ep.31 一件落着
槍を掴んだまま、楓は辺りを見渡し始める。勿論、ラグナは精一杯押し引きを繰り返し抵抗してはいるが、その握力を振りほどく事は出来ない。
「…どうやら前回とは違って魔族は居ねぇみたいだな。ふむ」
「何ぶつぶつ言ってやがる!離せ」
「おっと。悪かったな」
楓が素直に槍を手放すと、弾かれるようにラグナは距離を取った。だがその表情からは完全に戦意が削がれている。自分の誇りを砕かれ、矜持を捨てた不意打ちをも敢え無く見抜かれたのだ。
「てめぇは…人間だな。顔色悪いけど大丈夫か?」
「はぁ?」
「何か困った事はねぇか?魔族とか女神とか」
「…」
また気遣われた…?ロイヤルの中でも天才と呼ばれ、名声を欲しいままにして来た自分が侮られている?組織どころか国の聖隊にすら属してない相手に‐
「…お前は…殺す!」
「よくわからんが、まぁ頑張ってくれ。用がないなら俺様は戻るまで寝とくわ」
「は?」
ラグナの殺気などまるで意に返さず、楓は地面に横たわった。何が裏がありそうな訳でも無い。完全に隙だらけだ。
「イノウエ カエデ!なんのつもりだ!」
「あん?…これの名前か。今の身体で出来る事は無さそうだから寝んだよ。放っといてくれ」
(天才の僕を…トライデントを持つ僕を前にして寝るだって?あり得ない…)
「スー…スー」
「お前えええ!」
ラグナの闘志に再び火が灯された。
トライデントが起動し風を‐
「止まりなさい」
突如としてかけられた声。カリサでもエイタンのものでも無い。ラグナが視線を声の方へと向けると、見知らぬ黒髪の女性が居た。
(誰だこの女は…僕がここまで接近されて気づけなかっただと!?)
勿論、動揺していたせいもあるだろうが、五メートル以内まで接近されて察知できないなど、あり得ない事だった。
(グレアさん!?どうしてここに…)
ラグナを止めるべく駆け出すカリサは驚きのあまり足を止めてしまった。
「カエデさんは私が引き取ります。武器を納めて頂けますか?」
(この女はこいつの知り合い?目的はなんだ?)
「ラグナ先輩〜!助太刀するっス!」
空中から跳んできたエイタンの両足が地面へと突き刺さる。余程焦って来たのか、普段背にしている大剣は既に両の手に握られていた。臨戦態勢だ
「エイタン…」
「あの女…ガチやべーっスよ。恐らくボス並みかもッスね!」
「ああ。わかっている!」
目の前の人物に対抗すべく、ラグナとエイタンは互いに神器の起動を始める。ボス並みは考え過ぎかも知れないが、相手の力量は未知数。
「…戦闘許可を頂いているので私は構いませんが、お二人は死にたいのですか?」
―特に何かをされた訳でも、相手が何かをした訳でもない。だが、二人は戦慄を覚えた。目の前の人物から感じ取られる強大な存在感。理由はわからないが本能に訴えかける何かがあった。
「アンタ!ヴィクトリアの関係者っスか!?だとしたら逃がすわけには行かねぇっス!何者っスか?」
「その質問にはお答え出来ません」
「じゃあ…」
「ですが一言だけ伝言をお願いします」
「伝言?」
「グレアは生きていると、貴方達の上司、いえ。アンディに伝えておいて貰えますか?」
「…何故その名を」
「調子に乗るなも追加で」
組織のボスの名がグレアの口から出された事に二人は動揺する。それでもヴィクトリアに関わる人物の可能性があるなら無視することは出来ない
「ちょっと待った!」
「カリサ先輩!加勢ッスね」
「出来損ないは邪魔だ。離れてろ」
「その人は敵じゃないわ。私が保証する」
「カリサ!この女を知っているのか!?」
カリサがグレアの方を見ると、彼女が小さく頷いたのでそれを了承と見做す。
「実は…私が遭遇したヴィクトリアの連中は逃げたんじゃなくて、この人が始末したのよ」
「それが本当だとしても、お前は組織に嘘をついていた事になる」
「カリサ先輩!そいつは流石にやべぇッスよ…」
「彼女を責めるのは辞めてください。私がお願いしたことです」
「それを信じろって言うんスか?」
「ええ。それとも死にたいのですか?」
『さっきからそれ遠回しに殺すって言ってるよね?』
口に出さずともロイヤル一行の意思はシンクロした。丁寧で品のある態度を保ってはいるが、グレアの本質はかなり物騒だ。
とりあえずは楓の事はカリサに任せ、グレアは帰宅、副隊長の二人もその場を後にした。




