ep.50 化け物
ミドラとハーリィは会場を後にし、廊下を走っている。奥に進むほどに灼熱地獄から解放され、明るく日が差す出口が見えた。
「チーフもう少しです」
ハーリィが目を向けると、ミドラの肌は火傷で爛れ自慢のドレッドヘアーも見る影もなく縮れ毛が頭を覆い尽くしている。
「ああ、街に出たら車を拾って海まで…」
出口までもう少しのところ、眩しくてよく見えないが、一つの人影が二人の前に立ち塞がった。
「…誰だ?」
ミドラとハーリィが足を止め影を凝視すると、そこにいたのは橙色の髪をした10代程の少女だった。
「そこの者達。すまないが、少し道を尋ねたい」
〜
「ニンゲン…ユウシャ」
ザイラスは漆黒の兜を脱ぎ捨てた。現れた頭部はライオンの容貌をしていて、その鋭い目付きからは濃厚な殺意が感じ取られる。
「装備を外した…?おい、何か来るぞ!」
「ええ…ミア様ならきっとご無事なはず…しかし、私の失態は…」
ラグナが注意を呼びかけるも、グレアは全くの上の空で額から多量の汗を流している
ザイラスがロングソードに地獄ノ炎を纏わせ、剣先を溶かし始めた。炎と共に地面に滴り落ちた剣は浸透していき、地獄ノ炎を帯びた無数の針へと姿を変えた。
―炎嗟地獄
地獄ノ炎を帯びた無数の針が、頭を抱えるグレアの元へ容赦無く飛来する。
「チッ!下がれ!」
ラグナは残った力を振り絞りグレアに風を纏わせるが、針は減速することなく襲いかかる。
しかし、自身の間合いにはいるや、グレアは素手の一振りで、無数の針をはじき返した。
「…はぁ!?」
ラグナは驚愕した。今の攻撃はトライデントの風であっても防ぐ事は不可能。それを神器すら装備していないグレアが容易く対応したのだ。
「地獄ノ炎…確かにやっかいですね。これと初めて対峙した際は難儀したものです」
(初めて…この女は何を言っているんだ?…まるで何度も戦ったような口ぶりを)
「…グレアさん?」
「あら、カエデさん。お身体は大丈夫ですか?後ほど手当てしますので、少々お待ち下さいね」
意識を取り戻した楓にグレアは優しく話しかけると、視線をザイラスの方へと戻し、両腕を前に構えを取った。
ヴモォオオオオ
ザイラスは移動を開始した。楓達と戦っていた際は溶岩や骸骨兵を使った中距離戦を主としていたが、近距離戦は苦手。というわけではないことは、その駆け出す速度が証明している。なにより、近づくほど高熱にさらされるのが厄介だ。
「付与魔法‐爆裂拳」
ザイラスが間合いまで踏み込むと、
グレアの超高速の三連撃が繰り出された。
「流石ですね…今のを防ぎましたか」
グレアの正面には巨大な盾。しかしその表面には、くっきりと拳の形の凹みが三つ出来ていた。
「嘘だろ…トライデントも傷をつけられなかった盾を素手で…」
ザイラスはロングソードに地獄ノ炎を纏わせ、グレアへと振るう。その巨体からは信じられない程のほどの剣速で、ラグナの目でも捉えられないほどだった。
「付与魔法‐超反射」
グレアはその場から一歩も動かず、上半身の動きだけでそれらを躱していく。そして隙を突いて拳を繰り出すと、直撃したザイラスは馬の胴体の一部位が爆ぜた。
「おい…あのグレアとかいう女…神器無しで…」
「どうしてグレアさんが……」
楓とラグナは目の前で繰り広げられる戦いに呆然としていた。レベルの高さもあるが、何より理解出来ないのは、神器を使わない、ただの人の身であそこまで動けていること。
「おかしいですね。今ので仕留めたつもりでしたが…」
ザイラスは盾を手放し、グレアから距離を取る。傷口を空いた手で抑えると、滴る血が止まり始めた。
「…グ、グレア…ユウシャ」
「…私の名を?もしや本物のザイラス⋯?」
―ヒ、ヒイイイ!たっ助けてくれええ!
