ラムミリアの王女ルフィトリアは、カンダ老人に助けを求める!
第二話
「おい、君たち、ここで何をしているんだ」
ドアのところに濃いブルーの警備服を着た老人が立っていた。
「あ、いえ、その僕たちは決して怪しいものではないんです。その彼女が、そう彼女が道に迷って……」
要領の得ない説明に老警備員は胡散臭そうな目を向けている。まあ、それも当然だ。自分でもそんな説明が通用するとは思っていない。
ところが、老人の目は武蔵を見ていなかった。武蔵の背後にいる白マントの女性をじっと見つめていた。
「名はなんという」
「はあ、僕は郷田武蔵です、花木田高校の……」
「君に聞いているんじゃない。後ろのお嬢さんの名前だ」
「あ、そう、えーと……」
そういえば彼女の名前は聞いていなかった。
振り返って彼女を見る。
「私は、ラムミリア国の王女ルフィトリア……」
「やはりのう。母上にそっくりだ。大きくなったな」
「あなたはカンダ老人ですね」
「そうじゃ。お国で何かあったのか」
「はい、闇の帝王が我が国に攻めてきたのです。住民は勇敢に戦いましたが、多勢に無勢。大勢のむこの民が、命を落としました。父も囚われの身となり、母は行方知らずです。もはやあなたにすがるしかありません。どうか、我らを助けてください」
「そうか、闇の帝王が動き始めたか。ちょうど千年か、まさかとは思うておったが、伝説の通りじゃな……」
武蔵はこの二人の会話を聞いていて、カンダ老人も頭がおかしいのではないかと思った。ラムなんとかだ、闇の帝王だとか、まるでおとぎ話ではないか。まともに聞いているのが馬鹿らしくなった。いくら美人でも、やはり頭のおかしい人にかかわりたくない。やっぱりここは退散するにしくはない。
「そいじゃ、俺は帰るから」
武蔵はそう言って部屋の外に出た。
二人は深刻な顔で見送るだけで声もかけてこない。
「ウワッ! や、やばい!」
なんと先ほど襲ってきた黒い闇の狩人とかいう化け物が廊下を通ってわんさかこっちに向かってくるではないか。例のごとくキラリと光る三つ又槍を掲げている。
武蔵は、部屋に入ると「バタン」とドアを閉めて鍵をかけた。
何やら話し合っていた二人はこっちをみる。
「どうやら、つけられていたな。止むを得ん。こっちへ」
カンダ老人は部屋の奥の窓ガラスを開けた。窓の向こうには図書館の中庭が広がっていた。
ドシンドシン。
扉を開けようと激しく叩く音がする。そのうち体当たりを食らわしているのだろう、ミシミシと扉が今にも砕けそうだ。
「さあ、早く」
カンダ老人が窓から先に外に出てルフィトリア王女の手を握って引っ張り出す。
メリメリと扉が壊れて闇の狩人が飛び込んできた。
「やばい!」
武蔵も窓から外に飛び出す。すぐ後から闇の狩人も次々と追いすがる。
カンダ老人とルフィトリアは図書館の中庭を突っ切り別館に向かっていた。武蔵もその後に続く。闇の狩人が追ってくる。
カンダ老人は別館への入り口を鍵を使って開ける。
武蔵が追いついたときには闇の狩人五体も追いすがっていた。三本槍が迫る。武蔵は竹刀を構える。
「トーッ!」
槍を下から跳ね飛ばし、のけぞった所に喉に突きを食らわす。グエッと後ろに倒れる。そこへ左から槍が薙いでくる。頭を下げたところを風を切って通り過ぎる。伸びあがって面を打つ。バシッと小気味よい音がして闇の狩人は蹲る。さらにもう一体が迫るところへ小手を決める。相手は痺れたのか槍を落とす。
「へん、どんなもんだい」
と、自慢するところへ、残りの二体と倒れたはずの闇の狩人らが再びムクムクと起きだした。
「やはり竹刀じゃ、だめか……」
