ep.61 一線
楓の夢の中—
アレスはアンディを連れて馬車に乗る。そして後ろを行進する兵士達の数は万を下らない。前進するその足音だけでも、心臓の奥深くにまで響くほどの迫力があった。
馬車の中はアンディと二人きり。特に会話をすることも無く時間だけが過ぎていった。楓は身体を動かせず、只々アレスと視界を共有するのみ。
(暇だな…とにかく暇だ)
もう何時間経過したのだろうか…窓からの景色を眺めるだけでは、時間が途方もなく感じる。既に数時間は経過したかと思われるが、日の位置がそこまで変わらないところを見ると、楓の体内時計が狂っているだけだろう。
ようやく馬車が停車すると、大きな街らしき場所に着いた。再び大勢の兵士や市民に迎え入れられる。だが、先頭で頭を下げる人物に目を向けると
(あれは…グレア?)
以前、夢の中で見た時より少し大人びたグレアの姿があった。髪も伸びており、もはや現実で見る彼女の容姿にかなり近い。
「久しぶりだな。グレア」
「は!お待ちしておりました。アレス様」
(…はい?)
楓はアレスに対するグレアの態度に驚いた。あの時の夢では言葉遣いも荒く、喧嘩腰だった筈だ。それがこの夢では完全に主従関係の様子。
「来い」
「はい!アレス様のお側に」
自分のやや後ろ両隣にグレアとアンディを付き添わせ、アレスは歩き始めた。市民達はまるで通路を作るように横一列に並び、その間をアレスと兵士達が行進する。
(アレス…お前はいったい何者なんだ…?)
「グレア。イリアは何処だ?」
「はい。イリアもこの街に。現在は負傷兵らの看護にあたっております」
「そうか。では案内しろ」
「は!」
(おっ。イリアもいるのか)
グレアがアレスより前に出ると、目的地まで先導し始めた。街外れのテントが立ち並ぶ場所。そこに青髪の女性、イリアの姿を見る。
「久しぶりだな。イリア」
「あら?うふふ。アレス様…いらしてたのですね。お迎えできず、申し訳ございません」
イリアは小走りでこちらまで来て深々と頭を下げた。
「行くぞ」
これで全ての…レト以外ではあるが、あの夢の仲間が揃った。これから何が始まるというのか。楓はアレスと視界を共有しながらも少し感傷に浸っていた。
アレスを先頭に四人は兵士を引き連れ、道の真ん中を闊歩する。まるで大名行列のように。
(すげぇ…なんだよこれ)
その光景に楓も思わず興奮を抑えきれなかった。楓の住む街はそこまで田舎では無い。それでもここまで沢山の人間を見たのは初めてだ。
そのまま馬車に戻ると、アレス、アンディ、グレア、イリアが乗車した。しかし、馬車が走り出すと楓は再び退屈な時間が続くのかと憂慮する。
「お前ら」
(お!アレスが喋り始めたぞ)
先程、アンディと二人でいた時は無言だったが、
アレスが言葉を発した
「覚悟は出来てんのか?」
—は!
—勿論です
—うふふ。当然です
(覚悟?)
その一言だけでは、楓は意味を理解できない。
「俺様と同じで馬鹿な奴らだ」
アレスがポツリと呟いた。とても小さな声だが身体を共有しているので、楓にはよく聞こえていた。
それからは再び無言の時間が続き、アレスは窓の外を眺めるだけだった。
(暇だな…もっと話すこと無いのか…仲間だろ)
結局、沈黙のまま馬車は進み続けた。
しかし、それもすぐに終わりを告げる。
(あれは…神殿か?)
視界に映り込んできたのは、以前夢で見た建物ではないが、いかにも神殿らしい真っ白な巨大建造物。門の前には大勢の兵士達が隊列を組んでいる様子だ。
それを見た一同は馬車を降りた。そして4人は横一列になると、後ろから同行していた兵士達の前に立つ。アレスが一歩進むと兵士達は一斉に敬礼を始めた。
「お前ら!覚悟は出来てんのか」
ーは!
