ep.24 お弁当の中身
カリサは違うクラスへ編入された。彼女の評判は非常に良いようで現在まで他の生徒達から引っ張り凧となっており、楓のクラスに顔を出す余裕は無い様子だった。
(なんか…ミアの時とは大違いだな)
と、楓は失礼な感想を抱いたものの、ミアには隠れファンが多いので実際のところ人気はあるのだ。それでも無口で何を考えているのか分からないミアより、明るく素直なカリサの方が接しやすいのは頷ける。
今は昼休み。カリサが隙を見て接触してくるとしたら、食後か放課後のどちらかだろう。神器科の訓練場に忍び込む計画の擦り合せをする為に。
(いやいや、下手すりゃ警察沙汰だぞ。やっぱりお断りしておこう)
しかし、彼女の行動力に抗える自信もなく頭を抱える。
(アイツの暴走をどうやって止めようか)
すると何やら正面に立つ人の気配を感じた。今、自分に用がある人物は悲しくも他に思いつかない。
(ついにカリサが来てしまったか)
恐る恐る顔を上げて確認すると、そこに居たのは意外にもミアだった。普段通りの無表情でこちらを見つめ続けている。
(なんか前にもこんな事があったような…確かあの時は‐)
ミアが転校して来た初日、突然自分の手の甲にキスをした姿が蘇ってくる。まさかあれと同じ事を。楓は両の手を素早く引っ込めた。
「イノウエ カエデ」
「あ、はい。なんでございましょうか」
どうやらあの時のような奇行に出る様子では無さそうだ。それにしても彼女から話しかけて来るのは珍しい事なので、楓も少し面を喰らっていた。
「一緒に食事でもどうだろうか?」
「飯?俺と?」
「ああ。私は君と食事がしたい」
(なぜ…)
ミアの表情からその感情を読み取ることは出来ない。しかし、断る理由もないので受け入れることにした。学校で誰かと昼食を取るのは久しぶりだ。
「ここで構わないだろうか?」
楓は考える。ミアにはファンが多いので、彼等に刺激を与えるのは避けたい。
(教室で一緒に食べるのは‐なんだか誤解される気がする。かといって人気のない所で2人きりになるのは…もっと危険だよな)
「うーん。せっかくだし食堂に行こうぜ」
逆に開けた場であればフラットな関係として周囲から認識されるだろう。我ながら名案だと心の中で自画自賛していた。
ミアの同意を貰い、共に食堂へと歩き出す。クラスメイト達がこちらを見ながらコソコソと話しているが、この際気にしないことにした。
食堂に到着するや、その場にいる全ての生徒達から視線を向けられている気がした。勿論、その視線は自分ではなく隣にいる人物へと向けられている事は理解している。
(まぁ、そうなるよな…)
楓は奇妙な出会い方やおかしな面ばかり見ているので、すっかり感覚が麻痺してしまっているが、ミアは誰から見ても絶世の美少女なのだ。過剰に注目されるのは仕方が無い。
とは言え、昼休みが始まってすぐの時間なので食堂は空いており、壁際のいい席を確保することができた。楓は弁当を持参しているミアを残し、料理の注文をしに向かう。
「お待たせー…ってなんだそりゃ」
楓が料理を受け取り席に戻ると、テーブルにはランチョンマットが敷かれており、その上には弁当箱にフォークとナイフが並べられていた。ミアはというと行儀良くナフキンを首元に掛け、背筋を伸ばした素晴らしい姿勢で待機している。
「すまないが先に用意だけさせてもらった」
「別に謝ることじゃないけど」
(ただの弁当に大袈裟な。やっぱりミアはお嬢様育ちなのかな?)