と、急に武蔵は後ろから強い力でズボンのベルトを引っ張られドアから別館の中に引きずり込まれた。その後、カンダ老人はバタンとスチール製の扉を閉めて中から鍵をかけた。
「いいか、あいつらを甘く見てはいかん。そんな、竹なんぞで戦うなどとは無謀にも程がある。わかったか」
老人は強い口調で言った。
「はあ……」
いやいや、あいつらの動きは読みきっている。老人のいうことには同意できなかった。
「さあ、こっちへ」
「あ、でもあいつらは」
「心配はいらん。しばらくは入っては来られん」
カンダ老人はさっさと奥に進んだ。ルフィトリアは無言で後に続く。
まったく、どうなってるんだ。成り行きに任せて武蔵も後を追った。
カンダ老人はまたしても、一つの部屋の扉の前で鍵をあけた。中に入り扉を閉める。そんなに大きな部屋ではない。ただ、壁面いっぱいに本棚が据えつけられ本がぎっしりと詰まっていた。
「ここは主に特殊な本が収められておる。ほとんどが古文書で、出所不明の魔術やら魔法やら地方の伝承やらいわば怪しげな本ばかりでな。利用する人もほとんどいないんじゃ。まあ、それだけにわしにとっては宝の山だがな。ヒヒヒ……」
老人は初めて笑った。ただし、あまり品がよくない笑い方だ。
「カンダ老人、我らを助けてくださるのですか」
「まあ、待ち給え。闇の狩人がここまで追ってきているということは、目的はあんたじゃ。そうじゃろう」
カンダ老人は今初めて鋭い目をルフィトリア王女に向けた。
「闇の帝王はあんたとまぐあうつもりじゃろう」
「まぐあう?」
武蔵にはその意味がわからなかった。ルフィトリアは顔を背けていた。
「わかりやすく言えば、男と女がなにをするということじゃ。ともかく、それが目的じゃ。だが、それは世界の終わりを意味する」
やっぱり話が突飛すぎて頭がおかしいにちがいない。
カンダ老人は書棚から一冊の古い本を取り出して、部屋の中央におかれた小さなテーブルの上に置いた。
表紙は黒くくすんだ重厚な感じの書籍だ。カンダ老人はページをめくる。
「ここに記されている通りじゃ」
武蔵はのぞきこんだ。まったく読めない。何語だ?
「これは古代シュメール語だ。読めるものはそうはいない。日本ではわしのほかにほとんどおるまい」
嘘だろう。老警備員がこんな古い文字を読めるなんて。はったりじゃないかと思った。シュメール語ってたしか、古代メソポタミアで使われた五千年以上も前の言葉じゃないか。武蔵は学校で習ったことを思い出しながら、疑いの目を向けた。
カンダ老人は、あるページを指さして悠然と話を続けた。
「ここにはな、ラムミリア王国に伝わる伝説が記されておる。それによると、千年に一度、強いマグラを持った女性が生まれるという。もし、そのマグラを悪意ある者に利用されたり、奪われたとしたら、恐ろしき結末にいたる。そう記されている」
武蔵にはよくわからない。第一、古代シュメール人がそんな御伽噺のような伝説を記しているなんて信じられなかった。武蔵はますますもって混乱するばかりだ。
「そのマグラってなんですか」
と、まあ、適当に聞いてみた。少しは調子を合わせてみようと思った。もっとも本当は、ばかばかしくてまともには付き合えない。
「魔法の元になる力のことじゃよ。マグラは魔法を使うものなら誰だって持っている」
「はあ、でも彼女がそんなにすごい力を持っているんなら、魔法であいつらを何とかしたらいいんじゃ……」
「うわはははっ。このシャバ世界では魔法は使えんのじゃ。魔法は魔法の世界でしか力を発揮できない。それが、道理というもんじゃ」
(魔法の世界だって。やっぱりいかれている。彼女は魔法の世界からやってきたというんだろう。ああ、早くうちに帰って飯をくいてえ)
