ep.29 予兆
グレアとミアは自宅にて特に会話をすることも無く、食後のコーヒーを嗜んでいた。しかし、話題は突然やってくる。
「これは…」
「…カエデが力を使うのは久しいな。相手はカリサでは無いようだが」
二人の肌に感じ取られた力の波動。その大きさ、規模を察するに、少し離れた場所で戦闘が行われている事は明白だった。それも普段の訓練とは違う様子なので、当然このまま放って置くわけにもいかない。
「私が行ってまいります」
ミアは手に持つカップを静かに置くと、グレアへと視線を合わせた。そして彼女の眼差しから強い意志を感じ取り、小さく頷く。
「ああ。行ってきなさい」
「はい。何か御座いましたらすぐに戻ります」
そうして立ち上がったグレアは主に頭を下げ、外出の準備にとりかかる。すると部屋を退室する直前、ミアから声がかかった。
「グレア。今回の相手は油断ならないようだ。あちらの出方によっては…君に戦闘の許可を出そう」
「ありがとうございます」
窓の外を眺めながらこちらへと指令を出す主に、もう一度頭を下げグレアは家を後にした。
〜
「ゲゲッ!なんスかアレ!ラグナ先輩のパンチめっちゃ避けまくってる!?」
エイタンは目の前の光景を、信じられないと行った様子で指を差しながら、大袈裟な身振り手振りでカリサへと訴えかけていた。
「カエデの神器、グレイドはまだ謎が多いけど…身体能力への力の還元率だけは桁違いなのよ」
「なるほどっス。でもアレって神器の力なんスかね〜?」
(流石は副隊長クラス…鋭いわね)
エイタンの指摘にカリサは感心する。実のところグレイドの事は謎が多いどころか、何一つ分かっていない。というのも楓はなんらかの能力で無理矢理アレを起動させているだけの状態なのだ。
(まだ試したことは無いけど、恐らくカエデは適性関係なく、全ての神器を起動させる事が出来る)
楓が特異体質である事は森での戦いと、訓練での姿を見て確信を得た。グレイド以外の実験をしていないのは、一つ懸念点があったからだ。
〜
「オラッ!避けてるだけじゃ勝てねぇぞ!」
まるで嵐のような連撃の最中でも、ラグナは相手に声をかける余裕がある。それに比べ楓の方は防戦一方で瞬きすら許されない状況だった。
しかし、相手が息を吸う一瞬…針に穴を通すようなタイミングで神器を振るった。それはこの戦いで初めての楓からの反撃だった。
ラグナはそれを簡単に躱すと、そのまま後方へ下がり距離を取る。
「お前、意外とやるじゃねぇか」
(こいつは…化け物だ)
まだ一分しか経過していないにも関わらず、楓の方は既に肩で息をしており、大粒の汗を流していた。だが、ラグナはというと‐
「じゃあ、もう少しペース上げてくぜ」
「なっ…」
ラグナの駆ける速度が先程より格段に上がった。最早避ける余裕がなく、楓は神器で身体を隠し、真正面から相手の拳を受け止めた。
その衝撃は予想を遥かに凌駕し、宙へと身体が投げ出された。それでも神器を手放さなかったのはカリサと日頃の修行の賜物だろう。
満足に状況を把握する間もなく、地面を蹴る砂の音で追撃が来るのを察知した。
(こうなったら…グレイドのパワーを上げるしかない!)
久しぶりの神器を使用した実戦。普段の訓練でも制御出来る出力は3割程度だ。しかし、敵の実力から出し惜しみをしている余裕は無い。
「喰らえ!」
体勢を立て直す時間を稼ぐためにも、追撃が来る前に牽制の一撃を入れる。楓がありったけの力を注ぎ込むと、グレイドの刀身は赤い光に包まれ、振るわれた一撃は大地を容易く両断した。
「…居ない!?」
しかし、そこにはラグナの姿は無かった。相手の姿を見失う‐それは戦闘中に合ってはならない初歩的なミスだ。慌てて辺りを見渡すと、左手の方向10メートル程の場所にその姿を確認した。特に攻撃をしてくる気配は無い。
(…あの破壊力はなんだ?)
