聖なる剣を求めて、龍の助けを得ることになったのだが・・・?
第五話
カンダ、ルフィトリア、武蔵の三人が森を抜けると広大な草原が広がっていた。というよりもかつては草原であったと思われた。なぜなら草々は完全に枯れていて、あちらこちらで土がむき出しになっていて、一面褐色の大地になっていた。
「かつては、ここは豊かな緑の草原だったの。蝶や蜂などの昆虫もどこかに行ってしまった。ここは死の大地になってしまったわ」
ルフィトリア姫は悲しそうな顔をした。
「ふーん。それも闇の帝王のせいなんだ。でもさ、さっきの森は普通だったけど」
「いいえ、それも時間の問題です。闇の帝王の力はますます強くなっています。やがてこの国は滅びるでしょう」
「それを阻止するのが我らの役目よ」
先を歩いていたカンダは振り向いた。
「でも、どうやって……」
武蔵は今ではすっかりルフィトリア姫の美しさに魅了されていてなんとかして守ってやりたいという思いが芽生えていた。それに、先ほど戦った闇の狩人との戦いに手ごたえを感じていた。彼は少々自信を深めていたのだった。
しかしながら、まだ闇の帝王の実力を図りかねていたので、カンダのいうところの聖なる剣で立ち向かえるのだろうか疑問だった。
話の流れで行くと、前を歩くカンダが光の騎士になるのだが、どうも府に落ちないのだ。警備服を着た光の騎士なんてカッコ悪すぎる。どうしても、中世ヨーロッパに出てくる馬に乗った騎士を想像するのだが……。
「見ろ、あの山だ。あそこに聖なる剣が封印してある」
確かにカンダが指さす先には山々が霞んで見える。その中でひときわ高く鋭く尖った山が見えた。
(おいおい、ずいぶん遠いじゃないか。これでは何日もかかるじゃないか。ああ、それにおなかも空いたしな)
「ぐぐーッ」
そう思ったらおなかが鳴りだした。
「ははは、どうした。ここは魔法の国だ。心配しなくてもいい。この先に龍神の池がある。彼に頼もう」
「はあ、龍神の池ねえ……それよりもお腹がすいた。なにか食べ物はないのか」
「なんだ。腹が減ったのか。それも頼んでみよう」
よかった、やっと食事にありつけそうだ。
武蔵はほっとした。山まで行くまで飢え死にしなくてすみそうだ。
「うえっ、これが龍神の池か。なんだか、不気味だな」
三人が龍神の池のほとりにたどり着いたときには、青い空が徐々に光を失い西の空が紅色に染まってきた。まもなく闇に包まれるだろう。夕日に晒された龍神の池は一面がどす黒い血のように濁りきっていた。さらに近づいてみると何とも言えない臭気が漂っていた。
「本当は澄み切った水色で、魚や昆虫も鳥もいたのよ」
ルフィトリアは悲しそうな顔をした。
ルフィトリアが悲しくなると武蔵も悲しくなる。
「オーイ!龍神の池の主よ。聞こえるか」
カンダは叫んだ。
「下がってろよ。いいか、余計なことは言うなよ」
カンダは武蔵を一歩後ろに下がらせた。
すると、池の中ほどがぶつぶつと泡を噴き出した。その泡は次第に激しくなり煮え立つように数十メートルも上空に立ち上りしぶきが周囲に降り注いだ。その瞬間、水面が盛り上がったかと思うとブワーッと何かが飛び出してきた。
「ウワーッ、こいつは……」
巨大な龍が上空に昇っていったかと思うも、まっすぐに三人のすぐ目の前に大きな口を開けて今にもかみつきそうな勢いで迫ってきた。
「わしを呼んだのはお前たちか……眠りを妨げた代償は大きいぞーッ。ブファーッ」
龍はそう言って口から息を吐いた。
息がまともに武蔵の顔を直撃した。
「ウエー、クッセー」
腐ったバナナのような臭いがした。
「まあ、待ってくれ。頼みがある」
カンダは前に進む。
「なんだ、お前は。食べてしまうぞ」
龍は大口を開けて今にもカンダを噛みつこうとした。
「そうとう、怒ってるみたいだな」
武蔵は後ろに下がってルフィトリアに囁やいた。
「怒ってるだと、う、う、う……わしは悲しいのだ……ぐう、う、う、グスン、ズルズルズル」
