序章
瓦礫が散らばる荒野。ほんの数刻前までは周辺国家最大の『神殿』と呼ばれた建造物があった場所だ。
数百年もの歴史を持ち、この世界を守る女神への信仰と人々の布教の為に多くの人々が訪れ儀式などに使われていた。
そんな聖地も今や見る影もなく荒れ果て、大きな土煙があちこちで立ちあがり、大地は抉りとられ、何より血と肉の臭いを放つ無数の死体の山がつい先程まで激しい戦闘の場になっていた事を物語っていた。
「ふぅ」
橙色の髪をした血と土にまみれた1人の少女が一仕事を終えたような重い息を吐き、瓦礫の山にゆっくりと腰掛けた。その座るまでの所作ひとつひとつには品があり、荒事とは無縁のような美しさすら感じられた。
他に動く者は居ない。どうやらこの場で動ける人間は彼女のみのようだ。
「お疲れ様でした〜」
死臭漂う地にふさわしくない気の抜けたような優しい女性の声が聞こえた。少女が口を開いた訳では無い。声の主は無だった空間からその姿を現した。
「女神か」
少女が疲れ切ったような、か細い声で返事をした。どうやら現れたのは女神という存在らしい。透き通るような白い肌、白銀の髪、純白のドレス、その顔立ちも含め、絵画からそのまま飛び出して来たかのような現実離れした美しい女性だ。誰がどうみてもこの世の存在では無いと断言できる。本物の女神で間違いないのだろう。
「はい〜。お見事でしたよ〜。でも酷い姿ですね〜」
女神が少女に近づき汗で顔に張りついた前髪を指で横に流すと、まだ幼さは残るものの、女神にも劣らない整った顔立ちが見えた。
「ほら~女の子なんですから〜見た目に気を遣わないと〜」
両手を顔の前で合わせ笑みを浮かべながら女神が言った。そもそも血だらけだし、見た目なんて気にする意味はないだろう。先程から女神の表情、仕草に真剣味は全く感じられない。相手が男性であればその可愛らしい微笑みを向けらるだけで満足出来るのだろうが。
「では私はここまでだ。契約を破棄してくれ」
そんな女神の態度に少女は全く関心を示さず、淡々と返事をする。そして力が抜けたように後ろの台座に身体を預け天を仰いだ。
「…」
少女の言葉を聞いた女神の動きは固まり、沈黙がしばらく続いた。きっと良くない返事が来る。そう確信したのか少女は女神のほうに顔を向け目を細めた。
「そうしたいのは山々なのですが、今の私には無理です〜。天界からあなたに話しかけるだけで精一杯なんですよ〜」
「なので以前のように私への信仰が広がり、この世界への干渉力が復活するまであなたには再び眠ってて貰おうかと〜」
女神は表情をコロコロ変え大袈裟な身振りで子供のような振る舞いをしていたが、恐ろしい提案をしているのは全く誤魔化せて居なかった。
「全て終わった筈だ。この命が尽きれば契約は自然に破棄されるのだろう?私はどうせ長くないしこれまでのような休眠期は必要無いと思うが?」
悪態や揚げ足取りでは無く、純粋な提案だ。
「もしもの場合があるじゃないですか」
「…理解した」
女神は満面の笑顔のままだったが、声色が僅かに冷たく平坦に変化したのを少女は感じ取り、これ以上のやりとりは無駄だと察した。そのつもりは無くても下の者から正論や痛いところを突かれると不機嫌になってしまうのは神も人間も同じのようだ。
「時間も無いですし、寝かせる前にその服と身体だけは清めておきますね〜。まだそれくらいの力はありますから〜」
女神が手を前方にかざすと少女の衣服や身体に付着していた血や土の汚れは嘘のように消え去った。髪の毛まで水浴びをした直後のようにサラサラだ。
「あ、これで本当に最後になると思うのですが、お名前は今のままで大丈夫ですか〜?」
「あぁ。ミアで構わない」
こういった契約において名前は重要なものではあるのだが、この先偽らずに本当の名として背負って行くならその場しのぎの適当な名前でも良いのだ。最初は戸惑ったが本当の名などとうに捨てているし、今では好都合にすら思う。
「なんだか寂しいのでリヴェデーレとでもつけておきましょう〜」
「…好きにしてくれ」
「ではミア・リヴェデーレ。眠りにつきなさい」
光に包まれる直前、最後に首を撥ねた1人の男の姿が視界に映った。後悔はしていないが、自分の生涯をかけても償い切れない大罪を犯した事は理解している。
「アレ」
言い切る前にミア・リヴェデーレは眠りについた。
タイトルはそのうち考えます