「まあ、そういうわけで、王女のマグラを闇の帝王に奪われんようにせねばならん。それには闇の帝王を倒す以外にない。しかしながら、わしのマグラは残り少ない。魔法の世界に戻ってもたいして力にはなれんじゃろう」
カンダ老人はルフィトリアに対して首を振った。
「ではどうすればいいんでしょうか」
ルフィトリアは悲しそうな顔をする。美しい人の悲しげな姿は胸を揺さぶる。武蔵はカンダ老人の話をデマカセと疑いながらも彼女の横顔を見ていると嘘とも思われない。しかし、この老人が魔法を使えるとも思えない。
「方法は一つだけある。わしはある山の洞窟に聖なる剣を封印しておいた。それを使うのじゃ。無敵の剣じゃ。だがのう……問題がある。それを使いこなせるものはそうはいない。逆に自分を滅ぼしかねんのじゃ。ラムミリアにそんな人物がいるのか……それが問題じゃ」
「でも彼女のそのマグラが強いんなら、それを使えばいいんじゃないのか……と」
「お前さんは何もわかっちゃいない。マグラが強いだけじゃだめなのだ。聖なる剣を使いこなすためには、その剣に気に入られなければならんのじゃ。ルフィトリアは清らかな心の持ち主な上に国の王女だ。気まぐれな聖なる剣と波長はあわん。わしのように、ひねくれてそれでいて勇気があって、恐れを知らぬ者ではないとな」
「はあ……」
その聖なる剣はまるで生き物のようではないか。
「では、どうすればいいのでしょうか」
「まあ、ともかくラムミリアに戻ろう。それから考えるとしよう」
カンダ老人はさらに本のページをめくって、不思議な絵を開いた。
「では、参るとするかのう」
老人はそういったときだ。
部屋の外が騒々しくなった。バンバンと激しく扉を叩き、ミシミシとドアが揺れる。
「おや、随分とはやかったのう。急がねばならん」
カンダ老人はなにやら口をもごもごと動かし始めた。
するとどうだろう。本に描かれた塔のようなものから白い光が浮き上がってきて部屋の中が明るくなった。そして風が吹き出して、風が渦を巻き始めたではないか。
「ウワッ! な、なんだ」
そこへ、ドアが壊れてバタンと床に落ちた。フワッと埃が舞う。
黒い影が突入してきた、数本の槍が繰り出される。武蔵はとっさに竹刀で受け跳ね返す。ルフィトリアも剣を振るい応戦する。
猛烈な風が渦を巻いて、ルフィトリアのマントがヒラヒラと風に舞い、初めてルフィトリアの全身の姿が武蔵の目に映る。白いウエディングドレスのような美しい衣装を身にまとい、赤いベルトを腰に巻き左側のベルトには赤い鞘をぶら下げている。足には紫のブーツを履いている。色的にはアンバランスだが、すらりとした体形であることは間違いない。それは短い時間だった。一瞬だがルフィトリアに目を奪われたために、突きだされた三つ又の槍先が武蔵の胸に迫った。トッサに竹刀を三つ又槍の間にかましたが、強い力に押されて、武蔵はもんどりと後ろに跳ね飛ばされた。さらに運の悪いことに、なにやら一心に呪文を唱えるカンダ老人の背中にぶつかっていた。ちょうどその時、老人は「エエーイ。開け!」と叫んでいた。
その瞬間――。
体がふっと軽くなったように感じた。そしてあたりは真っ暗闇になって宙を飛んでいるような感覚に襲われた。
(一体何が起こっているのだ。闇だ。暗黒の闇の中にいる)
手足を動かしてみても何も触れることができない。むろん立っているのか横になっているのかそういった通常の感覚がまったくない。まだ経験したことがないが、もし、これが無重力状態といったものならきっとそうにちがいない。
「ウワーッ! 助けてーッ!」
武蔵は闇の中に吸い込まれるように意識を失った。