ep.57 訪れ
「あれ…北条か?」
楓は下校の為、自転車に跨り校門に向かっている途中、見知った美青年の姿を視界に捉えた。特に何をするわけでもなく立ち尽くしている様子から、誰かを待っているかのようにも見える。
「北条。こんな所でどうしたんだ?」
「あ、よかった…井上くんを待ってたんだよ」
「俺を?」
「一緒に帰らない?」
「いいけど…家どこ?」
偶然かはわからないが、帰る方向は同じらしい。北条は徒歩で帰る様子だったので、楓は自転車を押して隣を歩き始めた。
「神器科って寮生活じゃなかったか?」
「実は僕、純正神器の家系で」
「え!?それは凄いな」
神器の適性は遺伝によるものが強く、純正神器に適性を持つ一族は代々その神器を独占する。そして次期当主であれば、特例として寮ではなく自宅から通えるのだ。
勿論、そんな人間はかなり限られているので楓が驚くのも無理はない。
「なに言ってんのさ。井上くんだって純正神器を」
「あー…俺は血縁とかじゃなくて…成り行きだから」
「え!…確かに井上って家系に聞き覚えは無いなと…じゃあ、あの神器はどこで?」
「あれは…適性はないけど、先祖が家で大切に保管してたんだよ。それで何故か俺が使えるようになったんだ」
「そんな事もあるんだね…凄いなあ」
楓は思う。適性がない筈の人間が、突然神器を起動させたなんて異例中の異例。なのでそこまで北条に話す必要は無いとそれ以上は口を噤んだ。
「北条の神器は?毎回家から持ってきてんのか?」
「いや。僕は真城さんと違って、まだ継承されてないんだ。触れるのは父に稽古をつけてもらう時だけで…学校では複製神器を使ってるよ」
「は!?じゃあ自分の純正神器を使わずに成績一位ってことか…北条は凄いんだな」
「そんな事ないよ。僕がしっかりしてないから…」
「家庭の事情はよくわかんねぇけど、お前は凄いやつだよ。俺なんてさぁ…」
それからはネガティブな話題が続いた。楓の愚痴の内容は師匠から日々受けている修行でのしごき。勿論、ロイヤルの事は伏せてはいるが、本人に聞かれてはならぬ話だ。北条はそれらをクスりと微笑みながら相槌を打つ。
数分程毒を吐き続けるとスッキリしたのか、楓は落ち着きを取り戻した。すると晴れた脳内にふと疑問が浮かぶ。
「そういや、北条。なんで俺を待ってたんだ?」
「えっと…ミアさんの話をもっと聞いてみたくて」
「ああ。意外とグイグイいくタイプなんだな」
「そうゆう訳じゃないんだけど…」
楓が予想した通り、北条はミアに気があるようだ。
(容姿もいいし、純正神器家系のお坊ちゃん。そう言われるとお似合いだよな)
ミアは学校でダントツと言われている程の美女で、恐らくお金持ちのお嬢様だ。楓は友達として彼女の幸せを願っている。既に相手が北条なら悪くないと思い始めていた。
「井上くんとミアさんってどうゆう関係なの?」
「ん?友達だけど」
「友達か…実は僕もミアさんと友達になりたいんだ…」
(まずは友達からってやつか…)
「井上くんは?きっかけとかあったりするのかな?」
「きっかけねぇ…」
楓はミアとの出会いを思い起こす。廃墟が突然家になっていたり、無視され続けたり…
「コーヒー…」
「え?」
「いや、なんでもない!友達になりたいんだろ?ミアの友達1号の俺に任せとけ!」
「えっと…ありがとう?」
威勢よく宣言したものの、そもそも食事の誘いもミアからで、楓は流れに身を任せていただけだ。それでも困っている人は放っておけない性格の彼が、北条をそのままにするはずは無い。
他にもミアについて質問をされつつ、自宅に向かい歩き続けた。当然ではあるが答えられる範囲かつ、彼女のプライベートの事にまでは触れない程度にぼかした。
「なんだ!?」
そんな矢先、突然背中を刺すような殺気に気づき楓は背に手をやった。
(しまった…今はグレイドがない!)
「井上くん…急にどうしたの!?」
北条は殺気に気づいていない。しかし、抵抗しないわけにはいかないので、楓は慌てて上半身を後ろに捻り、殺気を送ってきた相手を確認する。
「そこの者達…ちょっと道を尋ねたいのじゃが」
そこに居たのは、ただの老人だった。腰は常時お辞儀をしているくらい曲がっており、杖が無ければ立つのすら厳しそうだ。頭は禿げ上がり、真っ白な髭は胸元まで伸びていた。
楓は先程までの気配を怪しく思いつつも、警戒を解いた。困っている人を助けるのは当然の事だ。
「どこに行きたいんですか?」
「ここじゃ」
「あれ?ここって…」
楓が老人から受け取った地図を凝視していると、北条のスマホが鳴った。
「ごめん。父から」
そうして北条は通話に応じると、数度相槌を打った後電話を切った。どうやらすぐに帰らなければならなくなったらしく、駆け足でその場を後にした。
「じゃあ、おじいさん。俺が案内しますよ」
「ふぇふぇ。ありがとのう」
目的地はそう遠くなかったし、そこはよく知っている場所だった。
「ここです」
「助かったよ。お主の名前を聞いてもいいかな?」
「井上 楓です」
「そうかそうか。これはお礼じゃ」
「いえ、大丈夫です!」
差し出されたお金は受け取らず、握らされないよう背を向けその場から離れた。フリをする。老人が何者なのか分からないためだ。何故なら—
(あのじいさん…ミアの家になんの用だ?)
見知らぬ老人の目的地は友の宅だった。楓はバレない位置かつ、いつでも駆けつけられる距離でひとまず老人を監視することにした。
〜
「あら?誰でしょうか?」
グレアは洗い物を中断し、残りをハーリィに任せて玄関へ向かった。突然響いた呼び鈴に対応する為だ。主も帰宅している事だし、来客に心当たりもない。
そしてドアをあけると、一人の老人の姿があった。
「ふぇふぇ。グレアや。久しぶりじゃな」
「え?誰ですか」
こんな老人の知り合いはいない。しかし、自分の名を知っているということに警戒した。
「わしじゃよ。ホーマイン」
その名を聞くとグレアは驚愕する
「ホーマイン!?いくらなんでも老けすぎじゃ…」
「ふぇふぇ。グレアは700年前と変わらないの…」
「ホーマイン・タルケスス」
よく知っている声…老人は顔をゆっくりと上げ、声の主を視界にとらえた途端、杖を持つ手の震えは止まり、目だけが大きく見開かれた。
「久しいな」
「おお…ミア様」
老人はその場に膝をつき、地面に擦れるほど頭を下げた。




