第67話 祈りが導く奇跡――ついに解呪へ!聖域に響く光と祈り
※こちらは全年齢向けに甘さ多めで改稿した作品です。
以前の作品を読まれている方は、内容が重複する部分がありますのでご注意ください。
基本糖分高めで甘やかされます♡
馬車の中には、静けさが満ちていた。
車輪が石畳を揺らす音と、レオンの浅く乱れた呼吸――それだけが耳に届く。
セレナはそっとその手を握り、滲む汗を丁寧に拭っていた。
何度も頬や額を撫でる指先は、熱を確かめるように微かに震えている。
「……朝にも、発作があって。でも、私が近くにいたら少し落ち着いてくれたの」
言葉を選ぶように話すセレナに、ティオが静かに頷く。
「……君の力が、働いたんだね」
「うん……そのまま眠ってくれて。夜までは穏やかに眠ってたのに、さっきからまた……」
かすれる声で続けるセレナの隣で、ティオは小さく頷いた。
一瞬、どこか複雑な表情を浮かべたが、それ以上は何も言わず、そっとレオンの様子を覗き込む。
「でも、希望はあるよ」
ティオは書類の端を指先で軽く叩いて言った。
「あと少し……数パターン術式を試せば、完成に近づけると思う。どの組み合わせが“元に戻す”術式として反応するのか、今慎重に検証中なんだ」
馬車のわずかな揺れに合わせて、ティオの声も微かに震える。
「セレナちゃんがいてくれるなら、大丈夫。あとは――本当に、あと一歩なんだ」
その言葉に、セレナは視線を伏せ、眠るレオンの頬をそっと撫でた。
(絶対に……助ける)
癒術理院の前で、馬車がゆっくりと止まった。
レオンの手を握ったまま、セレナは静かに顔を覗き込む。
赤みを帯びた頬、浅く上下する呼吸――どれも、まだ不安を拭えない。
その横で荷を降ろしていたティオが声をかけてくる。
「……セレナちゃん。本当に、覚悟はできてる?」
顔を上げると、ティオのまっすぐな眼差しがこちらに向けられていた。
「前にも言ったけど……使う血の量が多い。途中で気を失うかもしれないし、命に関わる危険も……ゼロじゃない」
セレナは、ためらうことなく頷いた。
「……うん、大丈夫。もう決めたの。私、やるって」
ティオは小さく息を吐いてから、手にしていた紙とナイフを差し出す。
「これが術式。君の力を前提にしたものだから、起動できるのは君だけ。僕はレオンを運んだあとで、残りの術式を検証する。セレナちゃんは先に入って、これを刻んでおいて」
「わかった」
紙とナイフをしっかり握りしめ、セレナは駆け出した。
冷たい石畳の上を、音を立てて走り抜けながら――聖域へと向かう。
その背に、ティオの祈るようなまなざしが注がれていた。
――聖域の扉が軋みながら重く開いた瞬間、冷たい空気が肌を撫でた。
まるで別の時間が流れているかのような、静かで厳粛な気配に包まれている。
少しだけ、手のひらが汗ばむ。
でも。
(レオンの命に代えられるものなんて、何もない)
心の中で強くそう唱えると、セレナは迷いなくナイフを手のひらに突き立てた。
「っ……!」
鋭い痛みに、短く息が漏れる。
けれど、構わなかった。
血が、指先を伝って床へと落ちる。
――始めよう。
ティオから預かった図面を開き、セレナは聖域の石床に血で魔法陣を描き始めた。
手のひらから流れる血で線を引く。
力強く、でも繊細に。
ひとつでも歪めば、術式は成り立たない。
「間違えられない……でも、急がなきゃ」
レオンに残された時間は、もうあまりない。
それに私が意識を失ってしまえば、すべてが終わる。
◆
セレナの背が扉の向こうへと消えていくのを見送ったあと、ティオは静かに息を吐き出した。
「さて……次は、僕の番だな」
ぐったりとしたレオンの体をそっと抱き上げた瞬間、その重みに膝を突きそうになりながらも――
「……あと少し。頑張ろう、レオン」
自分自身に言い聞かせるようにそう呟いて、ティオはゆっくりと立ち上がった。
まるで、ふたり分の重みが身体にのしかかるようだった。
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
「……呪いが解けたら、また一緒にラスク食べようよ。……あの時みたいに、笑いながら」
笑おうとしたその声はかすれ、喉の奥が熱くなる。
このまま、彼を失ってしまうのではないかという恐怖が、何度も頭をよぎる。
――ダメだ、進め。
何度も、何度も検証してきた。
術式の安定性、魔力の流れ、血の必要量――
すべての計算は“ほぼ完璧”。
あとほんの一歩。最後の仕上げだけ。
ティオは自分にそう言い聞かせ、重い足を前へと運び続ける。
ようやくたどり着いた聖域の中央――古の祭壇へとレオンをそっと横たえる。
布を整え、胸元に手を添えて、深く息を吸い込んだ。
「……僕の、大切な友達を、どうか……」
祈るような声が、厳かな静寂の中に溶けていった。
祭壇の隣で描写を続けるセレナの手が、震え始めていた。
指先を止めることなく線を引きながらも、目がかすんでいくのを感じる。
(……あ……冷や汗が……)
もう、手のひらの痛みすら感じなくなっていた。
緊張が神経を麻痺させている。
魔法陣を描き終える――まさにその直前。
「ちょっと待ってて!」
ティオの叫び声が聖域の中に響いた。
その声が、遠くに聞こえる。
意識が少しずつぼやけていくのを、自分でも感じていた。
(ダメ……ここで止まっちゃ……)
反対の手で自分の頬を叩く。
ぱちんと鈍い音が、石壁に反響した。
ティオが駆け寄り、紙を差し出してくる。
「この空白、ここ! この模様を書いて!」
震える指をなんとか動かし、残された最後の線に取りかかる。
(あと少し……)
かすむ視界を必死に凝らして、図面をなぞる。
血の混じった指先がかすかに線を引きながら、最終の形を描ききる。
「……できた」
ティオが支える腕の中で、セレナがようやく線を描き終えると、彼は叫ぶように言った。
「セレナちゃん、もう少しだけ!――祈って!!」
倒れそうになる身体を支えられながら、セレナは血で染まった両手を合わせる。
目を閉じ、心の中で願う。
(どうか……あの痣が出来る前のレオンに……戻して)
その瞬間、魔法陣がまばゆい光を放ち始める。
一気に聖域全体が、眩い輝きに包まれた。
レオンの体に刻まれていた呪いの印もまた、同じように淡く輝き出す。
(……消えていく……)
夢の中を見ているような感覚で、セレナはその光景を見つめていた。
あれほど深く刻まれていたはずの痣が、塵のように――音もなく、光の粒となって消えていく。
「……セレナちゃん!? セレナちゃん!!」
ティオの必死な呼びかけが、どこか遠くから聞こえる。
その声に包まれるようにして――
セレナの意識は、そっと、静かに闇の中へと落ちていった。
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