序章 夜の航海へ伍臨終しました
――ザーザーと降り続ける雨の中、横濱駅の近くには帰宅途中で人々が行き交う。七月後半も梅雨空が続き、未だに傘が手放せない。気温も毎年上がって来て、雨のせいで更に蒸し暑さを感じる。
彼の名前は上霜覚樹。科埜木高校に通う二年生、16歳。今月7月30日に誕生日を迎えれば、17歳になる。
両親にどんな誕生日プレゼントを貰おうかなんて考えていた時だった――。
「おい、なんだコレ!?何が起きてるんだ!?」
「なんか空が変だよ!?」
駅にいる人々がザワザワと騒ぎ始め、覚樹は手に持っている傘を少しズラし、空を仰いだ。
ゴロゴロと雷音が鳴り響きながら、空全体がゆっくりと右から左へと大きく回転して行く。学校の行事でいつか見た、あの回転式の劇場か…あるいはドーム内のプラネタリウムか。言葉で表現するのは難しい状況の中、人々は混乱する――。
そして覚樹は、ゴロゴロと鳴り響いていた音が少しずつ違う音へと変わって行くのを気づいた。目を細め、耳を澄ませると……『どんでんどんでん、どんでんどんでん』と鳴っていた。
「なんだ……太鼓の音?」
夏祭りの時に良く聞くあの太鼓が鳴っていたのだ。しかもその音はどんどん大きくなり、振動が心臓まで伝わっていく。打たれるたび、心臓を掴まれてるような気分で…息が苦しくなって来る。
すると、空全体は色とりどりの浮世絵みたいになり、渦巻雲と四角い渦の形をしたものが奇妙に動いていた。
「うわっ!!雨が真っ黒だ!!」
「空もおかしいよ!!何で絵みたいになってんの!?」
異変に気付いた人々は悲鳴を上げながら、建物の中に入る者もいれば…この状況を面白がってスマホを向けている者もいる。
覚樹は何が起きたのかも分からず、手に持っていたビニール傘を墨で真っ黒になるのを呆然と見つめた後…反射的に傘を捨ててしまう。
「――っ……ぐっ……うっ」
太鼓の音が鳴るたび、心臓に響くのか…息苦しさとズキズキとした痛みでみんなその場に崩れ落ちてしまう。多彩な空の色の眩しさに目がチカチカするのか、数人が吐いてしまった。
ふとバチバチ音が近づく音が聞こえ、すぐさま覚樹は空を見上げる。二つの四角い渦の形が、物凄いスピードで落下して行くのが見えてしまう。急いでこの場に逃げようにも、心臓の痛さとめまいにふらつき…情けなくも前に倒れてしまう。
そして一瞬にして、二つの四角い渦の形が目の前で落ちてしまった。バチーンと全身に電流が走った後、周りにいる人々は電池が切れたかのように倒れて行った。
奇跡的に覚樹だけは助かるも、太鼓の音が鳴り止まないままでは…苦しみがずっと続くだけだった。
「まさかこんな世界に居るとは思わなかったよ」




