第72話 かつて“いらない子”と言われた少女が、本当の決別を。
※こちらは全年齢向けに甘さ多めで改稿した作品です。
以前の作品を読まれている方は、内容が重複する部分がありますのでご注意ください。
基本糖分高めで甘やかされます♡
――陽光がやわらかく降り注ぐ午後の庭園。
慌ただしく過ぎていった日々もひと段落し、私はミアとともにゆったりとしたティータイムを楽しんでいた。
「そういえば、セレナ様」
ミアはティーカップを静かに置き、微笑みを浮かべる。
「まもなく治療院の開院でしたよね?」
「はい。……といっても、私がしたのは“治療用の聖石”を作るところまでで。あとは、現地の従業員の方々が準備を進めてくださっています」
「まあ、それこそがセレナ様にしかできないことではありませんか」
ミアはごく自然な口調でそう言い、優雅に笑った。
「さすが“聖女様”ですわ。初めてお目にかかった時から、ただならぬ雰囲気をお持ちの方だと感じていましたもの」
「……ふふ。でも、今回の治療院は皇室の後押しがあってこそのものです」
前皇帝陛下から賜った褒美を受けて――
私は、かねてより温めていた構想通り「アルシェリア伯爵家」の跡地を希望した。
治療所の計画書を提出したところ、皇家より資金の援助も約束されることになったのだった。
「最近は、神殿も“祈りの場”としての役目しか果たしていないそうですし……」
カップを置いて、私は静かに続ける。
「ですので、その代わりになるような、“癒しの場所”が必要だと感じたんです」
「身分を問わず誰もが利用できる場……」
ミアは目を大きく見開き、感嘆をにじませた。
「本当に、セレナ様って素晴らしい。もちろん、アルバレスト伯爵家としても全面的にご支援いたしますわ」
「ありがとうございます。……でも、聖石だけではどうしても限界があるので」
私はほんの少しだけ微笑み、本音を口にした。
「重い病や大きな怪我には、やはりお医者様の力が必要になります。ですから……協力しあって、支え合っていけたらと思っていて」
「そういうところがまた、セレナ様らしくて素敵ですわ」
ミアはやさしく目を細める。
「“聖女”であってもおごらず、人と手を取り合おうとされるその姿勢……感服いたしますわ」
――いずれは、皇都の医療施設にも“聖石”を配布していきたい。
人手不足を少しでも補えれば、より多くの命を救えるはずだから。
私一人では、到底足りない。
だからこそ――誰かと手を取り合って、“癒しを分かち合える場所”を作っていきたい。
ミアはカップを静かに置き、やわらかな笑みと共に言葉を添えた。
「そろそろお時間のようですので……私はこのへんで失礼いたしますわ」
「……はい。本日はありがとうございました。ぜひまた、ゆっくりいらしてくださいね」
私も立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「ふふっ、もちろんですわ。今度は“アドバイス”たっぷりさせてくださいね」
相変わらず容姿に似合わず大胆なことを言うミアに、たじたじになりながらも背中を見送った。
◆
その後、護衛の騎士たちを伴って、私はアルシェリア伯爵家の跡地へと向かった。
元の屋敷を活用しながら、改修や整備は順調に進められている。
あとは、聖石を所定の位置に設置するだけ――
――二度と足を踏み入れることはないと思っていた場所。
深く傷つき、涙を流し、閉じ込められていたあの頃。
けれど今、その地が“誰かを癒す場所”に生まれ変わるのだと思うと、胸の奥で疼いていた痛みが、少しだけやわらいだような気がした。
玄関ホールでは、数名の駐在従業員たちが慌ただしく最終確認を行っていた。
「この聖石をここへ置いて……患者さんには、手をかざすようにご案内をお願いします。
効果は一定期間で切れるため、定期的に新しいものをお届けする予定です」
そう指示を出しながら、私はその様子を見守っていた。
――そのときだった。
きぃ、と、扉の軋む音が響いた。
ゆっくりと開いたその先に、ひとつの人影が立っていた。
「……セレナ?」
胸の奥で、何かがぱんとはじけた。
もう二度と“その人たち”に名前を呼ばれることはないと思っていたのに。
(……!?)
心臓が、不快なほど強く跳ねた。
声に応えることもできず、私はただ視線を向ける。
そこにいたのは――
かつて、私を“いらない子”と呼んだ人たち。
父と母、そして姉が、今までに見たことのない優しげな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
戸惑いと驚きで、私はその場から動けなかった。
すると彼らは、何事もなかったかのように、まっすぐこちらへ歩み寄ってくる。
「セレナ!」
即座に、騎士たちが私の前に立ちはだかり、三人の接近を阻む。
「お願い、助けて。爵位も剥奪されて、家も追われて……もう行き場がないの。
セレナが治療院を作るって聞いて、もしかしてって来てみたら……本当に、あなたがいて……!」
「ねえ、一緒に公爵家で暮らさない?あの屋敷なら、部屋の一つや二つくらい空いてるでしょう?」
その声は、まるで最初から温かな家族だったかのように甘く響いた。
――何も感じなくなったと思っていた。
でも、それは錯覚だった。
(……どうして今さら……?)
