ep.70 焦り②
「海だ…やっと着いたか」
目の前に広がる青い絶景。高々と上がる波の数々は楓の心を奮い立たせた。ここまで人はおろか邪種と遭遇しなかったのは奇跡以外の何物でもない。
「さて…」
身体に巻き付けてあるベルトを外し、グレイドを手に取った。ここからは修行では無くただの実戦だ。
「起動できなくても問題ない…はず」
以前訪れた際には神器による身体能力の向上抜きでも、邪種と問題無く戦えた。身体が勝手に動き敵を切り伏せてしまうからだ。
両の頬を叩き、拳を作り肩や大腿を殴りつける。これは単なる自傷行為では無く自身に気合を入れるため。
「よし!行くぞ!」
「どこに行かれるのかしら?」
突如背後から聞こえた女性の声。
振り向くとそこには、神器トーナメント2回戦で戦った—
「ま、真城先輩?」
「私の誘いを断って何をしてるのかと思えば…」
「あ…」
楓は記憶を辿り招待状に記載があった日付を思い起こした。真城 咲から送られたレストランの予約日…それは今日だ。
「念の為、使いの者を向かわせて正解でしたわね。本気でバレていないと思って?」
「はぁ…」
彼女の言動によると、楓は自宅からここまで尾行されていたと思われる。森で警備の人間や邪種と遭遇しなかったのは、真城家の力によるものだろう。
「それで?質問に答えて頂けるかしら?」
「いや〜、これはその…」
楓は言葉に詰まる。これは完全に不法侵入であり、場所が場所だけにバレてしまったのなら逮捕だってありえる為だ。
「はぁ。でも丁度いいですわ。私…まだ納得してないから」
「はい?」
しらを切る楓を他所に真城 咲は神器スサノオを鞘から抜き始める。そして間合いを一気に潰すと、楓の胴めがけて突きを放つ。
「何を…ッ!」
間一髪、楓はグレイドで軌道を逸らしたが、切っ先は脇腹を掠め服の側面は容易く切り裂かれた。
「…おかしい。あの時の貴方はこんなものじゃなかった」
「くそっ!」
楓は体勢を立て直しグレイドを構えた。真城 咲は近距離戦で絶大な強さを誇る。身体能力を向上させなければ、まず勝ち目はないと言っていい。
—破の型 綻ノ雅楽
真城 咲はスサノオを振るい地を削りながら間合いを詰める。高速で地と空を削る刀の暴威に隙は一切見当たらない。しかし—
(これは…神器の力を使っていない?)
本来の真城 咲の剣速、移動速度は音速を優に超える。現在こちらへと向かう彼女の動きを見ると、速いは速いが、単純な身体能力のみでの速度と思われる。
「ナメんな!」
楓は迎え撃つ為にグレイドを振るう。
「ナメんな?こちらの台詞ね。綻ノ雅楽は捉えられない剣撃の嵐」
「…!?」
だが、真城 咲の放った剣撃はグレイドをすり抜け、全て楓の身体へと打ち付けられた。
「峰打ちよ。型を使うまでもなさそう…本当にあの時と同一人物なの?」
神器は鋼鉄以上の硬さを誇り、それを打ち付けられたのであればその衝撃は想像を絶する。苦痛に悶える楓には真城 咲の声は届いていなかった。
「立ちなさい。あの屈辱…ここで晴らす」
「…ッ!」
地を這う楓の左腕にスサノオを容赦無く叩きつけると、彼は声にならない悲鳴を上げた。
打たれた左腕を庇いつつ、楓は堪らず立ち上がる。
「神器を起動させないのは何故?まぁ、それ抜きにしてもてんで駄目ね」
(おかしい。身体が全く反応しない…)
いつもの楓であれば、間合いに入った相手は自動的に処理してしまう。今は何故だかその感覚が無かった。
「なら!」
楓は真城 咲の方へ前進した。
受け身が駄目ならこちらから。
「遅い」
しかし難なく防がれ、両の大腿に剣が振るわれた
「ぐぅ」
圧倒された際、ぐうの音も出ないという言葉があるが楓はそれだけは口に出来た。
「ふざけてる?あのね…貴方が辞退してくれない?」
「なんのこと…ってぇ!」
容赦無くスサノオが背中に振るわれる。
「だーかーら。私は負けた相手と結婚するって宣言してんの。約束は約束。でも貴方の方から破棄するなら別よ」
「そんな約束した覚え…」
再びスサノオが振るわれる
「何よそれ!失礼な男ね。嬉しくないの!?」
(なんだこの人…理不尽すぎる)
「ぐえ!!」
その後背中を強打され声が出せない楓に、真城 咲の神器は何度も振り下ろされた。勿論峰打ちではあるが。
「ちょっと…!何をしてるの!?」
そこへ聞き覚えのある声が
(…カ…リサ?)
「あら?貴方もウチの生徒?はぁ。ここはその辺の庭じゃないんだから。パパ…父上に言っておくから早く立ち去りなさい。あ、このボロ男もよろしくね」
「真城 咲。アナタ自分が何したかわかってんの?」
「ええ。不法侵入した不届き者に罰を与えただけですわ。おほほほ」
「しらじらしい!」
(カリサごめん。心配かけて…)
楓の意識はここで途絶えた。
〜
「何か言うことは?」
「ごめん」
「そうじゃなくて…」
目を覚ますと病院のベッドの上。どうやらカリサが運んでくれたらしい。
「はぁ。無事だったならいいわ。それにしても…あの女、容赦無いわね」
楓の身体は左腕、そして肋骨にヒビが入っており、医者から全治は3週間と診断された。
「いや、通報されなかっただけ優しいだろ」
エリア32は国の最重要防衛ライン。本来であれば逮捕されていてもおかしくはない。それを真城家の権力を行使し見逃して貰えたと推測できる。
「楓は組織の人間だからどの道問題ないわよ」
「そうなのか?」
言われてみれば、楓はオーフィス騎士団に正式に登録されている。組織の権力を使えば大抵のことは許してもらえるはずだ。
「あのね…カエデ。落ち着いて聞いてくれる?」
「どうした?」
「私…いえ、エイタンとラグナも三ヶ月後にはこの街を離れる事になったの」
「…はぁ!?今お前達がここを離れたらっ!」
「ええ。私も理解できないわ。でも命令は絶対。それでねカエデ。アナタは呼ばれなかったけど、どうしたい?一応カエデも組織の一員だから」
「俺は残る。誰がヴィクトリアからこの街を守るんだよ」
「…今のカエデが残ったところで守れないと思うけど」
「くっ…」
正論だ。神器の軌道すらままならずこの体たらく。他人を守るなんて言える立場ではない。
「じゃあ好きにしなさい。あ、そう言えばこれ、ラグナから預かりものよ」
「うわっとと」
カリサが放り投げたのは小さなペンダント。楓が慌ててキャッチすると空中に文字が浮かび上がった。
「なんだ?またロイヤルの暗号か?」
「どれどれ…あの自意識過剰男め。こんなの無視していいわ」
ラグナから自分に…そしてカリサの反応を見て楓はその文字の内容を察した。
「ちょっと待て」
「何よ?」
「これは挑戦状なんじゃないのか?」
「…だとしたら?」
「受ける」
「はぁ!?そんな身体で何言ってんの?」
「早く戦えるようにならないと…俺がしっかりしないと街の皆が…」
「…重症ね。好きにしたら?」
「おい!カリサ待て!待てったら…」
カリサはこちらへ向うともせず、
背を向けたまま手を振り、病室を後にした。
「くそっ。情けねぇ…」




