サソリの化け物に追われた武蔵の運命は如何に・・・?
第六話
郷田武蔵は、再び深い谷底を覗いて見たが、ルフィトリア王女もカンダ、さらには龍の姿もなかった。
(いったいみんなどこへいったんだ)
武蔵は猛烈に不安になった。こんなところで独りぼっちとはひどすぎる。もしこのまま元の世界に帰れないとすると、誰もいないこんな寂しい山の中で朽ちはてるのか。
(冗談じゃない。何としても、みんなを見つけなくては)
ザザー、ザザー。
「うん……」
砂が滑り落ちるような音が聞こえる。そのうえ、足元が踏ん張れないような。武蔵は振り返り足元を見た。
「ウワー、なんだ!た、助けて!」
武蔵は必死で這いあがろうと手足を掻いた。
巨大なサソリのような生き物が、砂の中から現れて武蔵めがけて登ってきたのだ。
武蔵は斜面を這いあがろうとするが、かえって地肌の土や砂が、ザーッと、サソリの化け物の方に向かって滑り落ちていく。当然、砂にのっかった武蔵もサソリのほうに引き寄せられていく。
「ウワーッ!」と、叫んで必死に斜面を登ろうとするが、武蔵の体はむなしく地肌と一緒に下方に落ちていった。
「あ、やめろ。こいつめ」
武蔵の左足首をサソリの鉤爪がとらえた。武蔵は必死で振り払おうと、右足で蹴飛ばした。
サソリの化け物は、もう一方の鋏を振り上げて、武蔵めがけて振り降ろしてきた。
「ゲッ!」
武蔵はとっさに体をひねった。鋏は斜面に突き刺さった。
「ウワーッ!」
その瞬間、砂地が裂けて、地面がドーッと滑り落ちていった。武蔵とサソリの化け物も、一緒に窪地の中に飲み込まれていった。
ズズーン。
まるで巨大なミキサーに放り込まれたように、大量の土と砂と石ころの中で武蔵と化け物が、かき回されて、くるくると回転しながら真っ逆さまに落ちていった。
ドーン。
「うーん、……ウワッ!」
砂の上に転がった武蔵が、最初に見たものはおびただしい骨の残骸だった。驚いている間もなく、「シャーッ、シャーッ」と不気味な音が頭上で聞こえた。
仰ぎ見ると、例のサソリの化け物が、口から涎のようなものを垂らして、鋏をかざして迫ってきた。
「げっ、こいつめ、止めろ、あっちへ行け! 俺を食べてもおいしくないぞ」
サソリの化け物が大きく被さるように鋏を突き刺してきた。
「うわっ、うわっ!」
武蔵は、転がるようにして、鋏をかいくぐり、サソリの腹の下にもぐりこんで、這って、その背後に出た。
サソリの化け物は急に獲物の姿が消えて、キョロキョロと目玉を動かす。
武蔵はこの隙にと、起き上がって走り出した。
「シャーッ!」
足音を聞きつけたのかサソリの化け物は、反転して追いかけてきた。
武蔵は、この穴蔵がすぐに行き止まりになっていることに気づいた。
(げっ、行き止まりか)
目の前の岩に阻まれた武蔵は、(ああ、こんなところで死ぬのか)と一瞬、思った。
「冗談じゃない。俺はまだ若いんだ。こんなところで死ねるか」
思わずそう叫んでいた。
「こいつめ! これでもくらえ」
武蔵は足元に転がっていた拳大の石を拾って、迫り来るサソリの化け物に向かって思いっきり投げつけた。
「グシャ!」
石が命中した。ちょうど飛び出た片方の目に当たったのだ。
(や、やったぞ)
サソリの動きが止まった。明らかに視力を失ったのだろう。
武蔵は、さらに石を拾い、続けざまに投げつけた。
「グシャ、グシャ」
サソリの化け物は意外ともろかった。石があたるたびにそこが潰れる。
そして、ドーッと地に倒れた。
「ヤッターッ! ざまあ見ろってんだ」
武蔵は目の前に転がったサソリの化け物を蹴飛ばした。
ゴソゴソ、ガリガリ、ムシャムシャ。
「……?」
変な音がするなと首を捻ったところ、倒れたサソリの上からヌッと別のサソリの頭が現れた。いや、一匹どころか、脇からもぞろぞろと複数のサソリの化け物が、頭を突き出してきた。彼らは武蔵の存在を無視するかのように倒れた仲間を食べ始めたのだ。
