取り残されて眠ってしまった武蔵に、龍が励ましの言葉を送るのだった!
第八話
どのくらい時間がたったのだろうか。
武蔵は、広い洞窟の中で、たった一人、上を向いたまま横たわっていた。
何かをする気力もなかった。
起きあがることも、寝返りをうつことも、しゃべることさえも、何もする気が起きなかった。
ただ、無言でそこにいるだけだった。
(このまま、ここで死ぬのか。それもいいじゃないか。しかし、高校生活も剣道の試合もこれで終わりか。なんだか、あっけないな。そういえば、もうすぐ、全日本高等学校剣道選手権大会が始まるんだっけ。やっぱりあの佐々木五郎が優勝かな。今ごろは練習に明け暮れてるだろうな。まあ、俺が出なければあいつが優勝だろうな)
武蔵はライバルの佐々木五郎のことを思った。武蔵はまだ佐々木に勝ったことがない。平成の佐々木小次郎とまでうたわれる昨年の高校チャンピオンだ。その佐々木五郎に勝とうと武蔵は必死に練習してきた。
(もっとこのていたらくではとても勝てないだろうな)
武蔵はそんなことを考えながらうつらうつらし始めた。意識が遠のいていくような気がした。
(ん、まてよ。ルフィトリアか、ルフィトリアはどうなるんだろう。ああ、いかん、ルフィトリアを助けなくちゃ。でも、こんなじゃ無理だな)
いったん、気持ちが高ぶったもののすぐに気がなえてしまった。
そして、再び眠くなってきた。
「おい、わけえの、起きなって!」
「うーん、誰だ。いい気持ちで寝ているのに」
武蔵の耳元で大きな声で喚かれ、その上臭いの何のって、パッと目が醒めた。
「ウワオーッ」
なんと、例の龍が、武蔵の目の前でブハッブハッと最高に臭い息を吐いていた。
「おお、やっと気がついたか。心配したぞ」
「なあ、頼みがある」
「なんだ」
「顔をどけてくれないか。臭いんだ」
「おお、これはすまんな。気がつかなくて」
龍はぐいと頭をもたげた。
「ううーん、しかし、いったいどうしたんだ。どうして君がここにいるんだ」
武蔵は体を起こした。すこし体力が戻ってきたように感じた。
「うん、おいらが、山の中で休んでいたら、あのカンダがルフィトリアを連れて、闇の狩人たちと南に向かっていったのだ。そのなかに武蔵の姿はないし、なんだか様子が変なんでな、こうして、探しにやってきたわけだ」
「ありがとう。だけど、もうお仕舞だよ。ほら、この通り、僕には力がないし、聖なる剣も奪われたし、なによりあのカンダが裏切ったんだ。ああ、ルフィトリアも闇の帝王の、ああなんてこった」
美しいルフィトリア姫が闇の帝王に犯されると思うと、武蔵は急に胸がかきむしられるように苦しくなってきた。
「そりゃ、大変だ。助けに行かなくちゃ」
「無理だよ。僕にはそんな力はない」
武蔵はしょげ返った。
「なあ、そんな気の弱いことでどうするのだ。ルフィトリア王女を助けたくないのか」
龍はブハッと臭い息を吐きかけた。
「できれば助けたい、だけど」
「さっきから気になっていたのだが、カンダが持っていった聖なる剣は一つだけか」
「うん、そうだけど」
「妙だな。伝説では聖なる剣は二つあるはずだが」
龍は首を傾げた。
「そんな話聞いたことないな。カンダは言ってなかったぞ」
「そうか、だが、我々龍族に伝わる光の騎士の伝説では一対の聖剣が王国の危機に対して力を発揮すると」
「そういえば、カンダも妙なことを言ってたな。伝説は変説するとか、真実は必ずしも伝えられないとかなんとか。もし、龍族に伝わる伝説が真実ならもう一つ聖剣があるってことじゃないか」
「そうだ。もう一つあるにちがいない。探そうじゃないか」
龍は励ますように言った。
