第51話 レオンの母親とカルミア帝国の歴史
※こちらは全年齢向けに甘さ多めで改稿した作品です。
以前の作品を読まれている方は、内容が重複する部分がありますのでご注意ください。
基本糖分高めで甘やかされます♡
新婚旅行から戻ってしばらくの間、私は“もっとレオンの役に立ちたい”――そんな想いを胸に秘めていた。
それをある日、彼にそっと打ち明けたのだった。
「……領地や国のこと、ちゃんと勉強してみたいの」
私の言葉にレオンは一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐに穏やかに微笑んでくれた。
そして数日後、彼の旧友であるリュシアンさんが、公爵邸を訪れたのだ。
リュシアン・アルバレスト。
知性と理性を感じさせる気品にあふれた、いかにも貴族らしい雰囲気をまとった人。
――そして、ティオのお兄さんでもある。
そんな彼が、私の“家庭教師”として、正式に勉学を見てくださることになったのだった。
◆
「……ここまでの内容は、しっかり理解できましたか?」
静かな書斎に、上品な声がやわらかく響く。
私はペンを走らせていた手を止め、ノートから顔を上げて答えた。
「はいっ、あの……まだちょっと難しい部分もありますけど、大丈夫です」
丁寧にノートをまとめながらそう告げると、リュシアンはふわりと微笑んでくれる。
「真剣に取り組んでいて立派ですね。文字を習い始めたと聞いていましたが……とても上達が早い」
「えっ……本当ですか? うれしい……」
”先生”に褒められて、思わず笑顔がこぼれた。
「帝国についてお話を進めるにあたって、まずは現在の体制から整理しましょう」
そう言って彼は地図を一枚広げ、静かに語り始めた。
「カルミア帝国は、長い歴史と広大な領土を持つ一方で、近年では帝位の安定すら揺らぐほど、政治的な基盤が不安定になりつつあります」
「……え?」
淡々と、しかし慎重に選ばれた言葉に、私は自然と姿勢を正していた。
「特に現皇帝陛下は、帝国の柱たるべき存在でありながら、その資質に疑問の声が上がっており……一部では“交代の可能性”すら囁かれている状況です」
「……そんなことが……」
「それほどまでに、陛下を支えていた存在――皇女であった姉君の不在が、帝国の弱体化に直結しているのです」
そう語りながら、リュシアンはふと視線を遠くへ向けた。
「その皇女こそが――レオンの母君です」
「……!」
胸の奥が、かすかに震えた。
(たしか……レオンが皇族の血を引いているって話、前に聞いたことがあった。まさか、そのお母様が皇帝の姉君だったなんて……。ということは、レオンって……皇帝の甥になるの……?)
その立場の重さを、ようやく少しだけ想像できた気がした。
皇女の息子として、貴族の頂点に立つ公爵として、そして今は呪いと向き合うただ一人の人間として――
けれど、彼はその出自を決して語ろうとはしなかった。
静かに、誠実に、自分に課されたものを抱えながら生きてきたのだ。
(……やっぱりレオンって、本当にすごい人だな。あんなに優しくて、誠実で……)
でも私は――彼がどんな家族に育てられたのか、まだ何も知らない。
その答えが今、語られようとしている気がして、私はそっと息を呑んだ。
「彼女は聡明で高潔な方でした。帝国の未来を担うにふさわしいと、誰もが信じていたほどに」
「では……なぜ、皇帝にならなかったんですか?」
「それはおそらく、ご本人が望まなかったからだと思います」
「……?」
「陛下は、姉上こそ皇帝にふさわしいと信じていたようですが……彼女は公爵夫人になる道を選ばれたのです」
リュシアンはそこで少しだけ表情を曇らせた。
「彼女が亡くなられてから、陛下の政治への熱意は明らかに薄れました。今では政務よりも静養を優先しているようで……周囲の不安は増すばかりです」
「……」
