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武蔵の前に現れた白マントの謎の美少女は何者?

第一話


「うん、あれはなんだ……」

 郷田武蔵は、街灯の下でゴソゴソと何かが蠢いているのに気づいた。

 夜の九時、空はどんより曇っていて今にも雨が降りそうだった。街灯の蛍光管がチカチカと瞬いていて、そのぼんやりとした明かりの下で、地面に白いものが横たわっていてもぞもぞと動いていたのだ。

 武蔵はゆっくりと近づいていった。

 その白い物体から手足がのぞいている。どうやら人のようだ。

(酔っぱらいかな)

「ううー、うう……」

「あのー、大丈夫ですか」

 武蔵が声をかけたときだ。

 白い影がガバッと立ち上がりざま、キラリと光る長いものが武蔵を襲った。

「ウワッ!」

 武蔵は仰天して咄嗟に後ろに飛びのいた。もし、武蔵が剣道の有段者でなかったら、少なくとも無傷ではいられなかったであろう。


「な、何すんだよ!」

 背負っていた防具袋を地面に降ろしながら武蔵は愛用の竹刀を構えた。

郷田武蔵は高校二年生。剣道二段の腕前だ。近々始まる県大会の参加を控えて練習してきた帰りだ。


 チカチカする街灯の下に立つ人物は、真っ白いマントを着用して、頭から白いフードを被っていて、顔がはっきりと見えなかった。ただ、両手に握られているのは鈍く光る両刃の剣であることは間違いなかった。その長さは一メートル半ぐらいはありそうだ。

(冗談じゃないぞ。あんな物騒なものを振り回すなんて尋常じゃない。強盗か辻斬りか。ええい、時代劇じゃあるまいし。いったい何者なんだ)


「何を言う。お前こそ、闇の狩人め。私を倒しに参ったか」

(女だ……? 闇の狩人ってなんだ) 

 それにしても、耳に心地よい響きをもつ女性の声だ。

 彼女は剣を構えたまま、武蔵にまっすぐ相対し、今にも切り込んでこようという殺気に溢れていた。武蔵は戸惑った。こいつは気が触れているのか。いやいや、声にはなにか威厳があるような……。

「かかって来ぬか」

「待ってくれ、君は誰なんだ。なぜ僕を狙う。金など持ってないぞ」

「何、私を知らぬと申すのか。はて、闇の狩人ではないのか。それにしても、その黒い服に金のボタン、確かに見慣れぬ身なりではあるが……」

(何だ。学生服を見たことないのか。うむ、やっぱり気が狂っているのかもしれないな)

 その時だ。


「キエーッ!」

 突然、暗闇の中から奇声を発して黒い影が、謎の女性の背後から突進してきた。黒い影は大きな羽を広げた真っ黒なカラスのようで、その手には、先が三つ又になっていて鋭く尖った槍のようなものを持っていた。黒影は飛ぶようにして三つ又の槍を彼女に突きだしてきた。

「危ない!」

 武蔵が叫んだと同時に、謎の女性は身を翻し「ヤーッ!」と気合もろとも剣を振った。

 その拍子に頭に被っていたフードが脱げて、輝くような美しい顔が現れた。抜けるような白い肌と金髪が、蛍光灯の冴えない光の中でも映えていた。

 それは束の間だったが、武蔵の目に焼きついた。というのも、彼女の剣にはじかれた黒影の持つ三つ又の槍先が、武蔵の眼前を襲ったからだ。


「ヤベェー」

 武蔵は咄嗟に身をかわし、体を入れ替えた。黒影は数歩先で止まり、振り向きざまに槍を返してきた。武蔵は反射的に、槍を竹刀で払い、流れるように上段から黒影の頭に打ち込んだ。「パーン」と小気味よい音がして見事に面打ちが決まった。

「グゥェッ」

 黒い影はそのままバサッと地面に倒れた。

「なんなんだ、こいつは……ウワッ!」

 黒い影は一つではなかった。同じような黒影が二つ三つ四つとどこからともなく四方から迫ってきた。


「闇の狩人……来たか」

「なあ、こいつらが君を狙ってるのか……」

 単純な武蔵は彼女の美しさに魅了された。と同時にこのような美少女を狙う闇の狩人に怒りを感じた。日本男子としてかよわい女性を守るのは義務だと思った。うむ、しかし、かよわい女性が剣など持つだろうか。いやいや、今時の女性は強くなってる……。


