ep.96
午前7時30分。楓はグレアの指示通り、家のインターホンを鳴らす。すると、ドアの前で待機していたのか、数秒も待たずミアが姿を現した。
「おはよー」
「ああ、おはよう。カエデ」
「じゃあ、行こうか」
挨拶もそこそこに二人は傘を開いて歩き始める。
空は黒い雲に覆われ、小ぶりな雨が降っていた。
早い時間にも関わらず、どちらも眠たい顔はしていない。楓はカリサとは違い、寝起きは良いほうだ。だからといってミアのように早めに登校することはないので、こんな時間に学校へ向かうのは初の試みだった。
「健康の為に歩くか。私も君を見習わないとな」
「そ、そうだな」
楓は慌てて取り繕う。グレアから詳しい話は聞いていないが、ある程度ミアと話を合わせる必要があるだろう。
ミアに合わせゆっくりと歩を進める。以前のように一生懸命話題を探したり、会話が途切れるのを恐れることもない。楓にとってミアとの沈黙は心地よいものになっていた。
水溜りを踏む音、雨がポツポツと傘を鳴らす音、それだけが鳴り響いている。
「カエデ」
ミアが目を合わせることもせず、
先を真っ直ぐ見据えながら楓を呼んだ。
驚いた楓は咄嗟にミアの方に視線をやるが、傘で遮られ顔全体を見ることは出来ない。だが、口元だけでも普段と変わらない無表情であると予想は出来る。
「君はこの世界を、平和な今の時代をどう思う?」
「重たい話だな……急にどうしたんだ?」
「すまない。忘れてくれ」
楓は質問に質問で返してしまった事を反省し、ミアからの問いに自分なりの答えを考え始めた。自分はたまたま神器に適応してしまっただけで、本来は普通の高校生だ。世界のことより、まずは自分の将来のこと。
「世界って言われても……まあ、邪種とかいう化け物達が居なければ言う事無しだな」
「だが、今の平和はその邪種のお陰とも考えられないだろうか?邪種が現れるまでは人間達の間で戦争が行われていたのだろう?」
「確かにな。それに邪種が居なくなったら聖隊の人も仕事を失うだろうし……いや、普通の軍隊に入隊し直すのか?」
「やはり人類の平和維持のためには邪種は必要な存在だと思うか?」
「わからねえ」
そうか。そう呟くとミアは口を閉ざした。心なしかその声色はとても暗いように感じた。
「でもよ、化け物なんて居ないほうが絶対いいだろ。邪種も戦争も無い世界。それが一番」
「それが出来れば苦労しないと思うが……」
「理想の話してる時に、現実を持ち込むのは野暮ってもんだ。夢は大きくないとな!」
―あん?人の夢にケチつけてんじゃねぇよ!黙って見てろ、俺様の偉大さを!
「ふふっ」
「おいおい、笑うとこじゃないだろ……」
「すまない、少し思うところがあってな。君を笑ったわけではない」
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