「わたしの声が届く場所」
部屋の片隅で、小さく深呼吸をする。
今日は、練習にならなかった。
何度やっても、言葉がうわすべって、心が置いてけぼりになる。
録音した自分の声を再生する。
滑舌は合ってる。抑揚も、悪くないはず。
でも、なんでだろう。
「わたし」の声なのに、全然、胸に響いてこない。
──ねぇ、本当に私、この道を選んでよかったのかな?
ふと、机の上のオーディション資料に目がいく。
明日、送る予定だったもの。
でも、まだ“録り直す”のボタンに指がかかってる。
「この役を、自分の声で演じてみたい──」
そう思ったはずだったのに、
誰かに見透かされるのが怖くて、声が震える。
上手くなりたい、じゃなくて、
嫌われたくないって気持ちが先に出てしまう。
──こんな私の声なんて、届かなくても仕方ない。
……そう思ったのは、これが初めてじゃない。
そうだ、あのときの放課後の教室。
チャイムが鳴っても、私はずっと席を立たなかった。
別に、いじめられていたわけじゃない。
でも、誰かと話すたびに、自分の声だけが浮いて聞こえた。
明るく振る舞えば振る舞うほど、無理してる自分が透けて見える気がして、そのたびに、胸の奥がきゅうっと縮んだ。
しゃべらなければ楽かもしれない。
でも、黙っていれば、“何もない人間”みたいで怖かった。
机に突っ伏して、じっと息を潜める。
誰かに話しかけられることも、もう期待していなかった。
(……いなくなりたいわけじゃない。
でも、このままじゃ、どこにもいられない気がする)
そんなことをぼんやり思いながら、
なんとなくスマホを取り出して、アニメの見逃し配信を再生した。
登場人物が、ぐしゃぐしゃに泣きながら、声をふりしぼる。
「消えたいとか、そんなんじゃないの……」
「でも……ここにいていいよって、だれかに言ってほしかっただけなの……!」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
まるで、自分の気持ちをそのまま代わりに言ってくれたみたいで。
──そして、次の瞬間。やさしい声が重なる。
「だいじょうぶ。ちゃんと見てるよ。君のこと」
その一言で、涙があふれて止まらなくなった。
アニメなのに。台本なのに。
でも、確かに届いた。
あのときの私に──ちゃんと、届いてしまったんだ。
名前も知らない、会ったこともない誰かの声。
なのに、心のいちばん奥に届いて、
ああ、声って──こんなふうに、人を救えるんだ。
そのとき、初めて思った。
いつか、自分も、誰かの心に寄り添える声になりたいって。
──あの日の涙が、今も胸の奥に残ってる。
もし、誰かが耳を傾けてくれたなら。
たった一人でも、「その声、好きだよ」って
言ってくれたなら──
その瞬間だけは、世界に存在していい気がする。
スマホに繋いだマイクの前に座り直す。
何度もリテイクを繰り返して、喉が少しだけ枯れている。
でも、まだ言えてない言葉がある。
「わたしは、ここにいるよ」って、
心の底から叫んでみたくなった。
たとえ届かなくても。
たとえ選ばれなくても。
これが、私の声なんだって、ちゃんと信じたくて。
録音ボタンを押す。
少しだけ笑って、息を吸い込んだ。
「はじめまして──
わたしは、森野つむぎです。声優を目指しています」
「たったひとりでもいい──
あなたの心に、ちゃんと声を届けたいです」




