ep.65 平和の鍵
グレアが訪れたのはアメリカ某所の料亭。個室に案内されると、50代後半と思われる白髪の大男が畳に敷かれた座布団に座していた。
テーブルの上には、船に乗った魚の頭と刺身の料理が中央に置かれ、日本酒の瓶がいくつか並べられている。
「久しぶりだね。グレア」
「あなた…もしかしてアンディなの?」
「そうだよ。君は700年前と変わらないね」
かなり老いてはいるが、その鋭い目付きからそれとなく面影を感じる。グレアはテーブルを挟んだ正面に置かれた座布団の上で正座した。
「君は今、日本にいるんだったね。だがどうしても和食を食べたい気分でね」
グレアは日本に住んでるとはいえ、主の為に自分で料理を作るので、外食をする機会は滅多にない。和食を提供する事も無いことは無いが。
「それより、アンディ。偉く手の込んだことをしてくれたわね。暗号をあちこちにばら撒くなんて。ここに着くまで何ヶ国も周ったわ」
「それについては謝罪するよ。私も追われている身でね。簡単に居場所を悟られるわけには行かないんだ」
何から?というのは大体察しが付く。
「…ヴィクトリアね?」
「ああ。そうだとも」
「貴方程の男が逃げ回るだなんて…信じられない」
アンディの実力を考慮すれば当然の事だ。
彼に挑める存在など数えるほどしかいない。
「見ての通り私も老いた。昔みたいにはいかないよ」
「そう—世間話はこのくらいにして…私を呼び出した理由を聞かせて貰えるかしら?」
あの日、楓の右腕に仕込まれた魔法。そこから放たれ床に刻まれた暗号はかつて使用していたもの。グレアには読み取ることができた。
「そうだね。お互い忙しい身だ」
アンディは日本酒を一口含むと、舌の動きを良くするためか口の中で回した。そしてゆっくりと言葉を発する。
「グレア—君はあの御方を…ミア様を見つけられたんだね?」
「いいえ。そんな筈は無いでしょ」
アンディはグレアの顔をじっと見据えた。そして何を思ったかニヤリと口角を上げる。
「君は相変わらず嘘を付くのが下手だね。それに私はあの少年をテレビで見て確信したのさ。ミア様が復活なされたと」
「…チッ!」
グレアは隠しきれないとみて舌打ちをした。この頃自分の行動は全て後手に回ってしまっている。主の意を汲んでのことなので、彼女を責める者など居ないだろうが。
(やはり楓さんは殺しておくべきでしたね…最低でも公の場に晒すことだけは阻止しなければならなかった)
それでも楓を殺してしまったら、主がどんな気持ちになるのかわからないグレアでは無い。悪役になりきれない自分を恨んだ。
「まぁ、落ち着いて。酒でもどうだい?」
「いらないわ。私達にそんなもの…」
グレアやアンディは常人では無い。アルコール程度が彼等に与える影響など万に一つも無いのだ。
「そうだね。でも気分だけは味わえるじゃないか」
グレアはアンディの気遣いを無視し、
グラスに入った水を見せつけるように飲み干した。
「アンディ…ミア様が生きてらっしゃったとして…あなたはどうするつもりなの?」
「どうする?ふはは。私なんぞの為にミア様が?ふははは…はははは」
グレアは何が面白いのか分からず、笑い続けるアンディに困惑した。アンディは数十秒ほど腹を抱えて笑い続けると目にたまった涙を拭い、ゆっくりと深呼吸を始める。
「ふー…」
アンディは目を瞑った。まるで自分自身と対話をしているかのように、何か覚悟を決めるかのように、ゆっくりと間を溜める。そして—
「今から半年後、我々オーフィス騎士団は現在判明しているヴィクトリアの拠点に総攻撃をしかける」
「…なんですって?」
「言葉通りの意味だ」
先ほどまでとは違う。アンディは本気の顔だ。
「アンディ…戦争を始めるつもり?」
「戦争?まさか。まぁ、我々が居なくなれば世界の均衡は崩れるだろうな」
「まさか…アンディあなた!」
グレアの予想は
「となればミア様は動かざるを得なくなるだろう」
不幸にも当たっていた
「…一ついいかしら。何故そのようなまわりくどい事を?」
「君は何も知らないだろうからな。700年間あの御方を…ミア様を探す為だけに動いていた君には」
アンディの言う通り、グレアは仲間達との関係を断ち切り単独で主の搜索を継続していた。ほかの者達が脱落していく中、グレアだけは諦めなかったのだ
「ああ、責めている訳じゃないよ。君はよくやってくれた」
「慰めなんて要らないわ。早く答えて」
当然グレアは彼らを喜ばせる為に行動していた訳では無い。全ては主の為に…
「そうだな…まぁ、これが一番納得できるだろう」
アンディは再び日本酒を口に含み喉を通す。
酔えるはずなど無いのに。そして
「あの頃の…1000年前に魔王討伐の旅に協力してくれた仲間達、そして700年前共に戦った仲間達。私とお前以外は…皆ヴィクトリアに身を置いている」
「…は」
「イリアもだ」
「そんな…」
グレアは思わず手で口を抑えた
喉元まで胃液がせりあがるのを堪えるように
「お前もわかるだろう?どれだけ努力しようが、経験を積もうが、普通の人間では我々のような存在に抗うことは出来ないと。最初から我らに勝機など残されていないのだ」
「そんなことって…」
「理解出来たかな?我らの希望はミア様のみ」
—戦争を止められるのはミア様しかいない




