ep.30 再臨
「カリサ先輩…なんスかアレ…」
「わからないわ。あんなの私も見たこと…」
〜
『 ‐ス。‐ーい』
‐誰かに呼ばれている?
楓の頭の中に聞き覚えのない謎の声が響き渡る。何を言っているのか、誰の声なのかは全くわからない。
―未知の力を前にラグナは動揺を隠せなかった
「お前…なんだその能力は!」
敵を確実に貫く目視不能の風。それが破られたのだから感情を吐き出さずには居られない。お遊びの手合わせであったとしても、絶対の誇りを持つ技が防がれたのだ。それは決して許されない事だった。
「声が…誰の声だ?」
しかし、ラグナの問いかけは楓には届いていない。視線もこちらへと向いておらず、ブツブツと何やら独り言を呟いている様子だ。
ラグナは再びトライデントを構えるも、技を放つの事を躊躇してしまう。もう一度破られてしまったら、自分の誇りは…
「くそがぁっ!」
そんな疑念を振り払い、神器に力を流し込む。命まで奪うつもりは無かったが、そうも言ってられない。自分の矜持を賭けて次こそは‐
「不味いっすね…殺す気っスよ。アレ」
ラグナの殺気を感じ取り、エイタンは背の大剣に手を掛け防御の準備に入った。
「言ってる場合じゃ…エイタン!アイツを止めて」
「いや〜…この距離じゃ、流石に無理ッス。てかアタシらも避難した方が…」
同じ副隊長クラスであっても、エイタンはラグナと本気で戦ったことなど一度も無い。組織の仲間でも無い、ただの部外者の為に命まで賭ける筋合いは微塵も無いのだ。
エイタンやカリサが感じ取ったように、ラグナが放つ殺気、そして神器に込められたエネルギーは、既に人間相手に向けられる力では無かった。
「死ねや!」
規模も破壊力も桁違いの一撃。普段の暗殺に使われるものとは違い、暴風が周囲に吹き荒れ大地を削る。既に目視不能という利点は捨て去っており、威力のみの敵を屠る事に特化させた風。それを楓へと容赦なく放つ。
しかし‐
「なんだよあれ…なんなんだよ!」
放たれた暴風は再び赤く色をつけられ、目標に届く間もなく霧散していく。まるでそよ風のように呆気なく。
「っ!やべっ!こんな事してる場合じゃない」
ラグナの叫びが聞こえた訳ではなく、風による周囲への轟音で楓は我に返った。先程の事は一旦頭の隅へと移動させ、冷静に分析を始める。
(とにかくラグナに距離を取られたら不味い…目視不能の攻撃が来る前に接近しないと)
接近さえ出来れば、相手の矛先の軌道を逸らすことは可能な筈。楓は脚に力を込め即座に前進する。
「うわぁあ!来るなあああああ!」
「なっ!」
楓に接近されるのを拒絶し、長槍を滅茶苦茶に振るうラグナの挙動に楓は困惑する。だが、相手の動きは単調になった。
「ここだ!」
楓がグレイドを振るう。まだ自身の間合いまでは詰め切れてはいないが、相手の動きを止める牽制の為の一刀。
「くそくそくそくそ」
ラグナは身体の周囲に風を纏い始めた。トライデントは攻防一体、槍にもなれば盾にもなる。だが、風は赤く色を染め散って逝くだけ‐何故だか楓の前では能力が全く機能しない。
「なんだってんだよ…」
これまで絶対の信頼を誇っていた風が、悉く散らされていく。もうラグナには呆然と佇むことしか出来なかった。防御を取ることも出来ず、頭上へグレイドが振るわれ‐
「…どうした?」
戦いの最中、構えを解いたラグナに気づき、楓はグレイドを直前で止めた。何が起こったのかはわからないが、相手に戦意が無くなったのであれば、これ以上やっても意味が無い。
しかし、我に返ったラグナはそうでは無かった。格下である筈の相手に手心を加えられて、彼が黙っていられる筈もなく
「バカがッ!」
自身に突きつけられたグレイドをはじき飛ばした‐
「ラグナ!もう終わりだ…!」
「うるせぇ!」
至近距離から風を飛ばす。だが結果は変わらない
(神器を引き離したのに能力が消えないだと!?)
「なら直接…!」
トライデントを楓の胸の中心へ‐能力の風では無く本体の矛であれば問題無く仕留められるはず‐
溢れ出した涙で視界は霞んでいるものの、矛先から手に伝わる重さで相手を殺した実感を得た。
「ん…なんだ?」
―確かに手応えはあった。だが、突き刺した筈の…槍を引くことができない。涙を振り払い、恐る恐る矛先を見てみると‐
「俺のトライデントを素手で…」
矛先は胸を貫く前に止められていた。それもコインでもキャッチしたかのように軽々と
「おいおい。出てきて早々に物騒なもん突きつけやがって。つーか誰だ?てめぇは」
〜
『‐ス』
またあの声だ‐
『おーい!』
目の前が真っ暗だ。また戦いの途中で寝たのか俺は
『アレスってば』
アレス?…なんだよアレスって
確かあの変な夢でも…
「起きろ!!」
「うわっ!」
楓が勢いよく身体を起こすと、辺り一面には草原が広がっていた。空は青く澄み渡り、強い日差しが木々を照らしている。木陰から一歩でも出てしまえば、暑さで身が焦げてしまいそうだ。
(ここは…何処だ?)
現実世界では今は冬の筈。それに目の前に見える今の景色も、全く記憶にないものだった。
それに‐
「寝ぼけてんのか?いくら腕っぷしに自信があるからって、流石に外で寝るのは危ないと思うぞ」
先程から話しかけて来る見知らぬ青年。赤色の髪をしており、顔には湿布のような物がいくつも張り付けられている。その優しい顔付きには似合わず、プロ野球選手のようなガッチリとした体格だ。
「誰…?」
「はぁ!?…ったくよぉ。準決勝で戦った相手を忘れるかよ普通。我ながらいい試合したと思ったんだけどな。ショックだぜ…」
準決勝?なんの話だ…
頭を抱える赤髪の青年…やはり見覚えのない人物だ。何故話しかけてくるのか。
何故俺の事をアレスと‐
「僕の名前はレト・オリバーだ。次忘れたらぶっ飛ばすからな。ま、お前にはまだ勝てないけどよ」
「レト…オリバーダ?」
「ちげぇよ!オリバー! オ・リ・バー!」
「ああ…ごめん」
—初対面の青年に、身に覚えの無い情報。そして見知らぬ場所。
「行こうぜアレス!皆、酒場で待ってんだ」
―それから謎のアレス呼ばわり
楓は再び不思議な夢の中へと迷い込んでしまった




