ep.49 炎帝
突如出現した人ならざるもの。
楓は先程のミドラの言葉を思い返す。
「本物の魔族って…どうゆうことだ?」
魔族…夢の中の世界では邪種の事をそう呼んでいた。しかし、これは夢ではなく現実だ。
「ふん。貴様は知らなくていいコトだ」
「チーフ…ごめんなさいです」
「いや、ハーリィ。いいタイミングだった」
ミドラは泣き顔を浮かべるハーリィの頭を一撫ですると、自身の邪徒化を解いた。そのまま片腕で彼女を抱えると、ラグナ達に背を向ける。
「待て。お前らを逃がすわけないだろ」
「俺達に構ってる暇があるのか?」
「すぐ終わらせるだけだ!」
ラグナは構わずトライデントで突風を放つ。しかし、ミドラ達へ届くことなく、憎魔の肉塊によって防がれてしまう。
「チッ!やはりあれが厄介だな…ん、なんだ?」
直接叩くためミドラ達への距離を詰めようとするも、ただならぬ気配にラグナは脚を止めた
「アイツ…動き出したっスよ…」
ミドラ達の撤退を待つことなく、紫色の煙の中から現れたのは、体高は5メートルといったところか。上半身は漆黒の鎧を付けた人の姿、下半身は馬の胴体。その姿はまさにケンタウロス。左手には銀色に輝く巨大なロングソード、右手には牛の紋章が刻まれた盾が握られている。
「かつて世界を恐怖で支配した、魔王軍三魔将の内の一体。炎帝ザイラス」
ヴモォオオオオ
ザイラスは鼓膜を突き刺すような雄叫びを上げると、ロングソードを勢いよく地面へと突き刺した。
「なんだ!?」
ロングソードを中心に地面が隆起し始め、地中からは真っ赤な溶岩が溢れ出す。
「熱っ!なんでマグマが…」
「あれが炎帝剣か。ハーリィ、エト。俺達も急いで離れるぞ」
「逃がすかって!」
ラグナは一気に距離を詰めると、ハーリィ目掛けてトライデントを振るう。
「ザイラス。やれ!」
ヴモォオオオオオオオ
ミドラの指示か、それとも高速で動くラグナに反応した為か、ザイラスは地面からロングソードを抜き取ると、剣先から巨大な炎を放った。
「火!?くそっ」
ラグナは身体に風を纏い炎を受け流す。しかし、熱は容易く肌まで到達し、両腕の皮膚は火傷によりめくれ上がる。
「バカが。ザイラスの炎はそう簡単に防げるもんじゃない」
「なんだあの化け物は…お前達は一体何を作り出したんだ!」
「作り出したんじゃないです。あれは魔王の核から復元された…ぐむむ」
「ハーリィ。そこまで話してやる必要は無い」
お喋りな口をミドラが手で塞ぐと、ハーリィは手足をバタつかせ抵抗するも、諦めて項垂れた。
「確か…アレに勝てるのはオーフィス騎士団のボスくらいだとクイーンは言っていたな」
「そのクイーンとやらは何者だ…?何故僕達のボスの事を」
「ふふ。知ったところで意味は無い。それにザイラスに勝てる人間がいるなど、俺は信用してないぜ?」
「ラグナ先輩!ご無事っスか!?」
カリサ、楓、エイタンは隙を見て、ラグナとヴィクトリア連中の間に滑り込むように立ち塞がった。ザイラスは何故だか動きを止め、誇らしげに剣を空へとかがけている。
「ラグナ!大丈夫か!?」
「イノウエ カエデ。お前の力は借りん。ザイラスとやらは僕一人で倒す」
「自意識過剰男!意地張ってる場合じゃないわ!」
「カリサ…その呼び方は辞めろ。僕はドラゴンだって一人で殺ったんだぞ?あんな奴は…」
ラグナがザイラスの方に視線を向けると、再び地面に剣が刺されていた。地面が細かく揺れ始め、会場内の温度は急激に上がっていく。
「やべぇッス!観客席の方へ走るッス!」
次の瞬間、火山の噴火のように地面から大量の溶岩が噴出された。高温で熱された石は上空に打ち上げられた後、隕石のように会場へと振り注がれる。
「あんなの…どうやって倒せっていうのよ!」
観客席の上段を目指し避難しながらカリサが叫ぶ。中段まで差し掛かったところでエイタンが神器を起動させた。
エイタンが所有する神器 クリセイオーは別名 精霊の剣と呼ばれ、その名の通り精霊を操る能力を宿している。精霊の種類は火、水、風の三属性。彼女はそれら全てを同時に使うことができる。
―水の精霊 リヴァイアサン
エイタンの力により可視化された精霊は、イルカの姿を有し全身から多量の水を放出し始めた。
「このままじゃ街へも被害が…時間を稼ぐっすけど…長くは持たないっすね…」
「エイタン。私のべガルダで周りの熱風を吹き飛ばすから、なんとか耐えて!」
水により急激に冷却された溶岩は動きを止めるが、その上を乗り越えるように新たな溶岩が押し寄せる。
「やはり、本体のあいつをどうにかしないと…」
「僕の絶対貫通なら仕留められる。奴の間合いに入れさえすれば…」
「ラグナ。俺が援護する!」
「ふざけるな。誰がお前みたいな奴を…」
ラグナは楓を睨みつけるも、以前自分が体験した未知の能力を思い起こした。
「まぁいい。アレを使えるんだな?」
「わかんないけど…やるしかねぇだろ」
「ああ。やれ!」
楓とラグナが作戦を立てる間に、ミドラ達はその場からの避難を始める。その直後、先頭を走るエトの胸部が薄い炎で貫かれた。
「ザイラス…貴様…何をやっている!」
「ニンゲン…コロス」
「チーフ!ムダです…あいつは言うことをきくような生き物じゃ…」
「くそっ!」
ヴモォァアオオオオ!
