ep.54 アレスは誰?
アンディは楓の質問を受け、神妙な面持ちで顎に手を当てるとゆっくりと口を開いた。
「アレス…か」
「何か知ってますか!?」
顎の下に生えた髭を数度擦ると、アンディは首を横に振った。その仕草から出される返答など決まっている。
「…すまないが、私も老いぼれてしまってね。オーフィス騎士団の面々を覚えるだけで精一杯なんだよ」
「それでは…」
「少なくともアレスという名の部下に心当たりは無いし、過去に思い当たる人物は記憶に無いね。君のお友達かい?」
「いえ…知らないのであれば、大丈夫です」
「そうかい?」
(ロイヤルのボスですら知らないか。やっぱりアレスは俺の中にしか存在しない?俺が空想で作り出しただけの人物なのか…)
所詮夢は夢。しかし、楓の胸中で引っかかるのはヴィクトリアとの戦闘の際、脳内でこちらへ語りかけてきた声。声の主は性格も考え方も明らかに自分とは違っていた。
(俺ってもしかして二重人格だったりして…)
「カエデ。他に質問がないなら帰りましょ。ボスも忙しいだろうから」
「あ、ああ。そうだな」
「うむ。気をつけてな。また機会があれば話そうじゃないか」
「は!ありがとうございます」
「あ、そうだった。今日この場を持って、カエデくんは正式にオーフィス騎士団の一員。そして私の部下となった。簡単ではあるが、この書面にサインを貰えるかな?」
(そういや、その為に来たんだったな…)
相手のペースに乗せられ、すっかり当初の目的を忘れてしまっていた。楓は数十枚ほどの書類に軽く目を通して、迷いなく署名を済ませた。
〜
楓とカリサが去った後、アンディはウィスキーをショットグラスに注ぎ、一口で飲み干すと鼻から大きく息を吐き余韻を楽しんだ。すると、部屋の扉が三回叩かれる。
「入りたまえ」
扉が開かれるとそこにいたのはオルクス。少し癖はあるが、彼もまたアンディから信頼を置かれている人物の一人だ。
「あの少年はいかがでしたか?」
「おや?君が他人に興味を持つだなんて珍しいな」
「いえ、珍しいのはアンディ様の方です。新人と面会だなんて、私の記憶に無かったものですから」
「なるほど。彼は素直そうな良い子だったよ」
「…それだけですか?」
「ああ、それだけで充分さ」
オルクスは思う。目の前の男、アンデロ・イ・ハンクスは部下の失態に感情を荒立てたことも、落胆した様子を見せたことも無い。最初から他人に期待していないのだと。ただ、彼の強さを知ればそれも仕方のない事かもしれないと、納得出来てしまう。
「そうそう。憎魔の肉塊…だったかな?ヴィクトリアが純正神器への対抗手段を開発していたそうじゃないか」
「はい。エイタンとラグナにより、いくつかサンプルが持ち帰られ、現在は研究班が解析を進めております」
「ああ。今はそれが最優先事項だね。よろしく頼むと彼等に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
オルクスは部屋を後にすると、自分の無力さを痛感し息を深く吐き出した。当然、ボスには聞こえないように。
〜
帰りの飛行機では再び目隠しと耳栓をされ、今度は数時間もの間外して貰えなかった。方向感覚を狂わせるためか、飛んだ直後にグルグルと回るのは少し楽しい感覚だった。
「なんだか思ってたような人じゃなかったな」
「ええ。私もボスはもっとこう…」
カリサはその先の言葉を濁した。彼女は楓とは違い、組織に身を置いて長いので立場というものを気にしているのだろう。
「それで?さっきの質問はなに?」
「アレスの事か?」
楓は少し考えた。正直に話していいものかと。だが、ここまで来て隠すことはないだろう。何より一人で抱えても碌なことは無いと判断し、話すことに決めた。
「俺さ…ゴウラ達との戦いと、ラグナとの戦い。途中で寝てただろ?その時変な夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ。俺が偉くなったり、強くなったりする夢。その夢では不思議なことに皆からアレスって呼ばれてんの」
楓の言葉を聞いたカリサは呆れたように首を横に数度振って、わざとらしく溜息をついた。
「…バカじゃないの?アンタの夢の話がボスに分かるわけないじゃない…」
「そうだよな…我ながらどうかしてるよ…」
「でも…」
「ん?」
カリサは少し迷うような素振りを見せた。その先の言葉を口に出していいものかと。そして決意が固まったのか話し始める
「ゴウラ達との戦いの時、途中からカエデを別人のように感じたの。アナタに記憶は無いでしょうけど、残りのオーガを始末したのもカエデ自身よ」
「え…初耳だし、覚えてないんだけど…」
あの戦いでは途中で眠ってしまった。確かその時見た夢は―
「カエデ」
「ど、どうした!?」
楓は過去の夢を振り返ろうと天井を眺めていたが、カリサの強い声で現実に引き戻された。視線を向けると、彼女はいつになく真剣な表情で、こちらを凝視している。
「確証はないけど、アナタは恐らく…全ての神器を適性関係なく起動できる」
「まさか…神器は適性が全てのはずだろ。そりゃいくらなんでも」
「実際に別人のようになったカエデは、私の複製神器を起動させてみせたのよ」
「んなバカな。それだと俺は神器の能力を無効化して、全ての神器を使えるってことに…」
「ええ。とんだチートキャラね。それで、今まで試してこなかったのは、別人になったカエデの実力が未知数だったから」
「つまり…グレイド以外の神器を起動させたら、もう一人の俺が出てくる可能性があると。やっぱり俺って二重人格だったのか…」
「一度だけだからまだわからないわ。でも別人になったカエデに聞いてあげる。アンタがアレスかって」
「なるほどな…」
だが、楓の脳裏ではミドラとの戦闘中、話していたアレスかもしれない彼との会話が思い起こされた
〜
―お前とこうして話すのは最初で最後だ。俺様はたぶん、お前の味方じゃねぇから
『それはどうゆう意味だ?』
―まだ確信は持てないが、俺様と関わりすぎるとそのうち自分を失くすだろうな。アイツのする事だ、大体想像はつく
『アイツって誰のことだ?』
―おい、前見ろ!来るぞ!
〜
「自分を失くす…」
「カエデ?どうしたの?」
「いや、何でもない。一度くらいは試したほうがいいかもな」
「そうね。エイタンにも協力してもらうから、心配しなくていいわ」
―アレス…お前は本当に俺の中にしか存在しないのか?




