ep.23 カリサの計画
日本対魔協会本部。訓練場が併設されている他の支部とは違い、本部は都心の一等地に建設されている。何も知らない一般人からすれば、ただのオフィスビルだと思うだろう。
山下 明大佐はビル内の地上二十二階の応接室にて、退室する二名を見送った後、怪訝な様子の部下を宥めるよう声をかけた。
「西田軍曹。そのような顔はするな」
「お言葉ですが、完全にこちらを見下していたじゃありませんか。それにまだ子供でしたよ」
山下大佐は脳裏で先程の使者達の姿を思い起こした。長槍を携えた金髪の青年は思春期を思わせるような容姿で、終始こちらを挑発するような口調と態度だった。それに比べ、もう一人の背丈に相応しいとは思えない、巨大な剣を背負っていた赤髪の少女は、落ち着いた振る舞いをしていたものの、その容姿は十歳に至っているかも怪しいほど幼く小柄だ。
「子供とは言え、ロイヤルの連中がこの様な場所に姿を見せる事は珍しい。公式的な手続きをした以上、この国で好き勝手暴れる事は無いだろうし問題なかろう」
「表向きはオーガの調査という名目でしたが…」
「ああ。奴らがオーガ程度でわざわざ動くとは思えんな」
先日森で出現したという一体のオーガ。捜索隊を派遣して調査は行われているものの、未だ発見したとの報告は無い。
「しかし、危険区域でも無いエリアに、オーガを討伐出来るだけの戦力を割き続けるのは厳しい。この国の戦力の安定にはまだ数十年とかかるだろう。今他国に弱みを見せれば、支援という名目で干渉を受けることになる」
兵器を使って人間同士争うことは無いが、そのような土地の奪い合いは実際に行われている。自国を防衛出来る戦力を確保出来なければ、他国から侵略されてしまう。
「ではロイヤルが自主的に動き出したのは幸運だったと?」
「少なくとも奴らは人類の味方ではある。それに提出された資料によると、あの二人は悪魔の川を担当している部隊の副隊長様らしい」
「悪魔の川ですか!?あのレベル7以上の邪種が出現するという、人類未踏のエリアですよね?…そのような地が実在するのも信じられませんが、まさかあのような子供が」
「我々には想像する事も出来ない世界だろうな」
山下大佐は大きく息を吐きながら、渡された資料を机に置いた。どの道、こちらに拒否する事など出来ない。ロイヤルに戦力で対抗できる国などありはしないのだから。
「話はこれくらいにして、たまには一緒に食事でもどうだ?近くにカレー屋が出来たらしい」
「是非!と言いたいところですが、カレーですか…訓練や遠征でも散々食べているのによく飽きませんね」
山下大佐は部下の忖度無い一言に思わず吹き出した
「君は相変わらず思った事を隠さず口にするな。まぁ、そういった素直なところが気に入っているのだが」
山下大佐は立ち上がり西田軍曹の肩を軽く叩くと、共に応接室を後にした。
〜
楓が学校から帰宅し、自宅のリビングへ入ると、ソファに腰掛け、前のめりの姿勢でテレビゲームに熱中するカリサの姿があった。余程興奮しているのか荒い言葉も発している。
「ただいま」
「え?あぁ、もうこんな時間か」
「…カリサ、街の調査は順調か?」
「あ、アンタに教えるわけ無いでしょ。機密情報なんだから」
「…」
最近の彼女はいつもこんな感じだ。合鍵を渡してからは、朝も苦手なので楓が家を出る時間はまだ眠っているし、放課後は必ず家に居るので帰宅も楓より早いのだろう。
続く沈黙に堪忍したかのように大きく息を吐くと、カリサは愚痴を言い始めた。
「前にこの街へ組織から追加で人員が派遣されるって言ってたでしょ?それが正式に決まったみたいなの」
「よかったじゃん」
まるで他人事のような反応をする楓を睨みつけ、カリサはコントローラーを手荒くソファーの上に投げ捨てた。
「良くないわよ。嫌な奴らなんだから」
「知り合いなのか?」
「片方は面識ないけど男の方は同期よ。周りから天才だとか持て囃されて調子に乗ってるの。あのドヤ顔を思い出すだけで胸糞悪くなってきた」
カリサは両手で自分の身体を抱くと、大袈裟に腕を擦りだした。余程嫌いな相手なのだろう。
「ロイヤルの中で天才と呼ばれるとか、すげー奴なんだろうな」
オーガ複数体を相手にするカリサの姿を思い出す。同じ年齢であれ以上に強い人間等とても想像出来ないものだが。
「悔しいけど実力は本物。女の子の方もそれに匹敵する評価を得てるわ。代えの効かない隊長達を除けば、今動かせる最大級の戦力でしょうね」
話を聞く限り彼女ですら敵わないような、相当な実力者達なのだろうと、楓も思わず息を呑んだ。そしてある疑問が浮かぶ
「なぁ…これって俺が聞いていい情報なのか?」
「あ!まぁ、仮にアンタが言いふらしたところで誰も信じないでしょ。大丈夫大丈夫」
(この口の軽さで、よくロイヤルに居られるな…)
最初明らかにしまった。と言ったような反応を見せたが、今は完全に開き直っている。ありがたくもあるが、一般人が知りすぎてしまうのは不味い気もする。
「じゃあ、日が暮れる前に行きましょ」
「おう!」
学校から帰宅した後は、カリサの指導の元で戦い方を学んでいる。最近は安定して神器を起動出来るようになってきたので、楓の熱も更に上がっていた。
「あ、今日から神器使うの禁止ね」
「え!?せっかくコツ掴み始めてたのになんで?」
神器を使えないのであれば、ただの筋トレや運動をするしか出来る事はない。そうなればカリサが付き添う意味も無いし、実際に神器を起動させられるまでは、彼女のストレス解消としか思えない、しごきを受けるだけの日々だった。
「カエデの神器は特殊だから…無闇に使うとこれから来る奴らに察知される可能性があるのよ」
「そうか…カリサ以外に神器が見つかったらヤバいもんな。何処かバレない場所でもあればねぇ」
カリサが考え事をするように顎の下に手を付き、数秒天井を見上げると、何やらニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「…良いことを思いついたわ」
その様子から察するに絶対に良い事とは思えない。しかし、法律的な問題が無いのであればこの師匠に従うしか無いだろう。結局この日は、何を思い付いたのかは教えてくれなかった。
それから2週間後、
朝起きると珍しく先にカリサの姿があった。既に朝食を食べ始め、楓の分のパンも焼いてくれている。
「お前…その格好は」
更に不思議だったのはその服装だ。寝ぼけた頭で勘違いをしている訳で無いのなら、あれは自分と同じ高校の制服に見える。何故カリサが身に着けているのだろうか。
「アンタの学校に神器科があるでしょ?そこの訓練場の設備ならバレずに修行出来る筈よ」
「いや、どう考えてもアウトだろ。変装して学校に忍び込むのか?」
「まさか。組織にお願いして転校の手続きは即座に完了しているわ。この街の調査と並行して、神器科の視察をしたいってね」
カリサの説明を聞き、そうゆう問題ではないと楓は慌て出す。転校してくる事も聞き捨てならないが、それ以前に‐
「そもそも俺は普通科なんだぞ?」
「え?私も普通科よ?」
思い立ったら突き進むカリサの行動力と、これから起こり得るトラブルを想像し楓は頭を抱えた。




