光の騎士として目覚めた武蔵は、裏切り者のカンダと闇の帝王との死闘を繰り広げた。
第十話
しかし、炎はすぐに勢いを失った。燃えたのはマントとフードだけだった。煙の中からグロテスクな黒い骸骨のような骨ぼったいみにくい体を晒した。
「うえーっ、なんて気持ち悪いんだ」
その醜悪な姿に武蔵はぞっとした。
闇の帝王は燃え尽きたわけではなかった。それどころか、帝王は、怒ったように黒い目を龍に向けた。
「愚か者め! これでもくらえ」
闇の帝王の骸骨のような指先から赤い閃光がジグザグに伸びて龍の体全身を包んだかと思ったら、激しく弾き飛ばされて城の外に落ちていった。
「あっ、龍さん!」
「ええい、面倒だ! 少し早いが姫とまぐあうとしようか」
「ルフィトリア! 逃げろ!」
武蔵は叫んだ。そして、闇の帝王の前に立ちふさがった。
「邪魔だ! どけ」
「ここは通さん」
武蔵は気を溜めて全身に力をみなぎらせていった。
闇の帝王は武蔵に指を向けたと同時に赤い閃光を放った。
同時に武蔵は飛び上がって剣を振り上げ闇の帝王の頭上から振り下した。
ガキン。
「俺様との決着が先だ」
カンダが武蔵の剣を受け止めた。
「しつこいやつだ」
再び武蔵とカンダが剣を交え始めた。
その間に闇の帝王がルフィトリアを追う。逃げるルフィトリア。王の間から飛び出していく。闇の帝王は空を飛んで後を追う。
「くそっ! 待て!」
武蔵はカンダの剣を跳ねかえし後を追おうとする。
「まだ決着がついていないぞ」
カンダは扉の前に立ちふさがる。
「僕は、あんたを殺したくない。だから、そこをどいてくれないか」
武蔵は、カンダが元の世界に戻ればまた平凡な生活が待っていると思えばこそだ。このまま素直に帰ってほしかった。
「甘い。お前が考えていることなど、わからん俺じゃない。絶対に元の世界に戻らんぞ」
カンダは剣を突いてきた。
シュッ、シュッ、シュッ。
連続技が武蔵の喉や胸を狙ってくる。
武蔵は後退しながら剣を捌く。剣と剣が火花を散らし閃光が部屋の中を満たす。いつはてるとも知れない戦いに武蔵は焦っていた。こうしている間にもルフィトリア姫は闇の帝王に手ごめにされるかもしれない。反転攻勢に出るしかない。
武蔵は龍の言葉を思い出した。
「信じるのだ。お前の中にある力を引き出すのは信のみだ。決して今が限界だとは夢ゆめ思ってはならん」
(そうだ、光の騎士に不可能はないんだ)
武蔵は目を閉じた。するとどうだ。
(見える、見えるぞ。カンダの動きが手にとるように見えるぞ)
それまでは素早い剣捌きに武蔵はやっとの思いでついていたに過ぎなかった。それが、全身の感覚が研ぎ済まされたように武蔵を取り巻く空気や塵に至るまで一つ一つの動きがまるでスローモーションのように感じることができた。
カンダはフェイントを使って武蔵の動きを封じていたにすぎない。ここと思えばあちらから攻めたてているのだ。剣先が変化し胸と思わせておいて喉を突いて来た。武蔵はほんの少しの動きで剣を交えずに剣先をかわした。
「何?」
カンダは武蔵の動きが見えなかった。確実に武蔵の喉を突き刺したと思ったのだ。だが、なんの手ごたえもない。武蔵は依然としてそこに立っている。
「食らえ!」
カンダは再び横から払うと見せかけて胸を突いた。
今度こそは胸を刺し貫いたはずだった。
武蔵は笑っている。
「僕にはあなたの動きが見えるんだ」
