第60話 皇帝からの謝罪と褒美――聖女として正式に認められた日
※こちらは全年齢向けに甘さ多めで改稿した作品です。
以前の作品を読まれている方は、内容が重複する部分がありますのでご注意ください。
基本糖分高めで甘やかされます♡
馬車に揺られながら、窓の外をぼんやりと眺めていたセレナは、ふと隣に座るレオンの手をそっと握った。
レオンも自然に、その指に優しく応えるように力を込める。
「……ねえ、レオン」
「ん?」
間を置いて、セレナが静かに口を開いた。
「陛下って、どんな方なの?」
問いかけに、レオンはわずかに瞬きをして、ゆるやかに視線を落とす。
「……叔父にあたるけど、“家族”と呼べるような関係かというと……正直、言葉に詰まる」
そこから、ぽつりぽつりと話し始める。
「……優しくもあるけど、残酷でもある。今思えば、どちらも本音だったと思う。――あの人は、俺を“愛していた”。でも、それ以上に“許せなかった”んだ。何を、とははっきり言えないけど……おそらく、俺という存在そのものを」
その声にはどこか翳りがあって、セレナは何も言わずに、レオンの手を両手で包み込んだ。
横顔は穏やかだったが、その内側に潜む影は、まだ完全には晴れていないようだった。
◆
重厚な扉が静かに開かれ、衛兵に導かれてセレナとレオンはゆっくりと部屋の中へ進む。
そこは玉座の間とは異なり、柔らかな陽光が差し込む、落ち着いた雰囲気をたたえた部屋だった。
壁には古の皇帝たちの肖像画が静かに並び、床には深紅の絨毯がしっかりと敷かれている。
けれど、その空気はどこか温かく、背筋を自然と伸ばしたくなるような静かな威厳に満ちていた。
奥には装飾を抑えた高背の椅子があり、ひとりの男がそこに腰掛けていた。
立ち上がったその瞬間、場の空気がぴんと張り詰める。
帝国の皇帝――
威厳に満ちた立ち姿だったが、その目元にはどこか憂いを帯びた、ひとりの人間の顔があった。
「ようこそ、来てくれたね」
声は柔らかく、威圧とは無縁で、まるで久しぶりに会う親類へ向けるような口調だった。
セレナが一礼し、レオンが膝を折ろうとした、そのとき――
「……いや、顔を上げてくれ。今日はそういう場ではない」
その言葉を制すように、皇帝が静かに右手を掲げる。
「今日は……私はただの人間として、ここに立っているつもりだ」
その言葉に、セレナは自然とレオンへ視線を送った。
彼もまた黙って目を伏せ、やがてゆっくりと立ち上がる。
「……まずは礼を。そなたのおかげで私は命をつなぐことができた。心より感謝を伝えさせてくれ」
皇帝はひとつ息を吐き、従者に視線を送った。
その合図で、部屋の中央に小さな椅子が静かに運ばれ、二人の前に並べられる。
「立ち話では疲れるだろう。……どうか、座ってくれ。“皇帝”としてではなく“家族”として、今日は話がしたい」
そう言って椅子に腰を下ろした皇帝は、遠くを見つめるような表情を浮かべていた。
しばらく沈黙が流れた後、ゆっくりと口を開く。
「……改めて、帝国の命を救ってくれたことに深く感謝する。公爵夫人」
皇帝が深々と頭を下げたその姿に、セレナは戸惑いながらも、自然と背筋が伸びていくのを感じた。
「命があるうちに果たすべきことがあると、気づかされた。そなたのような力を持つ者がこの国に存在してくれていたこと……それはまさに“奇跡”だ」
まっすぐにセレナを見つめる視線が注がれる。
「そして……謝らなければならないことがある」
皇帝の瞳がふと揺れ、その奥に悔いの色が浮かぶ。
「……かつて、この帝国には“聖女”という存在が確かにいた。だが、私が知っていたのは迷信のような伝承ばかりだった。おそらく、過去の皇家が都合の悪い真実を隠し、歴史を歪めたのだろう」
セレナの胸が締めつけられる。
――ティオの仮説は、正しかったのだ。
「命を救われた後……私は改めて、古の記録を丹念に読み返した。すると、君の力と一致するような記述がいくつか見つかった」
皇帝の手が膝の上で重なり合い、ただ静かに添えられている。
その所作からは、誰にも見せない苦悩と、背負ってきた年月の重みがにじんでいた。
一瞬まぶたを閉じたのち、再びまっすぐにセレナを見据える。
「私自身が直接関わっていたわけではない。だが、このような力を持つ者が今も苦しんでいたという事実を、私は知らずにいた。……その“知らなかった”という事実もまた、ひとつの罪だと思っている。心から謝罪を」
静かに紡がれる言葉の一つ一つが、深く、重く、響いてくる。
「私に語る資格があるとは思っていない。だがせめて、そなたの存在を帝国の“誇り”として記録に刻むため――正式に“聖女”として認めさせてほしい」
セレナの胸がどくん、と大きく鳴る。
――あのとき。
皇帝の命が、わたしの掌の中で戻った瞬間。
ただ、それが誰かのためになるならと、そう願っただけだった。
(聖女として認めて欲しかったわけじゃないけど……これからも誰かを救えるなら、この力を使いたい)
セレナは小さく、けれどはっきりと答えた。
「……ありがとうございます。光栄です」
皇帝が静かに問いかける。
「……望む褒美はあるか?」
セレナは一瞬息を呑み、すぐには言葉が浮かばず、視線を泳がせる。
その様子に気づいた皇帝は、ふっと和らいだ表情を見せた。
「……焦らせてしまったね。急ぐ必要はない。心が定まったら、改めて聞かせてくれればいい」
セレナは深く頭を下げた。
その隣では、レオンが黙って彼女の横顔を見守っていた。
「――そして、最後に謝罪を。本来なら、もっと早く向き合うべきだったはずの問題を、私はずっと見ぬふりをしてきた」
その言葉を受け止めながら、セレナの胸は静かに音を立てだした。
(――この人は、何かを知っている)
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