ザイラスが再び炎帝剣の切っ先に薄い炎を纏わせ、今度はミドラへと振り下ろす。間一髪、ハーリィを反対方向へ投げ飛ばし躱したものの、その余波は凄まじくミドラの皮膚は焼けただれ、髪も燃え始めた。
「ぐわあああ」
転がりまわるミドラに狙いを定め、ザイラスは刀身に炎を纏わせる。
だが、迫りくる二つの気配を捉え視線をミドラからそちらへ移した。
「気づかれた!カエデ!」
「わかってる!」
ザイラスが標的を変え、炎を飛ばす。
「くっ、エアブレイク!」
楓はラグナの前に立ち、襲いかかる炎を真っ二つに断ち切ると、そのまま前進する。
「熱っ!おい!何故無効化しない!?」
(しないんじゃなくて出来ないの!)
ラグナの愚痴を背に進み続ける。
ヴモォオオオオ
「なんだ!?」
ザイラスは盾を地面に突き刺すと、炎を纏った骸骨達が続々と地中から姿を現し、骸骨達は先頭を走る楓へと襲いかかる。
「ラグナ!!」
「任せろ」
迫りくる骸骨達をラグナが風で吹き飛ばす。残りは楓がエアブレイクを放ち散らしていく。
「まだか!?」
「トライデントの射程まで…あと50メートルってとこだ」
「わかった!…っつ」
ザイラスに近づくほど体感温度は跳ね上がり、呼吸も苦しくなってくる。汗は吹き出し熱中症のような症状にも襲われ始めた。
「カエデ!しっかりしろ!あと少し」
「気にすんな!俺を信じとけ」
骸骨達を斬り伏せ、ザイラスの方へと直進し続ける
「ここだ!」
ついにトライデントの射程まで到達し、ラグナによる絶対貫通がザイラスへ撃ち込まれた。
「嘘だろ…俺のトライデントが効いてない…?」
だがドラゴンをも貫く目視不能の風は、ザイラスの巨大な盾によって簡単に防がれた。絶対貫通な筈のトライデントの風が直撃したにも関わらず、ザイラスの盾には傷一つ無い。
「嘘だ…そんなはず…」
「ラグナ!まだだ。諦めんな!」
「くそっ!わかってんだよ」
ラグナは楓の言葉で意識を取り戻し、再びトライデントに力を注ぎ込む。今度は以前、楓と手合わせした時のように目視不能の利点を捨てた、最大威力の風を放つ。しかし、再び盾によって防がれてしまう。
「駄目だ…あの盾が邪魔すぎる」
「だけどこれ以上は近づけないぞ。あいつの周りは骸骨が多すぎるし、なにより熱い…!」
突然、ザイラスのロングソードが溶け始め、真っ赤に染まった剣先が地面へドロドロと滴り落ちた。
「今度はなんだ!?」
―ありゃー不味いな。カエデ、今すぐ加護を使え
「使えったって…」
―炎嗟ノ剣海
地面へと滴り落ちた剣先は、徐々に地面に広がり、無数の針に姿を変え宙を漂い始めた。落ちた針は容易く地面を溶かし、超高温を思わせる
そしてザイラスが指を突き出すと、針は意思を持っているかのように楓とラグナの方へ一斉に飛び始めた。
「あれは…捌ききれんな」
「このままじゃ…」
―カエデ。手の届く範囲の人間は守るんだろ?
