姿を見せた楓を見るや、トライデントを収め地面に胡座をかいた。
「やらないのか?」
「ああ。時間の無駄だからな」
楓はムッとする気持ちを抑え、ラグナの横に移動し同じように胡座をかいた。
「ラグナ。お前は強いよな」
「うるさいな。どっかいけよ弱虫が感染る」
「弱虫か…」
「なぁラグナ。戦いで死ぬの怖くないか?」
「なんだよ急に…僕が死ぬわけないだろ」
ラグナには芯がある。自分が強者であるという芯。
楓はというとそうでは無い。今まで流れに身を任せていただけだ。
「命を減らす…か」
「何言ってんだお前」
それから数分程沈黙が続き、隣にいるカエデを煩わしく思ったのか、ラグナは姿勢を荒っぽく崩すと空を見上げた
「カエデ。お前には二つの借りがある。手合わせの時と、ヴィクトリアとの戦闘の時だ」
「ん?手合わせの時はまぐれだし、あの時のは…借りなんかじゃないだろ…」
「…ボス以外ではお前が初めてだった。僕にこの先どれ程努力しても敵わないかもしれない。そう思わせたのは」
「ラグナ…お前」
「僕はお前をライバルだと思っている。あまり失望させるな」
強者であるラグナを前にして気づけた事がある。彼は情けない姿を見せようが、自分を天才だと常に信じ、その上研鑽を怠ることは無い。
素直に自分の立ち位置を見据え、ひたむきに努力し続ける。楓が今までやって来たことは形だけだ。
(そうだよ。俺は元から強い人間なんかじゃなかった)
怖かった。戦えない自分が。誰も救えない自分に戻るのが。だが、己のありのままの弱さを認めた途端、気が楽になった。
「ラグナ」
「なんだ?」
「任せとけ!」
楓はその場から走り出し、自転車を跨いだ。左腕のギプスを取り外すと勢いよくハンドルを両手で握る。
「痛っってぇけど!負けてられるかあああ!」
—ぶっ殺す
「あら、楓くん?どうしたのこんな時間に」
「なんだかおばちゃんの顔が見たくてさ」
—命を減らすことになるかもしれない
「楓?悪いがもう閉店の時間だ」
「あ〜違う違う。おっちゃんの顔が見たくて」
—残ったところで守れると思えないけど
『お兄ちゃん?どうしたの急に』
「いや、新しい寮で上手くやってるかな—って」
—お前は世界を救ってくれよな
『珍しいな電話なんて』
「悪かったな。どうしてもお前と話したい気分だったんだ。瞬よ」
『よくもまぁ恥ずかしげもなく』
—信念を
殺すだの、命を減らすだの散々だ。
でも、俺はこの人達をこの街を守りたい。
例え命を削ることになろうが…いや—
「力なんて無くても、俺が全員守ってやる!」
—どんな小さなことでも構わない。
せめて自分の手の届く範囲の人達の役には立ちたい
楓は再び自身に誓いを立てた。