楓は一般庶民なので実際のお金持ちと接する機会は無いが、自分が持つイメージはまさにこんな感じだった。とりあえず運んできたラーメンをテーブルの上に置き、椅子に腰掛けた。
「じゃあ、いただきまーす…」
楓は割り箸を2つに折り、食事に手を伸ばすも直前で手を止めた。微動だにせず無言でこちらを見つめるミアの視線に気づいたからだ。
「どうした?」
「いや、気にしないでくれ」
ミアが弁当箱を開けると、一面を埋め尽くす茶色い物体が詰まっていた。楓はこの時、ミアは何を食べているのかと生徒達の間で密かな話題になっていたことを思い出す。
『いつも同じものを食べてるよな』
『あれは一体なんなんだ…』
そのオーラに圧倒され、食事中のミアには誰一人近づく事も、話しかけることも出来ずに、美しい所作でナイフとフォークを使い食しているあれは何か。は生徒達の間で謎のままなのだ。
今がチャンスだと言わんばかりに楓が質問をした。
「なぁ。それはなんだ?」
「これか?クリームパンだが?」
楓は思わず耳を疑う。だが、言われてみると確かにパンに見える。ミアが持参した弁当だという先入観のせいで何やら高級そうなものだと認識してしまっていたが、あれは普通にパンだ。
「え…なんで弁当箱にクリームパン一個詰めてきてんの…?」
ミアが顎に手をやり俯き出すと、何かを思い出したかのように顔を上げた。
「そうか。そうであったな。私も最初は君に習おうとしたのだが、手から直接食べるのはどうかとグレアに反対されたのだ」
ここまで来ると育ち等では無く、文化の違いなのだろうか。親のいたずらやウケ狙いでは無く、ミアは当然のようにこのスタイルなのだ。
「じゃあ…そのパンはグレアさんが?」
「いや。これはスーパーという場所で作られてるものらしい。この逸品を手がける料理人にはいずれお目通りを果たしたいものだが。グレアが首を縦に振らなくてな」
「そ、そうか。いつか会えるといいな。その料理人に」
楓の脳裏に工場の機械の前で、クリームパンの製作過程を見せられるミアの姿が浮かぶ。無表情だが何処か悲壮感が滲み出ていた。
(グレアさんは過保護な人なのか…ここまで来ると可哀想に見えてきた)
ナイフとフォークを滑らかに使いクリームパンを食すミアに同情の眼差しを向ける。しかし、目の前の麺が伸びてしまう事を危惧し楓も慌てて食べ進めた。
「そう言えば、なんで俺を誘ってくれたんだ?」
口元をナプキンで拭うミアへと質問をする。楓は早々に食べ終えていたが、食事中に話すことはしないだろうと予想し、ミアが食べ終えるまで待っていた。
「学生というものは一緒に昼食を取ることで、お互いの仲を深めるのだろう?」
「まぁ。間違ってはないけど」
既にミアが転校してきて数ヶ月は経っている。
(もしかしてただの人見知りなのか…?それで多少は面識のある俺を)
無表情で無口なイメージが強いミアだが、普通に会話もするし、クリームパンの事になると口数もかなり増えた。
(住む世界が違うって他の生徒達から距離取られて…今思うとずっと独りぼっちだったよな)
「もし良ければこれからも一緒に食事をしてくれないか?」
「任せろ!俺はお前の友達だ」
こうして楓は自称ミアの友達第一号となった。
彼女が世界最強の存在である事はこの時知る由もなく‐
〜
夕飯時、グレアは主の前に料理を置く。今日のメニューはハンバーグ。気持ち程度にキャベツと人参、それとバターの香りがするきのこが添えられている
「グレア。一つ聞きたいことがある」
「はい。いかがなさいましたか?」
「前から気にはなっていたのだが…」
突然ミアが顔の前で手を合わせた。グレアは何事かと背筋を伸ばし。今から受けるであろう質問に備える
「食事を前にし手を合わせ、いただきますと言うのは現代の儀式のようなものなのか?」
「はい。その通りでございます。食材や料理人に対し感謝するのがこの国の習わしです」
「成る程。それは素晴らしいものだな」
「おっしゃる通りかと。ミア様が望むのであれば我々も取り入れましょう」
「ああ。そうしよう」
その後、感謝をするなら完食すべしと、ミアは嫌いなきのこを一つ残さず食べさせられた。