(そうだ…俺の誓い。守るんだラグナを)
楓の想いに呼応するように、右手の甲から赤い光が噴き出した。光は収束した後、鳥のような姿に形を変える。鳥はこちらに頭を下げると、飛び立つでもなく地面へと消えていった。
―そう‐それが勇者ノ盾だ
「勇者ノ盾…か。趣味の悪い名前だな」
―うるせぇ。んなことはいいから集中しろ。来るぞ
「くそっ!」
ラグナが楓と自身の周囲に風を纏わせるも、針は容赦なく風を貫通する。しかし、両者の身体へ当たる手前で、針は赤い霧となり散っていった。
「これは…」
「待たせたなラグナ。ここからが本番だ」
針だけに留まらず、周りにいる骸骨達も赤い霧となり消えていく。その異様な光景は味方のラグナですら畏怖を覚える
ユ゙、ユ゙ヴジャー!
ザイラスが雄叫びを上げる。楓とラグナも表情を引き締め、再び前進する。骸骨も炎も自動的に霧散していき、今までのように神器を振るう必要すら無い。
「なんだ?熱さも感じなくなってるぞ…」
―油断すんな。勇者ノ盾は…
ザイラスが剣を上空に掲げると、周囲を黒い炎が覆い始めた。
―不味い!ありゃ地獄ノ炎だ。対抗策に出やがったな
「なんだ地獄ノ炎って?突っ込んで大丈夫か!?」
―大丈夫だとは思うが、覚悟しとけ。ありゃ辛いぞ
「カエデなにをブツブツ言ってんだ!集中しろ!」
「ああ!」
楓が先陣を切り黒い炎を突き進む。地獄ノ炎も、今までの炎や骸骨と同じように霧散していく。
「っツ!」
地獄ノ炎を突き抜けた途端、楓は頭に激しい痛みを覚えた。脳内に情報を一気に詰め込まれたような、圧迫感に襲われる。
―
(やべぇ…頭が痛すぎて何も聞こえない…)
しかし、楓は歯を食いしばり意識を留めた。
「ラグナぁあああ!」
「…ああ。よくやったイノウエ カエデ」
盾が巨大とはいえ、身体を全て隠せる程ではない。トライデントに力を注ぎ込み、絶対貫通の風を込めた無数の突きを放つ。
ブモォオオオオ
間合いに入られたザイラスは連打を防ぎ切ることが出来ず、胴体部分に複数の穴が開通された。苦痛の叫びが会場内へ響き渡る
「あいつら…ザイラスに傷を!?」
「チーフ!」
「ハーリィ。生きていたか…ここを離れよう」
ラグナはザイラスにとどめを刺すため、トライデントに力を注ぎ込む。だが、数分前にまでヴィクトリアの二人と戦闘していたのもあって、余力はそこまで残っていない。
「くそっ!もう少しなのに…熱っ!?」
「悪い…限界…だ…」
突然、熱風がラグナ達を襲う。楓が頭痛に耐えきれなくなり、無効化能力を解いてしまった為だ。
「おい!カエデ、しっかりしろ!」
このままでは二人とも燃え尽きてしまうとみて、ラグナは楓を担ぎその場からの撤退を試みる。だが、ザイラスは体勢を既に整えおり、楓達に向け剣を振り上げていた。
しかし、腕を振り下ろそうとしたその時、頭上から巨大な鉄の塊が落下し、ザイラスの頭部へ直撃した。
鉄塊はその後、特大な炎を上空へ放ち、周辺の空気を押し退けるよう衝撃波が広がった。
「…今のはいったい」
煙の中からこちらへ歩いてくる人影が一つ…
「免許は所持していますが、私はペーパーなものでして…皆さんご無事でしたか?」
姿を現したのはラグナも見知った女性だった。
「あんたは確か…グレア・モルペンデル…」
グレアは満面の笑みを浮かべたまま、ラグナと楓の状態を注意深く観察する。そして大事に至らないと見るや、二人に背を向け煙の中から這い出るザイラスを見据えた。
「炎帝…ザイラスですか。懐かしいですね。ラグナさんカエデさん。後は私にお任せ……あ…!」
自信満々な態度から一変、グレアの身体は小刻みに震えだし、顔は生気が失われたように白くなっていった。ラグナもその様子から彼女の異常を感じった。
「おい!どうした!大丈夫なのか!?」
「いや、その…ミア様が…後部座席に…」