 だが、そんなことを考えている暇はなかった。いつの間にか闇の狩人とかいう化け物に取り囲まれていた。その数五つ。真っ黒い鎧のようなものを身につけ、両腕にカラスの羽のようなものがついていて、手にそれぞれが三つ又の槍を構えていた。武蔵は彼女の前に立ちはだかる。後ろは高い塀になっていて逃げ場がない。

「やいやい、お前ら、女性に乱暴を働くとはとんでもない。俺が相手だ」

 と武蔵は格好をつける。腕には少々自信があるからだ。


「キエーッ!」

 武蔵の啖呵を無視するかのように、奇声を発して、闇の狩人が、黒いカラスのような羽を広げて、黒光する三つ又の槍を突き出してきた。

「トーッ!」

 武蔵の竹刀が槍を弾く。 

 闇の狩人は入れ替わり立ち替わり槍を突いてくる。そのつど、武蔵の竹刀は打ち返していった。


 武蔵は思った。

 こいつら格好は不気味だが意外と動きが鈍い。そのうえ、力がない。最初はその不気味な姿に不安と恐れを抱いていたのだが、いま、こうして戦っていると相手の力量が見えてきたのだ。

「ヨッシャーッ! これでもくらえ!」

 武蔵は得意の上段の構えから、すり足で、正面の化け物の槍を半身でかわしながらついと踏み込んで面を放った。

「バシッ!」

 小気味よい音とともに、竹刀が化け物の脳天を打った。

「グエッ!」

 悲鳴ともつかない声を発して化け物はその場に倒れた。返す刀で隣の化け物の喉に突きを食らわした。見事にヒットし「ギャッ!」と後ろにふっ飛んだ。

 さらに振り向きざま、背後から迫る黒い影の胴を渾身の力をふりしぼって打った。化け物は九の字に体を折り曲げて地面に倒れる。残る敵を迎え撃とうと竹刀を構えた。敵はあっという間に仲間を倒されて躊躇したのだろうか動きを止めた。

 そのため武蔵には余裕ができた。


ちらりと謎の美少女を見た。彼女もまた敵と戦っていた。いつの間にか闇の狩人の数が増えている。

 彼女は、左右から挟まれるように槍先が同時に彼女の胸に迫った。

「ヤーッ!」

 黄色い声を発して、剣で交差した両方の槍を胸の前で受け止めた。しかし二つの影はジリジリと間合いを狭め、彼女を壁際まで追い詰めた。三つ又の槍先が、計六個、彼女の美しい顔に迫っていた。


(危ない!)

 武蔵はこれを見て、脱兎のごとく走り、背後から化け物の首筋に竹刀を打ち込んだ。化け物は「ギャッ」と叫んでくるっと回転しながら壁に当たってその場に崩れ落ちた。

「トーッ!」

 一方、彼女は相手の槍を剣で払いのける。そして、剣先を相手の胸に突き刺した。

「ゲッ!」と呻いてのけぞった。

 しかしながら、倒れた化け物たちはむくむくと起き上がって再び三つ又槍を構えて、向かってきた。

「なんだこいつら、やはり竹刀では無理だ。このままじゃ埒があかないぞ」


 武蔵は、ぱっと彼女の手を握ると走り出した。彼女は何も言わずについてきた。二人は夜の道を走った。

 白いマントを羽織った女性の手が握りかえしてくるのがわかった。温かい手だ。そのうえ柔らかい。一体彼女は何者なのだろう。あのカラスの化け物は何だ。何かがおかしい。彼女の手を握り返し、走りながら考えたが、わかるわけもなかった。


 武蔵は路地を回り、大通りに出た。明るい照明と車の行きかうヘッドライトに照らされてようやく走るのをやめた。

 振り返ってみると、化け物の姿はどこにもなかった。行き交う車や人々が通り過ぎていく。どうやらなんとか撒いたようだ。

 武蔵はほっとした。ほっとしたものの、今までそばにいたはずの彼女の姿がない。

(はて、どこへ行ったんだろう?)


「ウワッ! あの馬鹿!」

 武蔵は慌てて走り出した。

 赤信号を無視して道路の真ん中に不思議そうに立って上を見上げていた。そこへ、十トンダンプがけたたましくクラクションを鳴らして突っ込んできた。

 武蔵は脱兎のごとく駆けより彼女を抱きとめてそのまま数メートル走った。

 悲鳴のような急ブレーキの音が周囲に響いた。ダンプカーは、彼女がいた場所から二メートルほど行き過ぎて止まった。

「ばっきゃろう! 死にてえのかっ」

 ダンプの運転手はそう毒づくと荒っぽく行ってしまった。


「まったく、何考えてんだ」

 武蔵もほっとしながらも白マント姿の少女を睨んだ。

 ところがくだんの少女は、「ここは光がいっぱいで騒々しいのね。ここはなんて国なの?」と、澄んだ青い目を向けてくる。

(うむ、やっぱり頭がおかしいのか。でも、おしいなぁ~こんなに美少女なのに……)