武蔵は急に力がわいてきたように感じた。武蔵はよいしょっと立ち上がって周囲を見渡した。淡い青い光の中でカンダが登っていた大きな岩に目を止めた。
(そういえば、あの岩の上で見つけたと叫んでいたな)
「すまないが、あの岩の上に僕を置いてくれないか」
「お安い御用だ」
龍は頭を下げる。武蔵は龍の頭に乗る。
持ち上がった龍から岩の上に飛び移った。
「何か見つかったかい」
龍は頭をあちこち動かす。
「ほら、見て。ここに」
「ほー、なるほど、ここに聖なる剣が収まっていたのか」
岩の頂上付近、武蔵の足元に直径十センチほどの穴が開いていた。穴は岩をくり貫いたように岩の中まで続いていた。
「見ろ! 穴の奥に何かが光っている」
真っ暗な穴の奥底でほんのかすかだが、鈍い光を放っていた。
「あれは、剣じゃないのか」
武蔵は思わず叫んだ。
「どれどれ、うむ、そうかもしれん」
「ああ、だけど、どうやって取り出せばいいんだ。こんな大きな岩の奥深くじゃ、とても無理だ」
「なあに、そこんとこはこの龍様に任せておけ。こんな岩なんぞ、こっぱ微塵に砕いてやるさ」
龍は、ぐいと後ろに身を引くと大きく息を吸い込んだ。
「うわっ、ちょ、ちょっと待って!」
武蔵は慌てて岩から飛び降りた。
龍はブワーンと勢いよく口から高熱の炎を吐きだして岩に吹きかけた。岩は炎に包まれたかと思うと、バンと大音響とともに木っ端微塵に砕け散った。
「ウヒョーッ! 危なかったな。もう少しで焼け死ぬとこだった」
武蔵は飛び散る焼けた小石やら灰を手で防ぎながら、立ち上がった。
「おおっ、剣だ。聖なる剣だ。ん、だけど、なんだか、あまり綺麗じゃないな」
地面に横たわるネズミ色の剣は、カンダが手にしていた黄金に光る剣よりは短かった。
武蔵はその剣を握ろうと手に触れた。
「あちちち!」
指先がジュッと燃えた。
「うむ、まだ、熱が残ってるようだ、気をつけろ」
「遅いよ、見ろ、火傷しちゃった」
指先がひりひりと痛んだ。
「口から冷たい空気なんかでないのか」
「無理だね、臭い息なら出るがね」
「あーあ、それにしても、こんな剣じゃな」
武蔵は指を口に加え、嘆息した。
「武蔵よ、人は見かけで判断しちゃ駄目だ。伝説では光の騎士と聖なる銀の剣が王国を救うと伝えられている」
「銀の剣ねえ、だけど、どう見ても、これは鉛色だぜ。それに光の騎士はどこにいるんだ。龍族の伝説もあてにならないね」
「ばっかなことを言うもんじゃありませんわ。龍族は常に真実を伝えるのを誇りにしてるのよ。そんじょそこらの部族とは違うわ」
龍は突然烈火のごとく怒り出した。しかも、女言葉になっている。
武蔵はあっけにとられて目をぱちくりさせた。
「あ、いやいや、すまない。ついかっとなって、俺様としたことが、ははは」
「龍は怒ると女言葉になるんだ」
「それは気のせいだ。俺は男だ」
龍はむきになって否定した。
「それより、もうよかろう、剣が冷めただろう。持ってみな」
「ああ、そうだな」
武蔵は恐る恐る古びた剣を手にとった。すでにひんやりとしていた。ただ、これといって何の変哲もない剣だ。これが聖なる剣とは思えなかった。
「うーん、なんにも起こらないぞ」
武蔵は剣を振ってみたり、構えてヤッと突いてみたりしたが、ただただ、鉛の棒を振っているような感じだった。
「やっぱり違うな。銀の剣っていうけれど、鉛の……」
龍がまた、怒ったように口を曲げているのに気づいて、武蔵は言葉を飲み込んだ。
「いいかね、信じることだ。龍族の伝説を信じるのだ。さすれば光の騎士も銀の剣も命を吹きこまれ、その姿を現すことができるのだ。
さあ、若者よ、俺様の背に掴まれ! 城へ飛ぶぞ!」