「ウエッ、気持ち悪る」
何十というサソリたちは、またたくまに仲間のサソリを平らげていった。
(やばいぞ、やばいぞ)
武蔵はこの隙におさらばしようと、ゆっくりと後ずさりを始めた。
ゴツン。
足が石ころを蹴飛ばした。コロコロと転がり、岩に当たって意外と大きな音がした。
「や、やばいかも……?」
仲間を食べ尽くしたサソリの化け物たちが一斉に武蔵を見た。
「やっぱり、やばい」
サソリたちはそろって頭を上げ、目玉をギョロギョロさせて武蔵を見つめた。
「僕は食べてもおいしくないからな」
そんな言葉に反応したのか、一匹が挟みをガチャガチャと鳴らし、足を前に踏み出して武蔵の方に向かってきた。
「ウエッ! 来るな!」
ふと上を向くと、岩の上にポッカリと穴があいていた。
(しめた、あそこから逃げられるぞ)
武蔵は急いで岩を上り、穴の中に飛び込んだ。
ガチャガチャ。
一匹が動き出して、武蔵を追って、岩を上ってきた。ほかのサソリも後を追うように続いた。
穴は奥まで続いているようだった。武蔵は必死で走った。
「ウワッ、ウワッ。カンダー、ルフィトリア。どこにいるんだー!」
武蔵は走りながら叫んだ。この洞窟は、不気味な濃い紫色の光りで包まれていて幻想的だが、後ろに迫るサソリの化け物はどうみてもグロテスクで武蔵を餌としてしかみてないようだ。武蔵は駆けに駆けた。しかし、迫り来るサソリのガチャガチャという音がますます大きくなった。
洞窟の先に明かりが見えた。
(あ、出口だ。助かった)
武蔵は一目散に走った。
「ウワーッ! やばい」
洞窟の先はなかった。まっすぐに谷底に向かって垂直に切り立った崖になっていた。
後ろにはサソリの化け物が迫っていた。
万事休すか!
武蔵は焦った。
このまま、谷底に向かってダイビングするか、それともサソリに食われるかだ。サソリはもう目の前に迫っていた。 もうだめか。と思ったその時だ。
「武蔵! こっちへ飛ぶんだ。早くしろ!」
カンダの声だ。
振り返ると龍が大きな目玉をギョロリとこっちをみている。そして龍の頭にはカンダとルフィトリアが乗って手招きをしていた。
「助かった!」
武蔵は地を蹴って飛んだ。カンダが受け止める。
「よし、いいぞ! 掴まえた」
そのすぐ後からサソリも飛んできた。
振り向いたとき、サソリの鋏が武蔵を挟もうと伸びてきた。
「ウワッ!」
やられると思った。
しかし、鋏は一瞬止まって、グンと後ろに引き戻された。
サソリは龍の口にくわえられていた。ムシャムシャとサソリは龍の胃袋に収まっていった。そればかりか、勢い余って洞窟から飛び出てくるサソリを次から次へと龍はかぶりつくとあっという間にたいらげていった。
龍に食べられなかったサソリたちは穴から飛び出して谷底に落ちていった。
「ウヒャーッ。なんて食欲なんだ」
武蔵が感心するほど、たらふく食べた龍は、ゲップをすると「いやー、久しぶりにくったくった。これで力が出たぞ」と満足そうに独り言を言った。
「フーッ! それにしても危機一発だった」
武蔵は、龍の背中で肩で息をして、ほっとした。
「武蔵、大丈夫?」
ルフィトリア姫は優しく尋ねた。
「ええ、何とかね。それより、みんなどこにいたんだ」
それには答えず、カンダは「さあ時間を随分無駄にしたぞ。急ごう!」と龍の頭をポンと叩いた。
「よし、掴まってろ。飛ばすぜ! ガオッー!」
龍は一声叫ぶとグーンと伸びあがって一気に上昇していった。それまでヨタヨタと飛んでいたのが嘘のようだった。
山の断崖に沿ってあっという間に上昇してはやくも一つ山を超えて、次々と山と谷を飛び越えていった。そしてひときわ高く険しい山にたどり着くとこういった。
「さあ、ここがそうだ。気をつけろ! 何があるかわからんぞ」
龍はそういうと、山の中腹に降り立った。