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根性叩き直してやる

作者: 夜凪アリス
掲載日:2025/10/31

 「……よし、次の一本で決めよっか。」


 体育館の空気は少し湿っている。

 照明が床に反射して、ワックスの照りがまぶしい。


 朝方の自主練習。女バスの先輩が隣にいると見ていたら、1on1で勝負しようと誘われた。

 誰もいないコートに、ボールの弾む音だけが響く。


 優花先輩が笑って、腰に手を当てた。

 バスケ部二年。ポニーテールの髪が、少し汗で頬に貼りついている。


 いつものように、勝負の前に軽くストレッチをしながら、こちらを見上げる。


「ビビってんの? 顔、ちょっと引きつってるけど?大丈夫だって、罰ゲームっていってもさ。命までは取らないから」


 ドリブルを刻む音。

 彼女の動きは軽い。


 ほんの少し踏み込むたび、床が低く鳴る。


「男子バスケ部のくせに、私に負けたらどうする?」


 唇の端が上がる。

 冗談じゃなく、本気で挑発してくる目。

 けれどその奥に、楽しそうな光があった。


「じゃ、いくよ――!」


 風が切れる。

 一瞬のフェイント。左にステップを踏んだかと思えば、もう右に抜けている。


 ボールが床を叩く乾いた音。

 一歩、遅れる。指先が空を切る。


「はい、また抜けたー!」


 ゴールネットが軽やかに揺れ、ボールが落ちていく。

 優花先輩が、ふっと息を吐いた。


「ふふっ、弱っ。ほんとに男子? うそでしょ?」


 笑いながらボールを拾い上げ、こちらに放ってくる。


「ねぇ、あんた、ホント根性足りないよ。

 フォームは悪くないけど、最後の勝負どころで迷うんだよね。」


 そのままボールを指で軽く回す。


「はい、罰ゲーム決定。スパルタ個人練、つきあってもらうから。」


 言葉は軽いが、目は笑っていない。

 その瞬間、背筋がピンと伸びた。



---


 翌朝、まだ人の少ない体育館。

 時計の針は七時を指している。


 優花先輩はすでにアップを終え、額に汗を光らせていた。


「おそーい。ほら、ダッシュ十本追加ね。」


 容赦ない声。

 軽く笑いながら、ストップウォッチを構えている。


「そんな顔すんなって。根性ってのは、最初の一本で決まるんだよ。」


 手の合図で走り出す。

 コートを往復するたび、息が荒くなる。

 心臓が胸を叩き、足が重くなっていく。


「ほら、まだいける! 膝、抜くなっ!」


 優花先輩の声が響く。

 その声が、妙に遠く感じた。

 けれど、止まりたくなかった。


「……よし、最後の一本!」


 ダッシュを終え、床に手をついた瞬間、優花先輩がペットボトルを投げてきた。


「おつかれ。ま、今日はこのへんで勘弁してあげる。」


 軽く笑うその顔に、少しだけ優しさが見えた。



---


 それから数日。

 優花先輩の朝のスパルタ練は続いた。


「そこ違う! もっと腰低くっ!」

「視線! ボールじゃなくて前っ!」


 彼女の声がリズムのように体育館を支配する。


 レイアップ、ドリブル、ディフェンス。

 動きが少しずつ変わっていくのが、自分でも分かった。


 ある日、練習の合間。

 優花先輩がボールを拾い上げて、笑う。


「あれ? ちょっと上手くなってない?」

「ウケる~。罰ゲームで上手になって、どうすんのさ。」


 優花先輩はボールを軽く突いて、また目を細めた。


「でも、まだまだだね。じゃ、恒例の1on1行こっか。早く私に勝って、罰ゲームのスパルタ練習から抜けれるといいね。」


 再び勝負。

 汗の音、呼吸の音。

 全力でぶつかっても、やっぱり勝てなかった。


「はい、また私の勝ち~! 罰ゲーム続行!」


 タオルで顔を拭きながら、彼女が笑う。

 そして少し声のトーンを落とした。


「ねぇ……もしかしてさ、あんた、いじめられて喜んでない?」

「もしかして、変態なんじゃないの? だって、毎回負けるのに、ちゃんとやるし」


 にやっと笑って、目だけが鋭く光る。

 心臓が、ほんの少しだけ跳ねた。


「……冗談、冗談。でも、ちょっとだけ根性ついてきたんじゃない?」



---


「今日はね、フリースロー対決にしよっか。」


 朝練終わり。

 朝日が窓から差し込み、床に長い影を落としていた。


「私に勝ったら、そうだなー。ふふっ。じゃあ、ごはん奢ってあげるってのはどうかな。」


 真剣な表情に変わり、ゴール前に立つ。


 シュッ。

 1本目、ネットを通過。

 2本目もきれいに決まる。

 3本目で外した。


「やばっ、3本で外しちゃった……。さ、交代。」


 今度はこちらの番。

 ゴールを見上げ、ボールを放つ。

 1本、2本、3本……。リズムに乗る。


「……うそ、私より入ってる!?

 マジか、負けた!? うっわ、これは悔しい!」


 優花先輩が額を押さえて笑い出した。


「やるじゃん。ディフェンスがついてないフリースローなら割と入るよね。」

「でも、私お金ないんだよね。だからさ、私の作るごはんで許して。

ハンバーグかカレー作る予定だったけど、どっちがいい?」


 軽く首をかしげ、タオルを肩にかける。


「え、女子の家にくるのに抵抗があるの。ははっ!そんな心配そうな顔しないで。大丈夫だって。」

「なにかされたら、ボコボコに殴るだけだから。」


 笑いながら、ボールを胸の前で抱える。


「信用してるからさ。……それに、あんたが女子に何かする根性、あるわけないでしょ?」


 少しだけ、頬が赤い。

 けれどすぐに、いつもの調子に戻る。



---


 体育館を出ると、優花先輩の家まで案内してくれた。優花先輩が上目遣いで話かけてくる。


「ねぇ、明日はどうする? 1on1とフリースロー、どっちがいい?」


 少し考えてから、彼女は自分で答えを出したように笑う。


「でも、1on1でしょ。

 女子に負けたままなんて、プライドが許さないもんね。」


 風がポニーテールを揺らす。

 その笑顔は、どこか挑戦的で、どこか優しかった。


「ま、たまには私のご飯が食べたいときはフリースローでもいいよ。アメとムチって大事だから。」


 拳を軽く突き出し、にっこり笑う。


「じゃ、ここが私の家。覚えた?部活終わったら、ちゃんと来てね。」

「明日も。覚悟しといて。根性、叩き直してやるから!」


 その声が遠ざかっても、胸の奥で何度も響いていた。

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