「あれれ、今度は泣き出したぞ。一体どうしたんだ」
龍は目にいっぱい涙をためて鼻水をすすり始めたではないか。
「聞いてくれ、あいつらがやってきて、この池をみてくれ、水は濁り、魚は死にたえ、そのうえわしの自慢の炎が……うう、臭い息しか出なくなってしもうた。ううう」
「かわいそうな龍さん。私たちがきっと元に戻してあげます。ですから協力してください」
「おお、お前さんは、ルフィトリア王女では……おお無事でいたか。うん、綺麗になって……うぐぐぐ」
「また泣き出したぞ、結構涙もろいんだな」
武蔵はカンダにささやいた。
「よろしい、ルフィトリア王女の頼みなら聞かざるを得ん。わしはどうすればいいのだ」
「あの山に連れていってほしいのです」
「なんじゃ、そんなことか、お安い御用だ。さあ、乗った乗った」
龍は体をくねらせて三人の前に体を横たえた。
「よし、掴まってろ。すぐじゃからな」
カンダ、ルフィトリア、武蔵の順に龍にまたがった。
武蔵は、龍がサーッと空に舞い上がるものと思い、しっかりと掴まった。しかしながら、フワッと少し持ち上がったものの、地上すれすれをヨタヨタと飛び始めた。
(ウソだろ。これじゃあ、時間がかかりそうだな)
「すまんな、腹が減って力が出ないんじゃ」
「さっきはえらい剣幕だったのに」
「あれは寝起きでな。いらいらしとったんじゃ」
武蔵の言葉に龍は反論する。
「頑張って! 時間がないの。こうしてる間にも人々は苦しんでいるのよ。あなただけが頼りなの」
ルフィトリアは必死で励ます。
「わかったわい。姫のためじゃ。つかまってろ」
龍はグイと首をもたげ、ぐんぐんと空高く昇っていった。そして、灰色の空をビューンと飛び始めた。
「いやっほーっ! こいつはすごいや」
龍にまたがった武蔵は喜んだ。
風を切り、枯れた草原を下に見て、ズンズンと山が迫ってきた。遠くから見たときには美しい山々も、まじかで見ると切り立った岩ころだらけの険しい山だ。これを登るとなると大変なことだ。
(もうすぐだな)
そう思ったが、急に失速し、龍は降下し始めた。
「おい、どうしたのだ。高度が下がってるぞ」
「うーん、もう限界だ。力が出ない」
龍はそう弱音を吐いたかと思うと、ドーッと地面に向かって急降下していった。
「おい、頭をあげろ! 地面に激突するぞ!」
「うわーっ!」
「龍さん、もう少し頑張って!」
ぐわーっ。
龍は頭をあげて態勢を整えようとする。地面が目前に迫る。龍は必死で体を水平に保とうとする。
ザザーッ。
枯れ草の上を滑る。その反動でふわっと浮き上がる。
そのまま山あいの谷の間を縫うように進んだ。
「おお、助かった! このまま一気に上昇するんだ」
「ううっ」
龍は苦しそうにうめく。
「頑張って!」
「ほら、もう少しだ」
龍は山肌にそって上昇する。龍の腹が岩肌に接触し、ころころと小石が落下する。
しかし勢いはそこまでだった。
山肌にぶつかって、龍の体は一回転してどっと大きな岩の間に挟まってしまった。乗っていた三人はその背中から投げ出され斜面を転がった。三人は離れ離れになり、武蔵はコロコロと斜面を転がっていった。
「うわっ!」
目が回り、体が「ドサッ」と、地面に叩きつけられてようやく止まった。
「うーん、いたた……くそっ」
見ると、武蔵の体は運よく小さなくぼみにはまったようだ。足元は砂地になっていてそれがクッションの役目をしていたのだ。
周りをみるとすり鉢上のくぼみになっている。上には灰色の空が見える。武蔵は這いあがろうと手足を掻いてのぼっていった。足元の砂がジャーと滑る。やっと上に這いあがってみると山の下は深い崖になっていて、もしこの穴に落ちなかったらまっさかさまに谷底に転落するところだった。
「ふーっ、危ない、危ない」
みんなは大丈夫かな。ルフィトリアがいない。カンダの姿も見えない。
「おーい! カンダ、ルフィトリア、返事をしてくれ!」
武蔵は叫んだものの帰ってくるのはこだまだけだった。