「一方で、今の皇太子殿下は非常に利発で、意志も強い。彼の姿に、かつての姉君を重ねる者も少なくないようです」
私の胸の内には、気づけば熱いものが込み上げていた。
――レオンのお母様が、それほど素晴らしい方だったなんて。
そして――その姉を失った皇帝陛下が、今なおその喪失から立ち直れずにいるという現実。
「……そんなに、強くて素敵な方だったんですね。レオンのお母様って」
「ええ。とても強く、誰よりも優しくて、常に周囲を思いやる方でした。……レオンがその血を引いているのも、当然のことですよ」
その言葉は、いつまでも胸の中に残っていた。
(……もっと知りたい)
レオンのことを。
そして、彼を育てたご両親のことを――。
◆
夜。
レオンと一緒に寝室のベッドに腰掛けながら、私は小さな声で切り出した。
「……今日、リュシアンさんから少しだけ……レオンのお母様の話を聞いたの」
「うん」
「……無理に聞きたいわけじゃないけど……その……レオンのお母様や、お父様のこと……少しだけ知りたいなって」
そう問いかけると、レオンは一瞬だけ驚いたようにまばたきをして――そして、優しく微笑んだ。
「言いたくないことなんてないよ。二人とももう亡くなってるし、寂しくないとは言えないけど……俺にとっては、辛いというよりも、いい思い出のほうが多いから」
少しの間を置いて紡がれた言葉は、落ち着いていて静かで――
けれどその奥には、確かな想いが深く沈んでいるのがわかった。
「幼い頃、父も母も忙しかったはずなのに、よく三人で出かけたり、別荘で泊まったりもしてた。庭で一緒に遊んでくれたし、体調崩したときは付きっ切りで看病してくれて……本当に、あたたかい家族だったよ」
その声はとてもやさしくて、彼の中でそれらの思い出が大切に大切に抱かれていることが、伝わってきた。
「……ふたりとも、俺に“強くなれ”とか“公爵になれ”なんて、一度も言わなかった。“幸せになってね”って、それだけをずっと言ってくれてた」
懐かしむように。
あたたかな風がそっと通り過ぎるような声だった。
「父は……俺が十八の時に、呪いの発作で倒れて……そのまま帰らぬ人になった。その時やっと、“本当に命を奪うんだ”って実感が湧いたんだ」
「……………」
「母は……ずっと気丈だったよ。俺の前では一度も泣かなかった。癒術理院や皇帝にも働きかけて、呪いを解く方法を探してくれてた」
「……お母様……」
「でも、ある日……移動中の馬車が事故に遭って。それっきり、戻ってこなかった」
語り終えたレオンは、そっと視線を落とす。
「それでも……母はきっと、最期まで俺のことを想ってくれてた。何もできなかった自分を悔やむ気持ちはあるけど……でも、俺の呪いが解けて、ちゃんと前を向いて生きることが、一番の親孝行だと思ってる」
その言葉には、過去と向き合ってきた者の、静かで力強い意志がこもっていた。
「……もちろん最初は、本当に苦しかった。でも……思い出を痛みじゃなくて宝物として残したいって、そう思えるようになった。だから今は……こうして話せるんだ」
「……………っ」
あまりにもあたたかくて、まっすぐで――自然と涙が溢れてきた。
止めようとしても、頬を伝ってぽろぽろとこぼれる涙。
レオンは、そんな私の手をそっと包み込むように握ってくれた。
何も言わずに、私の身体をやさしく抱きしめる。
強くも弱くもない、ただ静かで、あたたかな腕だった。
(……きっと、本当に大切に育てられてきたんだな)
そう思うと、胸の奥が、じんわりと熱くなる。
私の知らない時間の中で、レオンがどれほど愛され、守られてきたのか。
それを思うだけで、どうしようもなく嬉しくなった。
そっと目を閉じて、
このぬくもりの中で、レオンと過ごすこれからを、思い描いた。
彼の過去を知った今、私は改めて――
レオンの力になりたいと、心から思った。
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