突如場内に情けない男の悲鳴が響き渡り、グレアが視線を向けるとこちらへ駆けるミドラの姿があった。脚が絡まり躓きながらも必死に逃げようとしている
「ば、化け物が…」
こちらにも化け物はいるのだが、逃げて来たということは、それ以上の何かが居たのであろう。楓とラグナはミドラが逃走して来た、控室の廊下の方を注意深く観察すると、一人の少女が姿を現した。
「…ミア?」
「カエデか。無事で何よりだ」
「ミア様!!ご無事でしたか」
「…グレアよ。降りるのであれば、事前に言ってくれないか?」
「はい!大変、申し訳ございませんでした!」
主の安否を確認できた為か、自身の失態を恥じた為か、グレアは両の瞳から大粒の涙を流した。
ヴモォオオオオ
「やはり魔将だったか…皆下がっていろ」
「いえ、ミア様。私がすぐに終わらせます」
「…そうか。ではグレアに任せよう」
「ありがとうございます!」
グレアは袖で涙を拭き取ると、ザイラスの元へ駆け出した。
「三天付与‐天栄拳」
グレアは両脚、右腕に蒼いオーラを纏わせると、地面に大きな亀裂が入るほどの踏み込みをいれたのち、敵の顔目掛けて一気に跳んだ。ザイラスは反応すら出来ず顎へ強烈なアッパーを受け、首から上は即座に塵となった。
『⋯⋯はぁー!!?』
楓とラグナは声を揃えた。それは観客席で被害を食い止めていたカリサとエイタンも同じく。あれほどまでの強敵がこうもあっさり仕留められたのだ。すぐに現実であることは受け入れられない。
「ではミア様。帰りましょうか。車を御用意しております」
「ああ。皆の無事も確認できたことだしな」
「ちょっ、ちょっと待て!」
帰宅ムードに水を差したのはミドラだった。
「へへっ。ザイラスは命尽きると自爆する事になっている。間もなく地獄ノ炎が撒き散らかされるぞ⋯この街全体にな」
「なんだと?」
「いけません!ミア様!即刻この場を離れましょう!」
ザイラスの胸の辺りから地獄ノ炎が吹き出し始め、会場中を覆い尽くしていく。
「当然だが、ヴィクトリアである俺は生き残れるようになっている。だがお前らとこの街にいる人間は終わりだ」
「ぶはははははははは
………
……
…
は?」
ミドラが辺りを見渡すと、ザイラスも、地獄ノ炎すらもその場で動きを止めていた。それに音の一つすら聞こえない
「なんだ?まさか時間が…止まっている?」
すると、外界へ噴出された筈の地獄ノ炎は、巻き戻されるのようにザイラスの胸へと返っていく。
「どうなっている!?なにが起こってんだ!」
―その問いには答えられんな
「ああ?なんだあの羽は?」
ミドラはザイラスの頭上に1羽の白い羽毛がフワフワと舞い降りている事に気が付いた。
羽毛が身体に触れた途端、ザイラスの姿は消え失せ、その場には赤い羽毛だけが舞っていた。
「なんなんだ…なんだこれはよ…!?」
ミドラが顔を上げると、目の前にはあの少女
「この技は…まさか!?お前がクイーンの言っていた…伝説のゆう
言い切る前にミドラはこの世から姿を消した
〜
「なにが起こったんだ?」
楓は辺りを見渡す。突然ザイラスもミドラも炎も瞬く間に消え去った。先程まで溶岩に覆われていた事など、嘘のだったかのように涼しい風が場内を流れる。
「よくわかんねぇけど…終わったのか?」
「ああ…ああ!」
楓とラグナは強く抱きしめ合った。しかし、我に返るとすぐに互いを突き飛ばし距離を取る。
「気持ち悪い」
「きめぇ」
「ラグナ先輩ー!カエデさーん!無事っスか!?」
「エイタン!待ちなさい!アナタもひどい火傷を…」
「ミア様…血が…」
「心配するな。カエデ達の傷を見てやってくれ」
ミアの口から血が滴り落ちている事に気づくと、グレアは即座にハンカチを渡した。主の指示に従わず離れようとはしない。
「グレア。君を信じていなかった訳では無い。ただ、あれが最善だと私が判断しただけの話だ」
「しかし…」
「ほら。行ってきなさい」
「…はい」
グレアは主を置いて楓達を治療に向かう
「私とは違う…あの者達には未来が…」
〜
「へぇ〜。ザイラスが」
「うふふ。アンディは動いてない様子だから、グレアってところかしらね」
「グレア?何故いきなり奴の名前が」
「…グレアでないとするなら、もしかするとあの御方か!?」
「……」
「うふふ。アーノルド。言って良いことと、悪いこと。貴方には区別がつかないのかしら?」
「…すまない。気がはやった」
「まぁ、いいさ。どちらにせよグレアが生きているなら搜索は続けているだろう」
「ええ。もしご存命であれば、ミア様はどちらにつくのかしら?」
「当然、我らだろう。ロイヤル等といった偽善組織ではない、本当の平和を望む我らヴィクトリアこそ、勇者の意志を継ぐに相応しい」