兵士達の返答は一言だけだが、その数から発せられる声ときたら。楓もアレスの身体じゃなければ、鳥肌が総立ちしそうなほどの衝撃を受けていた。
「じゃあ行くぞ。神を…この世界から追い出す」
(へ?)
次の瞬間、アンディとイリアの手から何かが放たれ、神殿と思われる建物の屋根が爆発し、特大の炎が立ち上った。
それを合図に兵士達は前進する。すると神殿の前で隊列を組んでいた兵士達と衝突し、目の前で大乱戦が繰り広げられた。
(は?…なにやってんだよアレス…)
アレスは味方の兵士達の間をすり抜けながら、敵の兵士達を容赦無く斬り伏せていく。後ろをチラリと覗くとグレア達も同様に攻撃を開始していた。
(お前等…それは人間だろうが!)
楓の声は当然アレスには届かない。凄まじい速度で通った道に死体が転がっていく。
—やめろ
—やめろ
何百…いや何千の死体を積み上げたのだろうか
アレス一人でも相手の被害は甚大だった。
もはや虐殺と言っていいほど圧倒的な力…
長く続いた殺戮の後、アレスはついに脚を止めた。
「ようやくおでましか…」
視線の先には…
(あれは…あの時の)
「アレス。考え直しては下さいませんか?」
楓の視界に映ったのは、真っ白な髪と肌。そして純白のドレス。以前神殿で出会った女神の姿だった。
しかし、言葉遣いや表情は以前と全く異なり、真剣そのものといった様子だ。まるで同一の存在とは思えない程に。
「女神…お前はやっちゃならねぇ一線を越えた」
アレスが右手を前方に突き出すと、手の甲から赤い光が溢れ出した。光は収束していき、1羽の鳥の姿へと形を変える。
鳥はこちらに頭を下げると、翼を広げその影を伸ばした。すると地面から伸びるように赤い剣が姿を現す。
「—勇者の剣……本気なのですね?」
「ああ。終わりにしようぜ」
「わかりました…そこまで言うのであれば」
女神が天に手をかざすと、空から純白の剣が羽毛を散らしながら女神の手へと舞い降りた。
ー貴方の加護を…契約を剥奪します
両者は同時に前方に駆け駆け出し、
アレスの剣と女神の剣が交差したー
そして世界に亀裂が走り、楓の視界は閉ざされた
ー井上くん
「井上くん!起きて!」
「んぁ!?」
楓は視界を取り戻すと正面にはこちらを見下ろす美男子の姿。そして後頭部には柔らかい感触…
「え…どうゆう状況なの…」
「そんな事よりミアさんが…!」
「え!?ミア!」
楓は慌てて身体を起こすと、武器を持った邪徒が今にもミアに襲いかかろうとしていた。
「やめろ!」
しかし、楓は何故だか身体を思うように動かせない。
「ミア!!」
叫びも虚しく、男達は容赦無くミアを斬りつけた。
「…は?」
楓が目撃したのは、振り下ろされた筈の武器が跡形もなく消えていく光景。目の前の二体の邪徒には関心のない様子で、ミアはこちらに視線を向けた。
「カエデ、凪。怪我はないか?」
「なんだこの化け物!」
邪徒達は困惑しながらも、空いた手を握りしめ拳を作る。そしてミアへとー
「お前達には…生きる価値がない」
次の瞬間、男達の拳は標的を捉えることなく—それどころか姿さえもその場から消え去った。何故だか男達が居た場所には無数の赤い羽毛だけが散っていた。
「ミア…どうなって」
「カエデ」
「あ、はい」
「すまないが、ここは何処だろうか」
「ええ…」
楓は地図を受け取ると、少し休んだ後、
ミアを家まで送り届けた。