 武蔵はきっと精神病院からでも抜け出してきたのかと考えた。それはともかくこのままにしてはおけない。今もふらふらと車道に歩きかけたのだ。

「あの大きな箱はなんて乗り物、人がいっぱいいるわ」

 道路を走る大型バスに目を見張っている。

「あれは、バスっていうんだ。ともかく、警察へ行こう。そこで君の病院、あ、いやおうちに送ってもらおう」

「警察、病院……? それは、なに?」

 武蔵は彼女の手を引いて、歩き出そうとした。しかし、彼女は動こうとしなかった。


「カンダ老人を探さなければ。案内して」

「カンダ……わかった。きっと警察で探してくれるよ。さあ、行こう」

「警察でカンダ老人がわかるのか」

「ああ、そうさ」

 武蔵は面倒になって適当に答えた。

「いいわ。案内して」

(頭がおかしいわりには、素直だな)


 駐在所は駅前にある。歩いて十分ぐらいだ。自宅には遠回りだが、仕方がない。おなかもすいてきたし、母が今ごろは心配しているだろう。もう、とうに帰宅時間をすぎている。剣道部の練習で遅くなって、そのうえ頭のおかしい女性と遭遇し、黒い化け物みたいな連中に襲われて、今夜はまったく尋常じゃない。これはきっと夢に違いない。しかし、この目の前の美少女の手の感触はどうみても本物だ。冷静になって考えると奇妙なことばかりだが、まあ、しかし、ともかく警察にまかせるしかないと思った。


「あ、待って、感じるわ」

 彼女は突然立ちどまり、武蔵の手を振り払って二階建てのビルに向かって走り出した。

 武蔵がみると、それは市立図書館だった。

(参ったな。今度は調べものかよ)

「おーい、待てよ。もう夜の十時だぜ。図書館は閉まってるよ」

 呆れたように後ろから呼び掛けた。

 そんな武蔵を無視して彼女はガラスの扉をドンドンとたたきだした。

「だから閉まってるって。ウワッ! やめろ」

 武蔵は慌てた。


 なんと彼女は鞘に収めていた剣を抜いて、振りかぶってガラスを叩き割ったのだ。

「ガシャン!」

 ガラス戸は粉々に壊れた。

「ウワッ、やってくれたな。僕は知らないからな」

 彼女はそんな武蔵をしりめに割れたガラスを踏みしめて図書館の中に入っていった。

「おーい、不法侵入だぜ。ああ、もうどうすりゃいいんだ」

 武蔵は両手をあげて溜息をついた。

 警察に連絡すべきかな。とりあえず、とっつかまえるしかないか……。武蔵は戸惑いながら後を追った。図書館一階のロビーを通って、カウンターの脇を抜け奥の部屋に向かうマント姿の少女の後を追った。

「なあ、やばいって。戻って来いよ」

 武蔵は叫んだ。

 書庫の脇の通路を抜けると、右の部屋は宿直室になっていた。


「ここ、カンダ老人いた……」

 彼女はそうつぶやいた。

 部屋のドアを開けて彼女は入っていった。

 机と椅子が置いてあり、小さな台所にはヤカンとか湯飲み茶碗にお茶やコーヒーなどの飲み物がきちんと整理されて棚に収まっていた。さらに奥の部屋にはベッドが置かれていた。今まで誰かがいたような気配がある。

 巡回にいったのだろうか。


「なあ……警察が来る前に……いや、このまま警察が来るのを待った方がいいのかな……まてよ、俺も不法侵入になるのかな、ああ、完全に面倒に巻き込まれた。参ったな」

 武蔵はぶつぶつ文句をいいながらも、茫然と美しい彼女の姿を眺めていた。

それにしても、彼女がほんとに気が触れているとは思えなかった。と言うのも、彼女の目は少しも濁ったところがなく、実に涼やかだった。言っていることはわけがわからないが、一つ一つの行動は筋が通っているように感じていた。


 彼女は部屋の中央で何かを探しているようだった。スチール製の使い古した机の上のブックエンドには数冊の本が並べられていた。

 彼女の視線の先は古ぼけた本に向いていた。

 武蔵が目に止めた本のタイトルには『魔法』『魔術』とか『妖術』などの文字が読みとれた。


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