ep.52 ボス
激しい揺れが収まり、目的地に着いたとの報告をスーツ姿の男達から受ける。案内されるがまま機内から外に出ると、物々しい真っ黒な城が視界に入った。
周囲にコウモリでも飛んでいれば、あの建物は絵本に出てくるようなドラキュラ城にしか見えない。
「あれが…オーフィス騎士団の本部か」
「私が知ってる第八支部とは大違いね…」
カリサが言う第八支部は調査隊の拠点として使用されているようで、アジアの何処かに所在しており、ビルの地下を貸し切った場所らしい。楓が正式に調査隊に所属した際には呼ばれることがあるだろうと教えてもらった。
スーツ姿の男達に同行し、門の前に到着すると左右に一人ずつ、正面に一人。計三人の兵士が待機していた。すると、正面に立つ四十代半ばくらいの鎧を着た男がこちらへ近づいてきた。
「十二番隊隊長 オルクス・エルドラドだ」
「は!調査隊 カリサ・ツィングラーです」
「井上 楓です」
カリサがオルクスなる男に敬礼したのを見て、楓も見様見真似で対応する。副隊長であるラグナやエイタンの前でも太々しさを保っていた彼女が、ここまで畏まった態度を取った事に少し驚きつつ空気を読んでの行動だ。
「ボスの部屋まで案内するが、私は後ろに立たれるのが嫌いでな。後ろを歩く際は10m程離れてくれ」
「は!」
(この人、案内役向いてないだろ…)
オルクスの言いつけ通り、二人は距離をとりながら後ろを歩く。
「カリサ…あの人知ってたか?」
「オルクス隊長のこと?名前だけなら知ってたわよ」
「やっぱりロイヤルだから皆知り合いって訳じゃないんだな」
「役割が違うからね。本部は十から十五番までの部隊が守護しているそうよ。当然、他の任務も担ってるから必ずここにいるとは限らないけど」
「へぇ〜。それじゃ同じ組織に居ても関わらないわけだ。最前線で戦うラグナ達とはまた違うんだな」
「そ。彼等は本部の情報を知ってるだけに少数精鋭だし、表には滅多に出てこないの」
「お前達、ボスの前では私語は慎めよ」
「申し訳ございません…」
カリサと楓は極力声を抑えて話していたが、オルクスには筒抜けだったようだ。特に聞かれて不味い内容では無かったが、ばつの悪さを感じてしまい、二人はそれ以上の会話を辞めた。
建物内はかなり広いようで、廊下を直進し続け、長い階段を登った先でようやく目的の部屋についた。詳しい時間はわからないが、体感だと15分程といった所だろうか。
「この先にボスがおられる。ドアを三回叩いた後、返事を受けてから入れ。間違えるなよ」
オルクスはそれだけ伝えると、来た道を戻っていく。ここまで来る途中、見張りがついている場所もあったようだが、この部屋には護衛は必要無いのだろうかと楓は不思議に思っていた。
「じゃあ、いくわよ…」
「ああ」
カリサが生唾をゴクリと飲むと、言いつけ通りドアを三回叩いた。
「どうぞ入りたまえ」
その男性の返答は楓の予想とは違い、優しい声色だった。カリサがゆっくりとドアを開け、室内が見えてくる。見上げるほど高い天井、そして壁一面に本がびっしりと並べられ、梯子がいくつか立て掛けられている。照明は蝋燭の火のような暖色系で大人のムードが漂っていた。
「し、失礼します」
「ああ、君がカエデくん。そしてカリサだね。待っていたよ。長旅御苦労だったね。ささ、座って」
部屋の中央には豪勢とは言えないデスクがあり、オフィスチェアに腰掛ける白髪の男性がこちらを注視していた。
(あれがロイヤルのボス…アンデロ・イ・ハンクス)
案内されたのは二つのパイプ椅子。まるで面接のような雰囲気だ。と楓は緊張感を高めた。
「調査隊 カリサ・ツィングラーです」
「井上 楓です」
再びカリサに習い挨拶を済ませた後、椅子に座る。
「そうだね…まずはカリサくんから話そうか」
「は!」
「そうかしこまらなくていいよ。君はヴィクトリアとの戦闘といい、カエデくんの推薦といい、よくやってくれている。希望するのであれば、二十番代の部隊に配属しても良いのではないかと私は思っていてね。どうだい?」
楓には組織の詳しい立ち位置はわからないが、恐らく昇進の話だろうと推察していた。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。しかし、私は現状の任務を優先したいです」
「ふははは。それは良い心がけだ。では今後もよろしく頼むよ」
「は!期待に応えられるよう善処します」
(こいつ…本当はゴロゴロしたいだけじゃ…)
「次にカエデくん」
「あ、はい!」
ボスは楓に視線を向けると数秒程目を合わせ続けた。そして立ち上がると、手を伸ばせば触れれるほどの位置まで近づき、全身を舐め回すように観察し始める。
(いやいや近いって!…って…あれ?)
楓はボスの顔を近くで見ると、何やら既視感を覚えた。あり得るはずはないのに、心に引っかかり続けるそれを、つい口に出してしまう。
「アンディ…?」
「ほう。その呼び名を何処で?」
しまった。と楓は取り繕う言葉を慌てて探し始める。だが、緊張のせいか上手く纏まらない。
「ふははは。良いんだ。皆、私の事をそう呼んでいる。元の名など、私はどうでも良くてね。それにダンディーみたいでかっこいいじゃないか。ふはははは」
(いや、やっぱり夢で見たアンディーとは別人だな。あいつはこんな冗談を言ったりしない、お硬い奴だった)
楓は記憶をたどり、夢で見た大柄の紳士を思い起こす。確かに面影は感じるものの、今目の前にしている男性はやはり同一人物とは思えなかった。
「おっと…一人で盛り上がってすまなかったね」
「いえ、こちらこそ馴れ馴れしく…すみません」
「君の活躍はテレビで見ていたよ。少し手を見せてもらっていいかい?」
「え、手ですか?別にいいですけど」
楓が右手を差し出すと、アンディは食い入るように顔に近づけ観察し始めた。何故だかミアにキスされた事を思い出し楓は顔を顰める。女の子ならまだしも、こんな爺さんに唇をつけられたらたまったもんじゃない。
そして満足したのか顔を離すと、アンディは楓の右手の甲に人差し指を突き立てた。
「すまない。少し我慢してくれ」
「はい?」
突如、楓は右腕に電流が走るような感覚を覚えた。だが、それはほんの一瞬で静電気ほどの痛みだった。
「今のはいったい…」
「とある人物への伝言といったところだね。ああ、君は気にしなくていいよ」
「はあ」
「さて、私の用事は終わった。二人とも、もう帰っていいよ」
『え!?』
あまりにもあっけない顔合わせに、カリサと楓は声を揃えた。まだ10分すら経っていないのだから当然だ。
「ふむ。では時間が許す限りではあるが、一緒にお茶でもするかい?質問があるなら答えてもいいよ」
「いえ、私は大丈夫ですが…」
「そうか…カエデくんはどうだい?」
「俺は…」
彼に面影を見たからというわけではない。ロイヤルのボスである彼であれば、何か知っているかもしれない。そんな思いからくる質問だった。
「では一つだけ…」
「なんだね?遠慮せず言ってみなさい」
「アレスって名前の人物を知っていますか?」
ちなみに51話の食事の誘いって言うのは、カリサの誤訳です。彼女は日常を謳歌しすぎて暗号を忘れ始めてます。




