ep.51 旅
季節は春、卒業式。そして入学式も終わり、楓は二年生に進級していた。神器トーナメントでの活躍もあり、神器科転入の打診が来ていたが普通科に残ることにした。
あれから学校では一躍有名人。神器科の先輩達や真城 咲のファン達からは目をつけられてしまったが、のらりくらりと平和な学生生活を送っている。野蛮なことをされないのは、楓の実力が周囲に認められているからだろう。
「そうか。学年が変わればクラスの人選も変わるのだな」
「ああ。俺達はまた同じクラスでよかったな」
楓とミアは偶然にも同じクラス。他にも一年時、違うクラスだった男子達はミアと同じクラスになれたことで歓喜している者が多数。彼女の人気は楓の予想以上のようだ。
「カエデは私と同じクラスで嬉しいのか?」
「そりゃー、仲のいい友達が一緒だと嬉しいだろ?」
「なるほど。確かにそうだな」
会話の内容は何気ないものだが、ミアの顔を見ていると、楓の脳裏には一つの疑念がよぎる。
(グレアさんはどうしてあんなに強かったんだろう…もしかしてミアも…)
楓とラグナが協力し、傷をつけるだけで精一杯だったザイラス。グレアはそれを一方的に倒した。当然、彼女が戦えることは知らなかった訳で、そこを考慮するのであれば、一緒に暮らしているミアも何かを隠している可能性はある。
(でも…俺も戦える事、神器を使えることは周りに隠してた訳だし。詮索するのは野暮だよな…何があってもミアとは友達だ)
だが、ミアが強いなんて事は楓には想像がつかない。理由としては彼女の運動神経の悪さだ。
(そんなことよりミアはいつになったら自転車に…)
「カエデ!」
「ん?カリサか」
声の方に視線を向けると、教室の入り口でこちらに手を振るカリサがいた。彼女はまた違うクラスになってしまったようだ。何やら大きな紙袋にお菓子が大量に詰められている様子から、新しいクラスでも上手くやっていることが伺える。
「あ!ミアさん。おはようございます」
「おはようカリサ」
学校の美女一位と二位の邂逅。これほど華やかな光景は無いと、周囲の生徒達は熱い視線を向けていた。楓はというと景色に溶け込むように影を潜め、壁に貼ってある食堂の献立を眺めていた。
「カエデ!何処見てんのよ!」
「おい!誤解される言い方はやめろ…」
「それよりちょっと来て!」
「なんだ?」
カリサに手を引かれ教室の外、人気の無い廊下の角まで連行されると、何やら筒を手渡された。
「なんだこれは?」
「組織からカエデに伝令よ。私も中身は見てないわ」
彼女いわく、楓はトーナメントの後、正式にロイヤルの調査隊として登録されてしまったらしい。とはいえ本人は手続きをした覚えはない。
「お前等、また勝手に話を進めてんのか…ったく」
文句を言いつつ、楓は筒から丸まった用紙を取り出した。広げてみると何やら見知らぬ文字がずらりと並んでいる。
「なんだ?英語…ではなさそうだな」
「組織で使用されてる暗号ね。どれどれ…」
楓から用紙を受け取ったカリサが、甲斐甲斐しく暗号を解読し始める。読み慣れていないのか、メモ用紙を取り出し一文字ずつ翻訳している様子だ。
「こ、これは…」
「ど、どうした?まさかヴィクトリア関係か?」
「食事のお誘いね」
「…は?食事?いったい誰が」
「ボスからよ」
「ボスって…まさかロイヤルの?」
楓はロイヤルのボスとは面識がない。それどころか組織で知っている人間も、カリサの他にエイタンとラグナだけだ。
「ええ。私も同行するようにって」
「…断ってもいいんだよな?」
カリサからの返事はなく、満面の笑みでただ肩を叩かれるのみだった。受け入れる他ないのだろう。
〜
「空を飛ぶなんていつ以来だ…すげぇワクワクしてきた」
中学の修学旅行で乗ったものより小型ではあるが、楓は目の前の飛行機に興味津々といった様子だ。すると、隣にいるカリサがバッグから黒い布を取り出し、楓に手渡した。
「ん、目隠し?俺は寝ないぞ。乗り物での移動中は外の景色を眺めていたい派なんだ」
「違うわ。拠点の位置は秘匿なの。知っていいのは限られた人間のみ」
そう言うとカリサは自分自身で目を覆い、更には耳栓まで装着し始めた。その後、飛行機の側に立っていたスーツ姿の男達が彼女の頭の上から黒い袋を被せていく。
「カエデ様もお願い致します」
(これじゃ拉致だな…)
男達の指示に従い、楓もカリサと同じように目隠しと耳栓をすると、視界は完全に遮断され、聴覚も塞がれた。飛行機の座席まで手を引かれる形だ。
(せっかく空からの景色見れると思ったのに)
〜
数度肩を叩かれた後、急に視界が明るくなり
目を開けると隣の席にはカリサの姿があった。
「ん?着いたのか?」
「まだよ。でもここまで来たら外していいって」
楓は室内を見渡してみるが、窓を眺めようにも真っ暗で外は見えないようになっている。やはり景色は見れないのかと、肩を落とす。
「トイレとか大丈夫?私も初めてだから、次はいつになるかわからないわよ」
「初めて?」
「ええ。私もボスに会ったことは一度もないの。本部に入るのも初めてだわ」
ラグナの過去の口ぶりからも、カリサが所属する調査隊というのは組織の地位としては下の方なのだろう。それは大手企業の下請けアルバイト風情が、会長と会う機会が無いのと同じ。
「ボス…どんな人なんだろうな」
「ロイヤルのボス…アンデロ・イ・ハンクス。末端に知られてるのは名前くらいで、その他の情報は全く公開されていない…ただ…」
「ただ?」
「噂によるとロイヤルの全戦力を持ってしても、彼一人には敵わないそうよ」
「はぁ!?お前達ロイヤルは人類最強だろ?それは流石に持ち上げすぎじゃ…」
「それでも…火のないところに煙は立たない。途轍もなく強いのは事実だと思うわ」
「そうか…」
戦力についても突拍子もない話だが、それに加え、楓の心には一つ引っかかるものがあった。
(アンデロ・イ・ハンクス…その名前何処かで聞いたような…)
「カエデ」
「ん?どうした急に?」
カリサの顔を見ると、こちらには目を合わせようとしないが、いつになく真剣な表情をしていた。
「ここまで巻き込んでしまった人間が言うべきじゃないと思うけど…私は貴方の意思を尊重するわ」
「と、言いますと…?」
「嫌だったら嫌って言っていいのよ。いざとなったら私もボスにお願いしてあげるから」
「…」
今更と言えばそれまでだが、これまで突っ走って来たカリサにも何か思うところはあったのだろう。しかしここまで来てしまったのだから、楓も引き返すつもりはなかった。
「バカ言ってんじゃねぇ。お前と最後まで付き合うさ」
「な!」
余程驚いたのか、カリサは凄まじい速度で振り向き、口を空けたまま目を大きくしていた。
「ん?どうした?」
「な、何でもないわよ!」
しかし、すぐ顔を戻すと何やら顔を真っ赤にしている様子だ。楓の態度に怒ってしまったのだろう。少しくらい、彼女の気持ちに甘えたほうがよかったか。と楓は反省した。