次の瞬間、カンダの体は後ろに飛んだ。そして床に転がった。
武蔵の強烈な足蹴りがカンダの溝落ちにヒットしていた。
カンダは起き上がろうとしたが、ガクリと頭を床に落として気絶した。
武蔵はカンダを確認する前にすでに王の間を飛び出していた。
(ルフィトリア、待ってろ! 今、助けるからな)
武蔵は矢のような速さで空を飛んで階段を下った。
悲鳴が聞こえる。
ルフィトリア姫は王の間を出て階段を駆け降りていった。そのすぐ後ろを闇の帝王は飛んでルフィトリアを捕まえると、窓から外に飛び出して城の尖塔に登った。
さして広くない塔の頂上部は城の中で一番高い。
ルフィトリアの体を両手で後ろから拘束したまま、べロリとルフィトリアのうなじを舐めた。
「イヤーッ! やめて!」
おぞましいまでの闇の帝王のごつごつした骨がルフィトリアのしなやかな肉体を戒めてまったく身動きができない。
ルフィトリアの体に悪寒が走り、気を失いそうになるのをやっとの思いで持ちこたえていた。
「まだ、少々早いが、邪魔が来ないうちにお前の体をいただくとしよう」
闇の帝王は、ルフィトリアのドレスをめくり始めた。
(武蔵、助けて!)
ルフィトリアは心で絶叫した。
「その子に手を出さないで!」
突然、龍の頭が伸びてきて、闇の帝王の頭にかぶりついた。
「愚か者め! わしに逆らいおって。ルフィトリア姫と交わるまでは生かしておこうと思ったが、やむをえぬのう、死んでもらおう」
龍の口の中で闇の帝王はそうしゃべった。そして、ルフィトリアの体から手を放した。ルフィトリアはよろっと床に手をついた。闇の帝王は両手で龍の首を絞めた。
「あう、苦しい」
龍は苦しそうにあえいで闇の帝王が口から現れた。
「死ね!」
龍は悶絶した。そして煙とともに龍の姿が消えて一人の女性が床に転がった。
「あっ、お母さま。どうして」
ルフィトリアは母の傍にひざまずいて抱き抱えた。
「おお、ルフィトリアや、すまない。お前を助けられなくて」
息絶え絶えに女王はやっとの思いでうめいた。
「お母さま!」
「おとなしくしていれば、龍の姿でも生きていられたのに」
「なぜお母さまをこんな目に」
「取引をしたのよ。あなたを守るために」
「そうさ、本来なら、永遠の命を得るには若いルフィトリア姫とのまぐわいが必要だった。だが、お前の母は自らをわしの前に身を投げ出した。それゆえ、わしは確かに永遠の命を得たと思った。だが、得たのは数百年の命でしかなかった。やはり年増では無理だったのさ。さあ、こい、お前の母の前でといそげようぞ」
闇の帝王はぐいとルフィトリアの腕をつかんだ。そして引き寄せて唇を奪おうとした。
(ああ、武蔵)
「待て!」
(あ、その声は)
「話は聞かせてもらった。闇の帝王よ。今こそ、その息の根を止めて見せよう」
塔の頂上部に武蔵は立っていた。
「これは、驚いた。あのカンダを負かしたのか。まあ、いいだろう。ルフィトリアをいただくのは今しばらく待ってやろう」
闇の帝王はスルリと塔から抜けて宙に浮かんだ。
「どこからでもかかってこい。ひねりつぶしてくれる」
闇の帝王は悠然と言ったが、次の瞬間、腕が伸びて武蔵の胸を打っていた。
気づいた時には、体が後ろにふっ飛んでいた。
(速い)
飛ばされながら、それが武蔵の率直な感想だ。
