ep.34 ムードメーカー
山を越えるため、森の中を何日も何日も…どれほど歩いただろうか。
「今日の夜営は―アレスとアンディだな」
「ああ」
既にこの仲間達との旅も、アレスと呼ばれる事にも慣れてしまった。夜営は毎日二人ずつ。初めは一人の方が効率がいいのでは?と疑問を持ったが、眠気に勝てなくなる可能性があるので危険だ。これはレトに教えてもらった。
今不安なのは明日の食料の事だけだ。先程食べた分で用意は尽きてしまった。皆、山で採れる野草や樹の実などの知識はないので、狩りをするしか無いのだが、余計に動き回って体力が尽きないかも心配だ。
—夜三人は眠りにつき、楓とアンディは火の番をしている
「なぁアンディ…神殿についたら何食べたい?」
「食事の事は考えるな。余計に腹が減るだけだ」
「悪い…」
アンディは相変わらず真面目で堅苦しい。他の面々とはある程度打ち解けたと思うが、彼とはノリが合わないようだ。
「アレス。お前はどうして闘技大会に出た?」
「さぁ…」
分からない。皆のことは分かり始めて来たのに自分の事は–アレスについてはわからないことばかり–
「アンディこそ、家柄を捨ててまで旅に出るなんて、余程の理由があったんじゃないか?」
「私はただ…領地内の民だけでは無く、もっと多くの人間を救いたいと思っただけだ」
アンディの言葉を聞き、楓の脳裏に自身の誓いが呼び起こされる
—俺の手の届く範囲の人間は—
アンディの思想は楓とは真逆だった。しかし、否定するつもりもなければ、彼の人間性に尊敬の念すら抱いていた。
「笑えばいい。私は私の道を行くだけだ」
「笑わないさ。でも世界を救った後はどうすんだ?帰る場所とか」
「傭兵団設立の為に人材集めでもするかな。力無き平民達を救うような、強国とも戦える屈強な軍隊を作りたい」
「すげぇな。そこまで考えてるなんて」
楓はアンディの生き様に感心した。それに比べて自分は。いや、今は自分ですらない。アレスか—
「アレス、君の強さは我々と違い一級品だ。グレアは対抗心を燃やしているが、何回やっても、いや、私達が束になったとしても君には敵わないだろうな」
「そうか…」
「だが、力だけじゃ駄目だ。信念を。君には正しい道を歩んで欲しい」
「ああ。ちと説教くさいが素直に受け取っておくよ」
それから沈黙の時間が続く。火を眺めていると吸い込まれそうだ—
その最中、木の枝を折る気配が耳を掠めた
「…今の音は?」
「私が見に行こう」
「いや、俺が行くよ。座ってたら寝てしまいそうだ」
そうして森の奥、音のした方向へ歩を進めると
二足歩行の邪種–、この世界では魔族呼ばれている。
化け物達と遭遇した。
「やっぱり魔族か」
剣を抜くとそれらの首を難なく飛ばす。やはり敵を前にすると、身体が勝手に動いてしまうようだ。
アレスの事はわからない。だが、アンディの言う通り、とてつもなく強いということだけはわかっていた。
「俺は…いや、アレス…お前は一体」
—どんな人生を歩んできたんだ
〜
いよいよ食料も底をつき、疲労もピーク。皆、既に限界といった様子だ。それなのに—
「おい!あのキノコ食べれるんじゃないか!?」
「ほんとか!?ゲッやばい色してるじゃねーか!」
「うふふ。私は遠慮しておきますね」
レトはずっとあの調子で常に明るい。それを煩わしく思う時もあるが、皆が諦めずに歩き続けられているのは間違いなく彼のお陰だろう。
「アレスー!一緒にキノコ食べてみないか?」
「いや…今兎を仕留めたから皆で分けよう」
「ええ!?すげー!ご馳走だ!流石はアレス様!」
兎一匹を五人で分けても腹の足しにもならないだろう。せめて保存食の知識がある人間がいれば…ないものねだりをしても仕方が無いので、素直に兎を丸焼きにする。
「そういやここ数日、魔族と遭遇してないような」
「私が思うに神殿が近いのかもしれないな」
「確かに!僕はアンディの予想に賭ける!」
「オレは飯が食えりゃなんだっていいよもう…」
途中の町で食糧の補給が満足に出来なかったのは、グレアが飯屋で暴飲暴食をしてしまい、資金が底をつきてしまったからだ。準備した食糧の半分も、彼女の胃袋へと消え去った。
「グレアは食い過ぎなんだよ…はぁ。魔族も食べられたらいいのにな。あいつら殺すとすぐ消えるから…」
「いや、アレス。流石にその発想はやばい」
「うふふ。人間が魔族を食べるって皮肉が効いてて面白いですね」
こんなやり取りが出来るのもレトのお陰。正直、彼が居なければ、話そうとは思えない程疲れている。
「今日の夜営はアレスと僕か…夜は特に腹減るから嫌だなぁ」
「いいから今のうちに寝とけって」
これから夜営に備えて二人で仮眠をとる
「…なぁ、アレス」
「なんだ?」
「いや…やっぱいいや。おやすみ」
レトが何か言いかけて止めた。聞き返さなかったのは、多分その理由に気付いていたからだ。
そして夜営の時間。レトと二人で火の番をした。
「なぁアレス」
「ん?」
「ゾンビって知ってるか?」
「まぁ、この森でもたまに出るからな。この前も何体か斬ったし」
「人間を食べるんだぜ?それに噛まれたら仲間になっちまうとか。魔族って理不尽すぎるだろ!」
「そうだな」
「噛まれちまったよ」
「…」
何となく気づいてはいた。この頃、レトが無理して明るく振る舞っていたから。
「小さな女の子の姿をしていてさぁ。あんなの卑怯ってもんだろ」
「そうだな」
「なぁ、アレス」
―やめろ。聞きたくない。
「僕を人間のまま殺してくれないか?」
「…」
―神殿に着きさえすれば
今から走れば
気づいてたんだ。もう間に合わないって事は
「お前にしか頼めない。皆には見られたくない」
―やめろ!そんな事出来るわけ
「ああ。わかった」
口が勝手に動いた。受け入れられる筈など無いのに
次は身体が勝手に動き出し、剣を抜き始める。
―やめろやめろやめろやめろ
「―アレス。お前は世界を救ってくれよな」
手に残った感触は、魔族を斬った時となんら変わらない
あっけないものだった。
朝、レトについては誰も言及しない。彼を埋葬した場所も伝えていない。一言も発することなく神殿を目指し歩き始めた。




