第74話 結婚式前夜、”家族”への感謝
※こちらは全年齢向けに甘さ多めで改稿した作品です。
以前の作品を読まれている方は、内容が重複する部分がありますのでご注意ください。
基本糖分高めで甘やかされます♡
結婚式前日。
リナが涙ぐみながら、セレナの最終フィッティングの様子を見守っていた。
「公爵邸で神父さんを呼んで、身内だけで式を挙げる。セレナ様らしくて、きっとあったかい式になりますね……っ」
そう言いながら、目元をぬぐう彼女の姿が、胸に沁みる。
(この人は、私にとって――)
一番最初に、この屋敷で優しくしてくれた人。
何もわからなかった私を気遣い、いつも私のことを一番に考えてくれた。
一緒に笑って、時には泣いて。
まるで姉のように、ずっとそばにいてくれた。
(……本当に、あたたかい人)
「ありがとう、リナ。……いつも一緒にいてくれて。これからもよろしくね」
セレナがそっと腕を伸ばして抱きしめると、リナはぽろぽろと涙をこぼしながら、そっと抱きしめ返してくれた。
「……明日、大事な日ですから……っ、しっかり疲れを取ってきてくださいね……」
「リナ……泣かないで。……ありがとう。行ってくるね」
もう一度ぎゅっとリナを抱きしめて、ユノの施術室へと向かった。
◆
ユノの部屋を訪れると、彼女は準備を整えて待っていた。
「あれ、またベル来てるの?」
「はい、ちゃっかりお昼寝していますよ」
ベルは施術ベッドの隣にユノが作ったという専用のクッションの上で丸くなっていた。
セレナはふっと笑って首をすくめる。
「ユノ、いつもありがとう。……ベルともども、ね」
「セレナ様のためなら、いつでも」
ユノはいつものように静かに微笑みながら、手を差し出してくれる。
(最初は、もっと堅い表情をしていたのに……)
最近では、よく笑う姿を見るようになった。
淡々として見えて、その実いつも周りのことをよく見ていて。
公爵家の人々を、私のことを――陰から静かに、でも確かに支えてくれている。
(付き合いは短いけれど……不思議な“縁”を感じる)
まるで、ずっと前から知っていたような――懐かしさに似たものさえ、心に滲んでくる。マッサージを受けながら、セレナはふと出会った時のことを思い出した。
(……最初に会ったとき。“懐かしい”って言ってたの、なんだったんだろう……)
心の中でふとよぎった疑問を胸にしまいながら、マッサージ台に身を預ける。
――不思議な縁。その答えは、いつかまた、わかる日が来るのかもしれない。
◆
身体の力が抜けるような心地よさに包まれながら、ユノに礼を言って部屋を後にした帰り道――セレナはふと足を止めた。
この時間なら、備品室にいるかもしれない。
そう思い、静かに扉をノックすると――
「あ、いた。アレク」
彼は棚に向かって書類をまとめていた手を止め、すぐにこちらを振り向いた。
「明日、よろしくね。……いつもレオンを支えてくれて、ありがとう。今日は、ちゃんと感謝を伝えたくて。……ちょっと寄ってみたの」
アレクはいつも通り、控えめな笑みを浮かべたまま深く一礼する。
「……公爵様とセレナ様にお仕えできて、幸せです」
言葉は少ないけど、その表情に彼なりの誠意が滲んでいた。
(アレクは、先代の頃からずっと公爵家に仕えてくれていて……レオンがご両親を亡くしたときも、ずっとそばで支えてくれてたって言ってた……)
その背中は静かで頼もしく、レオンにとっても、きっとかけがえのない存在。
そして、今では私にとっても――
(冷静で、時にはちょっとおちゃめで……本当に、大切な人)
そっと心の中で呟いた。
(……これからも、一緒に公爵家を支えてね……)
心の中でそうそっと呟き、頭を下げた。
そして、胸にじんわりとした温かさを抱きながら、静かに寝室へと戻っていった。
◆
寝室へ戻ると、すでにレオンは先に中にいて、窓辺のカーテンを閉じているところだった。
レオンは振り返って私の姿を見つけるとにこりと笑った。
「……遅かったね」
「うん。……ちょっと、みんなに挨拶してたの」
レオンの眼差しが、そっと優しく揺れる。
その瞳に映る自分の姿を見つめながら、セレナは微笑んだ。
「明日、結婚式だね」
「……ああ。やっとだね」
――思えば、本当にいろんなことがあった。
誰からも必要とされずに過ごした、十八年間。
暗闇の中で息をひそめるように生きてきたあの頃――
ただ、静かに時が過ぎていくのを待っていただけだった。
そんな私の世界が変わったのは、レオンと出会った日からだった。
誰かに必要とされることが、こんなにもあたたかくて、心を満たしてくれるものだなんて。
どんな時でも、私の手を握ってくれて。
どんな時でも、私の心を見てくれて。
私という存在を、まるごと肯定してくれる――
心の底から、愛しい人。
(……この人となら、どんな未来も、きっと歩いていける)
それは長いようで、短かった。
たくさんの出来事を乗り越えて、ようやくたどり着く“明日”。
「……不思議だね。あんなに遠く感じていたのに、もう、明日なんだって」
「うん、あっという間だった。……セレナが隣にいてくれて、本当に嬉しい。」
レオンはそう言って、そっと私の髪に触れる。
指先が柔らかくこめかみに滑り、耳元で囁かれる声が心に染み込んでいく。
「明日は、誰よりも綺麗な君を独り占めできる日だ」
「……ふふ、それは明日だけ?」
「違う。……これからも毎日、君を独り占めするつもりだよ」
その言葉に、セレナの頬がほんのりと染まる。
レオンの指先が顎に添えられ、軽くキスをするとすぐに離れた。
(……意識を失ってから、レオンがあんまり触れてくれなくなった)
私のことを気遣ってくれているのは分かってる。
けれど、どこか距離を感じて、胸がきゅっと痛んだ。
そっと、レオンの背中に腕をまわして、ぎゅっと抱きしめる。
「……ねえ、レオン」
「……?」
「最近あんまり触れてくれないけど……もしかして、呪いが解けたから、もう……そういうの、必要ないって思われてるのかなって……」
その言葉を口にした瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
レオンの体が、ぴくりと震える。
「……違う。そんなわけない」
振り返った彼の瞳が切なげに揺れていた。
「大丈夫じゃないよ。……セレナが可愛すぎて、触れたら止まらなくなりそうで。……また無理をさせたらって思うと、怖くて……」
その言葉に胸が熱くなる。
セレナはそっと笑って、レオンの頬に触れた。
「私も……レオンに触れてほしいよ。ずっと、レオンのことしか考えてなかった」
ぽつりと呟いた私の声に、レオンの肩がぴくりと揺れた。
見つめ合う視線。
どちらからともなく、ふわりと距離が近づいて――
呼吸が、重なる。
声も出せず、まばたきも忘れたまま――
ふたりを包む空気が、静かに、あたたかく溶け合っていった。
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