だが、すぐに体制を整えて、闇の帝王に挑んだ。まっすぐに飛んで剣を袈裟がけに切り裂いた。しかし、そこには闇の帝王の姿はなかった。反対に後ろから背中に衝撃を受けてくるくると回転して空を飛んで城の壁面に激突した。
バラバラと壁の石が割れて落下していく。
「なんの、これしき」
武蔵は途中で踏みとどまり、飛びあがった。そして、剣に渾身の力を込めて闇の帝王に突きを食らわした。
「ふん!」
闇の帝王は体を捻ってこれを避けた。だが、武蔵は剣はそのまま横に払った。
ガシッ。
剣が闇の帝王の骨に食い込んで止まった。
「ふむ、やるな。だが、そんな剣ではわしは倒せぬぞ」
「何!」
闇の帝王の骨が鋭く尖った槍のように変形し、武蔵めがけて飛び出してきた。
「うわっ!」
驚いて飛びすさった。
ビュッ、ビュッ、ビュッ。
武蔵の後を追うように十数もの骨槍が伸びてくる。凄まじいまでの速さで武蔵の体を刺し貫こうとする。後退しながらかろうじて剣で打ち払うもののすぐに息が上がってきた。
「ぐっ!」
肩に熱い痛みが走った。
「しまった!」
一本の骨槍が突き刺さっていた。
片手で引き抜こうとしたが、貫いた槍先が開き鉤爪のように肉に食い込んでしまった。
「つかまえたぞ。もはやこれまでだ。ここまでよく闘ったと褒めてやる。覚悟しろ」
闇の帝王は、グイと骨槍を戻すと武蔵の体ごと帝王の目前にたぐりよせた。
底知れぬ深い闇のような目で武蔵の目を覗きこんだ。
武蔵はぞっとした。
帝王の目の奥に無限の闇の広がりをみた。そして何か得体の知れない何かがうごめいているような不気味な空間だ。武蔵は思わず引き込まれそうな気になった。
闇の帝王は片手を振り上げた。人さし指の先が鋭く尖った錐に変形した。そして、武蔵の眉間に触れた。
(ああ、このまま、死ぬのか)
武蔵は覚悟を決めた。母や父や友人たちの顔が浮かんできた。そして、最後にルフィトリア姫の悲しそうな顔が浮かんだ。
(俺はここで何をしているんだ。光の騎士の使命を果たすのではなかったのか)
僕には無敵の聖なる剣と、無敵の力を秘めているのではなかったのか。まだそれを引き出してはいない。
「まだ、終わっちゃいない」
「何?」
「光の騎士は無敵なんだ!」
武蔵が叫んだ。
全身がまばゆく輝いた。武蔵の体が光で満ちあふれた。魔法の王国を覆っていた陰鬱な空間が一気に明るくなった。
「なんと!」
あまりにもまぶしい光の束が、闇の帝王の見開いた目の中に突進していった。暗闇の中で超新星爆発が起こったように光の爆発が起こった。光は闇の帝王の全身を貫いて体の外まで広がった。
「グエッ!」
闇の帝王は体をのけぞらせて武蔵から逃げ出した。だが、武蔵は赤く光り輝く聖なる剣を握りしめて逃げる闇の帝王に向かって投げた。真っ赤に燃えた火のような聖剣はまっすぐに飛んで闇の帝王の心臓を貫いていた。
「うをーっ! こんな、こんなはずじゃ」
闇の帝王は苦しそうにうめいた。
次の瞬間、闇の帝王は爆発し、木っ端微塵に砕け散った。
すると天を覆っていた黒雲がちぎれるように引いて、真っ青な空が現れた。そして、光り輝く太陽がさんさんと地上に降り注いだ。光に包まれて枯れた木々や草花が一斉に芽を噴き出し緑の葉を茂らせ、赤や黄色や紫と色とりどりの花が咲き誇った。
天地が一変したことに気づいた街の人々は、恐る恐る戸をあけて表に飛び出してきた。そして元の世界が戻ってきたことを知ると、歓喜の声をあげて踊りだした。