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第8話 癒しの手が導く、ふたりの始まり。静かに触れ合う温もり

静かな時が流れるなか、その空白さえも心地よく感じていた、まさにそのとき――


「夕食まではまだ少し時間があるのでもう少し、くつろいでいてください。お茶を持ってこさせますね」


そう言って、レオンが椅子から静かに立ち上がろうとする。


その背を見たセレナは、思わず口を開きかけた。

もっと話したかった、少しでも長くこの穏やかな空気に包まれていたかった。

だけど、うまく言葉が出てこない。


衝動のまま手を伸ばすと――


「……っ」


ほんの指先が、彼の手にかすかに触れた。

その一瞬、胸の奥にしこりのように残っていた重さがふっと和らいだ気がして、セレナは思わず息を呑む。


レオンもまた、わずかに眉を動かす。

深く染みついた痛みに慣れた体が、ふと静けさに包まれたような、不思議な感覚だった。


「あっ……申し訳ありません、つい……」


慌てて手を引こうとするセレナ。

だがレオンは首を横に振り、ゆっくり視線を落とした。


「大丈夫です。……なんだか……」


彼はそっと目を合わせると、少し微笑んだ。


「あなたに触れられた途端に、体が軽くなったように感じて」


その言葉に、セレナの心臓が跳ね上がった。


(……えっ? まさか、今のが……“呪い”を解く手がかり……?)


ただ触れただけ。

それなのに、何かが確かに起きた気がして、彼女の中で思考が渦を巻く。


しばし沈黙のあと、レオンが優しく告げた。


「……お茶は後ほどにして、もう少しここでお話しませんか」


「……はい」


思いがけない申し出に胸が高鳴る。

そして――


「あの……隣に座っても、いいでしょうか?」


心臓が跳ねるようなその問いに、セレナは咄嗟に言葉を失った。


「わ、私……」


戸惑いながらも、頬を染めて視線を彷徨わせ――やがておそるおそる、彼の瞳を見上げた。


「……どうぞ……」


か細くも、確かな声で返事をする。


レオンが彼女の隣に腰を下ろすと、その距離はほんのわずか。

セレナには、そこに熱が走るような気がしてならなかった。


(顔、見れない……。目が合ったら、この鼓動まで伝わってしまいそうで――)


じっと固まるセレナの横で、レオンがそっと顔を向ける。


「……名前で、呼んでも?」


低く、優しい声音で尋ねられ――


「……はい」


目を伏せて、短くそう答えた。


「……セレナ」


耳元に響くその声に、心の奥が震える。

反射的に顔を向けたとき、間近にあった瞳に、息を呑んだ。


(……どうしよう。ドキドキが止まらない……)


見つめられているだけで、熱がこみ上げる。

そして、気づいてしまった。


ーー彼の頬も、ほんのり赤い。


夜の空気が静かに満ちていく。

再び落ち着いた声が響いた。


「……さっき君に触れたとき、少しだけ痛みが消えたような気がして」


その声に、セレナの胸がきゅっと鳴る。


「やはり……君には特別な力があるのかもしれない」


戸惑いながらも、彼女は小さく息を吸い込んで――


「……そんな大げさなものでは。でも、私も……楽になった気がして」


ふたりの目が重なった。

そして、


「……もう一度、確かめても?」


静かなその声に、セレナは頷いた。


そっと重なる手。

ふれた瞬間、鼓動が跳ね、胸がきゅっとなる。


セレナは意を決して、彼の手を握り返した。


生まれて初めて繋いだ手。

大きくてごつごつしているのに、驚くほど丁寧に整えられ、美しかった。


(……綺麗な手)


骨ばっているのに、節まで整っていて。

ただ触れているだけで、心が震える。


するりと指が絡まり――


恋人繋ぎになった瞬間、セレナの肩が微かに震えた。


「……っ」


戸惑いと甘さが入り混じる、熱を含んだ空気が流れる。


「……本当に体が軽くなる。……ありがとう」


その声に、セレナは俯いて、震える睫毛を伏せた。


ただ、手を繋いでいるだけ。

けれどそこには、甘くて熱い沈黙があった。


(なぜ……?)


体の中にたまっていた重さが抜け、息がしやすくなる。

この手に触れているだけで、少しずつ和らいでいく。


(わからないけど……もっと、触れていたい……)


これまで誰にも抱かなかった想い。

けれど今は、心からそう願っている。


(こんなふうに、誰かに寄り添いたいと思えるなんて……)


レオンの手が自分をやさしく受け入れてくれている気がして。

彼の存在が、今の自分を肯定してくれている気がした。


(もし触れることで、少しでも公爵様を癒せるなら……)


胸の奥が、あたたかく満たされていく。


「……不思議ですね」


レオンがぽつりと呟いた。


「今日が初対面とは思えないくらい、あなたといると心が穏やかになる」


その言葉に、セレナの心臓が跳ねた。

顔を上げ、レオンの瞳を見て――すぐに照れたように視線を逸らす。


「……私も、そう思います」


手を繋いだまま、ぬくもりを確かめ合うふたり。


……この手を離したくない。

でも、それを口にするのが少しだけ怖かった。


「……ひとつ、お願いがあるのですが」


レオンは言葉を選ぶように一拍置き、目を伏せて続けた。


「あなたに触れると……本当に、体が軽くなるんです」


そして、まっすぐに彼女の目を見つめる。


「できれば……一日に一度で構いません。あなたの手を、握ってもいいでしょうか」


思いがけない言葉に、セレナは驚き、瞳を見開く。


「無理にとは言いません。ただ、これは私の願いです」


彼の真摯な声に、セレナはそっと俯きながら答えた。


「私……ずっと体が重くて、それが普通だと思ってたんです。朝起きるのもしんどくて、何をするのも疲れて……でも、こうしてると――」


指先に意識を向けるように、握られた手をきゅっと握り返す。


「……ほんの少し、体が軽くなる気がして。」


目を伏せながらも、はっきりと口にする。


「だから……もし、私でよければ……こちらこそ、お願いしたいです」


その微笑みに、レオンは何も言わず、そっと見つめ返す。

手と手が、ふたたび強く結ばれた。


***


その夜。

セレナは寝台の上で膝を抱え、胸の高鳴りに耳を澄ましていた。


(……あたたかかったな)


思い出すのは、あの手の感触。

やさしく包み込む力。

そして、するりと絡んできたあの綺麗な指先。


(どうしよう……)


枕に顔をうずめて、布団を抱きしめる。

でも、あの瞳も、声も、名前を呼ばれた瞬間も――頭から離れなかった。


「……レオン様……」


ぽつりと漏れた声。

それだけで、胸がぽっと灯るようにあたたかくなる。


“毎日、手を繋いでもいいか”なんて――そんなお願い。


優しくて、まっすぐで、嬉しくて。


(体が軽くなるから、だけじゃない。もっと……繋いでいたいと思ってしまった)


まっすぐに私を見つめてくれたその人。

今日、初めて出会ったばかりなのに――


(……どうして、こんなに心が揺れるの……?)


その答えをまだ知らないまま。

セレナは、芽吹いた気持ちをそっと胸に抱きながら、静かに目を閉じた。

最後までお読みいただきありがとうございます♡

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