ep.32 代償
手合わせの場を解散した後、カリサは楓を家まで担ぎ、部屋のベッドで寝かせた。
その1時間後、再び楓の家にエイタンが訪れた。ラグナの方はホテルのベッドでふて寝しているらしい。
カリサは不馴れながらコーヒーを二人分用意し、客人に自分なりのおもてなしをする。エイタンに敵意などは見られず、落ち着いた様子でカリサの話に耳を傾けていた。
「—なるほどッス。カリサ先輩的にグレアって人はアタシらの敵では無いと」
「ええ。ボスの事も知ってそうだったし。個人的に監視はしていたわ」
「そうっスねー…アタシは良いと思いますけど。まー上の判断次第ッス!」
組織に対する裏切りと判断されても仕方のない事だ。それでもあの場で打ち明けたのは、カリサなりのグレア達への恩返しといったところか。
「グレアさんのこと、ボスはなんて?」
「いやいや、アタシらもボスとは簡単に話せないっスよ!今、フェン隊長に頑張ってもらってるッス!」
「そう…フェン隊長が」
五番隊隊長フェン・イーゲルト その実力は言うまでもないが、規律に厳しい人物でボスからの信頼は特に厚い。彼の性格であれば今回の事を黙認しないだろうと、カリサは憂慮していた。
「それよりアタシはカエデさんが気になるっスよ!なんスかアレ!カリサ先輩が教えたんスか!?」
椅子から身体を乗り出し、目を輝かせるエイタン。アレとはトライデントを無効化させた、楓の未知の能力についてだろう。
「まさか。私も知らないわよ。なんなのアレ…」
神器を無効化する能力。邪種に対してどのように作用するかまではわからないが、神器の適正者に対する抑止力としては充分過ぎる力だ。アレが知られれば、どの国も喉から手が出るほど欲しがり、争いも起こりかねない。
「そうっスか…じゃあ本人に聞くべしッスね!!」
「ちょっ!待ちなさい!」
リビングを飛び出したエイタンは楓の部屋を目指し、階段を駆け上がる。勿論、本気では無いものの、その速度は凄まじく、カリサは引き止めるのを諦め溜息をついた。
「カエデさーん起きるッス!さぁさぁ!」
エイタンは寝ている楓の身体を容赦なく揺さぶふ。
しかし、彼の意識は戻らない
「え、大丈夫っスか!?寝たら死ぬッスよ」
「いやいや、雪山じゃないんだから…」
「あ、カリサ先輩!カエデさんやばいっスよ!」
「ラグナと戦って疲れてるのよ。寝かせてあげて」
エイタンでは無いが、彼が起きたら聞きたいことはカリサの方にも山程あった。それと今後の自分についての課題が脳裏に浮かび、再び深く息を吐いた。
〜
帰宅したグレアは即座に自分が見た一部始終を主へと共有する。かなり衝撃的な内容ではあったが、ミアはというと眉一つ動かさず窓の外を眺めていた。
「そうか。カエデが私の能力を」
「はい。間違いありません」
―勇者の盾
指定した範囲を天界と繋げ、この世のあらゆる法則を無視し、物体も概念すらも作り変えてしまう最強の防御
「ミア様。あれは…あの力はミア様と同じ女神の加護で間違いないかと」
当然、そのような力を代償もなく行使できる筈は
否、出来るとすれば—
「…それで、カエデは無事なのか?」
「彼の身体に異常は見られませんでした」
「ならばよい」
「ミア様!」
グレアが珍しく声を荒げた。その表情だけでも彼女の必死さが伝わってくる
「グレア。君が何を考えているのかは理解しているつもりだ」
その一言でグレアは息を詰まらせた。自分があの少年に対して、どのような感情を抱いているか、既に見透かされていたと察して
「私を想っての事だろうが、それは望んでいない。理解してくれるだろうか?」
「…はい。申し訳ありませんでした」
ミアはそのしおらしい態度を見て小さく頷くと、コーヒーを一口啜った。しかしグレアの顔色に変化は見られないので優しく声を掛ける。
「疲れただろう?少し休んでくるといい」
「私の事はお気になさらず。それとアンディについてですが…」
「彼か…」
オーフィス騎士団を設立し、現在は組織のトップに君臨する人物。今回の件が彼に伝わるのは時間の問題だ
「ミア様がお目覚めになった事をアンディが知れば…一応私に目が向くようには仕向けました」
「グレアであっても彼は一筋縄では行かないだろう。何かあれば私が…」
「それはいけません!ミア様の平穏な日常は私が守らせて頂きます」
「わかった。君を信じよう」
「ありがとうございます。ではこの辺りで失礼します」
「ああ」
グレアは着替えの為に部屋を後にする。当然、事前に身なりは整えていたが、帰宅したままの姿で家事を行うには抵抗があった。
一人部屋に残るミアは窓の外を眺めた。
その目に映る光景は外の景色では無く遠い日の思い出
—勇者の盾か…
「皮肉なものだな」