ラグナは先程の楓を見て警戒していた。彼はその態度とは裏腹に戦闘に関してはいつも冷静。相手の実力を軽んじることは無い。
「お前…手を抜いていたのか?」
「別にそうゆう訳じゃ…」
とは言っても、完全には反論することが出来ない。制御出来る範囲でというなら全力だが、出力を上げることはまだまだ可能なのだ。
「生意気だな。少し見せてやるか」
ラグナが拳から神器を外し始める。その様子からこれから何が起こるか、無知の楓にすら容易に想像がつく。
〜
その予想はカリサ達も同じだった。
「あのバカ…まさか純正を使うつもりじゃ…」
「あちゃ~。しっかし、カエデさんも容赦ないっス。一歩間違えば相手を殺してまスからね」
先程の攻撃力には目を見張る物があった。だが、ラグナの実力であれば、複製神器のままでも対応は可能の筈。恐らくただの見せたがりだろうと、観戦者の二人は理解していた。
「はぁ。アイツの自意識過剰ぶりは健在ね」
「そうっスね〜。すぐに出すならアタシみたいにいつも背負ってた方が楽なんスけどね。ラグナ先輩の無駄遣いには、組織の皆も嘆いてるッス…」
〜
「なんだアレ…なんでも有りか」
ラグナが指にはめている宝石を砕くと、突如‐無の空間から長槍が形成され始めた。
槍の先端は三又に分かれており、柄から刃まではギラギラと輝く銀色で、中心部分にはエメラルドのような緑の宝石が取り付けられている。
「こいつが僕のトライデントだ」
ラグナは長槍を楓の方へ突き出すと、不敵な笑みを浮かべながら神器の起動を始めた。だが、先程のグラムドを起動させた時とは違い、やけに静かだ。
「なんだ…?何も感じない」
「トライデントは暗殺特化の神器…その能力は」
楓が後ろを振り向くと
「…穴?」
地面が丸く抉りとられている。何処まで続いているか確認出来ない程深くまで‐
「目視不能の絶対貫通」
「はぁ!?」
その理不尽すぎる情報に楓は耳を疑う。
実のところ、トライデントはカリサが持つべガルダと同系統の風を操作する神器で、力量差はあれど刺突か斬撃かの違いでしかない。ラグナという天才が使うことによって、防御不能な貫通力にまで至っている。‐
「お前、まだ何か隠してるだろう?能力を見せろ」
「能力ったって…」
当然、楓にはそんなものは分からない。神器を起動させ制御するので精一杯だ。
「まぁいい。風穴が空くだけだ」
「ちょっ…」
「待ちなさーい!」
ラグナが仕掛ける手前で援軍が来た。カリサだ。
「アンタ…それはやり過ぎよ」
「殺しはしねぇよ。神器に少し穴を開ける程度なら大丈夫だろ」
「それならいいわ」
「ええ!?」
しかし、意外にも冷静なラグナにカリサは納得した様子ですぐに帰っていった。余りにもスムーズな流れに楓は唖然としたままだ。
「なんつーか…あれだが、仕切り直すぞ」
「ああ…そうだな…」
両者が再び距離を取り、呼吸を合わせ始める。
はっきり言って能力と言われてもピンと来ない。
(一応、先祖の形見だ。穴を空けられるわけにはいかないよな。あいつの攻撃を、絶対貫通を防ぐ為には…守る。形見を…)
楓がグレイドを眺めてみると、自身の右手の甲から赤い光が噴き出していることに気づいた。
「…なんだ!?」
すると、赤い光が収束し始め、一羽の鳥の様な形へと姿を変える。鳥はこちらを振り向くと、ペコリと頭を下げたようにも見えた
「ええ!?なんだこの鳥」
だが、鳥は飛び立つこともなく、力無く地面へとぽとりと落ちていきそのまま消え去った。
「なんだったんだ…今のは」
「遅せぇ!」
動揺している楓をよそに、ラグナからの刺突が繰り出される。最悪のタイミングで目視不能の風がグレイドへ放たれ、悲惨な未来を予測し楓は思わず目を閉じてしまった。
「ん…なんだ?」
恐る恐る片目を開き確認をした。グレイドは無事で穴は見当たらない。絶対貫通の筈の刺突の餌食にはなっていなかった。それどころか‐
「…どうなってんだ」
ラグナも同様に困惑する。目視不能の筈の風が真っ赤に染まり、標的に風穴を開けるでもなく楓の周りに散らされていた‐
〜
ようやく現場についたグレアは、少し離れた距離から少年がトライデントを止めた一部始終を目撃していた。
「まさか…そんな事って…」
自身の目を何度も疑う。夢や幻術で無ければ、他に言い訳がつかない。信じたくは無いがあれは‐
「勇者の盾…!?」
少年が発した能力は主の技だった。