封じ込めていた感情が、胸の奥でざわざわと揺れ動き始める。
忘れたはずの傷が、ふいに痛み出す。
(落ち着いて……私はもう、あの頃とは違う。ひとりでも、ちゃんと対処できる)
静かに深呼吸し、心の中でそっと、愛しい彼の名を呼ぶ。
それだけで、不思議と気持ちが整っていく。
私は呼吸を整えて、やわらかな微笑みを浮かべた。
「ご用件は何でしょうか?こちらは、どなたでも治療を受けられる“聖石の間”です。開院はまだですが、もし体調に不安があるのでしたら、ご案内いたしますよ」
そして、もう一度深く息を吸い込んで――
「……治療以外のご用件でしたら、お引き取りください」
短い沈黙。
「ご退場願います。これ以上の接触は、固くお断りいたします」
騎士が一歩前に出て、進路をふさぐ。
私は従業員に向き直り、落ち着いた口調で声を掛けた。
「あとは、先ほどの指示の通りにお願いしますね。よろしくお願いします」
家族だった者たちの脇を静かに通り過ぎ、私は馬車へと歩を進めた。
そのとき、母の声が荒々しく飛んでくる。
「どうせ男に媚びて気に入られたんでしょう!私たちが育ててやったのに、感謝もないなんて!」
「そうよ! 私たちがいなきゃ、今のあんたなんていないのよ!」
「この、恩知らず!」
怒鳴り声と罵声が飛び交うなか、私はただ静かに歩き続けた。
「……もう、聞かなくていい」
背中に浴びせられる声を、風がさらっていく。
数名の騎士をその場に残し、私は馬車へと戻っていった。
二度と振り返ることのない過去に、静かに幕を下ろすように。
車窓から見える街並みが、ゆっくりと流れていく。
――この道を通るのは、あの日以来だった。
すべてを置いて、ベルとともに公爵邸へ向かった、あの忘れられない日。
(……レオンに会えて、本当によかった)
ふっと、自然に笑みがこぼれる。
心の中に、あたたかな光が灯っていた。
「……うん。設置も終わったし、準備はばっちり。完璧ね」
そう小さく呟いて、私は微笑みながら馬車の窓を閉じた。
向かうのは、胸を張って帰れる“私の居場所”――公爵邸。
◆
後日――。
午後の陽がやさしく差し込む庭園で、
私とレオンは、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「“聖石の間”、稼働を始めたみたいだな」
「うん、従業員の方たちがしっかり対応してくれてるみたい。私も、時々様子を見に行こうかなって思ってるの」
“聖石の間”は、多くの人の手と想いに支えられながら、静かに幕を開けた。
一部の貴族からは反発の声もあったものの、
領民の暮らしを案じる人々からは、少しずつ支援の申し出が届き始めている。
(私にも、できることがある――)
そう実感できる日々が、心をふんわりとあたためてくれる。
すると、隣にいたレオンが少し申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「……護衛に就いていた者から報告を受けたよ。 “接近禁止令”を出していたんだけど……顔を合わせることになってしまって、ごめん」
私はそっとカップを置き、小さく微笑む。
「ううん、大丈夫だった。……ちょっと驚いたけど、レオンの顔を思い浮かべたら、不思議と落ち着いたの」
その言葉に、レオンがふっと目を細めた。
「……そうか。じゃあやっぱり、国外追放にしておいて正解だったな」
「……え?」
ぽかんとする私に、彼はさらりと続ける。
「接近禁止令を破った時点で、処罰は当然だろ?でも、セレナは“厳罰にしないで”って言い出しそうだったからさ。だから、最大限に“優しくして”国外追放にとどめた」
「……えええっ!? 国外追放って……やりすぎじゃないの!?」
「でも、君を傷つけた代償としては、妥当だと思ってる」
淡々とした口調のまま答える彼に、私は驚きつつも、どこか心の奥がすっと軽くなるのを感じていた。
「……もう、元の家族は居ないけれど」
ぽつりと、言葉が口をついて出る。
「……レオンが、私の家族になってくれて、本当によかった」
その一言に、レオンの動きが一瞬止まる。
少しだけ驚いたような表情を浮かべて、それから――
「……俺の方こそ。セレナと家族になれてよかったよ」
ふたりの視線が、静かに重なった。
何も言わずに、そっと手と手を重ね合わせる。
「……レオン」
私は彼の腕にそっと顔を寄せて、言葉を紡ぐ。
「……今だから、言ってもいい?」
「うん?」
「――結婚式、したいの。ちゃんと皆の前で、あなたの隣に立ちたいって……思ってる」
レオンは少し驚いたように目を見開いたあと、静かに微笑み、やさしく私の手を握り返してくれた。
午後の陽だまりの中で、静かに寄り添うふたり。
確かに、“家族”になったふたりがそこにいた。
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