第44話 「参考にさせていただきます…!」密やかなレクチャーと、初めての挑戦
※こちらは全年齢向けに甘さ多めで改稿した作品です。
以前の作品を読まれている方は、内容が重複する部分がありますのでご注意ください。
基本糖分高めで甘やかされます♡
二人のあいだに柔らかい空気が流れ、会話も自然に弾み始めたころ―― セレナはふと、小さな声で問いかけた。
「……リュシアンさんと、どうやって出会ったんですか?」
「私は田舎の男爵家で育ちました。平民とも分け隔てなく接するのが当たり前という環境だったので……貴族社会にはなかなか馴染めなかったんです」
セレナは静かに耳を傾ける。
「そんなとき、あるパーティーで出会ったんです」
そう言ってミアは、ふわりと笑みを浮かべた。
「……ティオに」
「ティ、ティオに……?」
突然の名前にセレナは驚いて、目を大きく見開いた。
「ええ、よく分からない研究の話を延々とされて、ちょっとヤバい人かもって思って逃げようか迷ってたんです」
ミアはくすくすと笑いながら続ける。
「……そのときに、リュシアンが現れて。まさに一目惚れでした」
頬をうっすら赤らめながら、懐かしむように語るミア。
「……彼のキリッとした眼差しが印象的で……話していくうちに、伯爵家のご令息でありながらも、偏見のない人だと感じて。言葉の端々から、それが伝わってきたんです」
その話を聞きながら、セレナもリュシアンの顔を思い出す。
(……確かに)
初対面のときはアーティファクトを着けていた。
今日、私の黒い髪や瞳を初めて見たはずなのに、何の偏見も見せずに自然に接してくれた。
そんなことを思っていたとき――
ミアがぽつりと、まるで何気ないことのように言った。
「――だから、逃したくないって思ったんです」
にこっと笑って、さらりと。
「……そのまま、ふたりきりになれる場所へ連れて行って。あとは、勢い、ですね」
「――――えっ!?」
思わず声が裏返る。
セレナは驚きのあまり、手にしていたカップを落としかけた。
(こ、個室に……?連れていった?貴族社会では――未婚の男女がふたりきりになるのも、噂されるって聞いたことがある。
そんなセレナの反応を気にも留めず、ミアは幸せそうに微笑んでいた。
まるで「お花摘みに行きました」くらいの軽い感じで。
ミアは夢見るような表情のまま続けた。
「好きになったら、ちゃんと行動しないとって、思ったんです」
「……そ、それは……」
きらきらとした笑顔に、セレナは言葉が出ず、指先をもじもじと動かす。
(私には……そんな大胆さ、とても真似できない……でも、ちょっと憧れるかも)
胸の前で手をぎゅっと握りしめて、セレナはぽつりと呟いた。
「……忙しそうなレオンのために、私も頑張りたいって思ってて……」
少しうつむきながらも、素直な気持ちを言葉にする。
それを聞いたミアは、ぱあっと笑顔を咲かせた。
「ふふふっ……実は私、領民の皆さんからいろんな話を聞いてきたので、知識は豊富なんです!」
そう言って、ミアは小声でいたずらっぽく囁いた。
「……耳を、貸してください」
ミアは、セレナの耳元にそっと顔を寄せる。
そして、ふんわりとした声で、なにやらこっそりと囁いた。
その瞬間――
「~~~~~~っっ!!」
セレナの顔が、一気に真っ赤に染まった。
耳から指先まで、じんじんと熱が伝わっていく。
ミアの顔をまともに見ることもできず、セレナはか細い声で呟いた。
「……が、がんばります……」
その様子にミアは満足げに微笑んだ。
「ふふっ、セレナ様ならきっと大丈夫です」
紅茶を一口含んだミアは、少し誇らしげに胸を張って言う。
「夫婦で楽しく過ごすには、やっぱり体力が大事ですの。だから、屋敷にこもって体づくりは欠かしてませんわ。ジョギングに、騎士の皆さまに教わったトレーニング……しっかりこなしてますのよ」
そう語るミアの瞳は、きらきらと輝いていた。
(……“楽しく過ごす”って、まさか……? ”家にばかりいる”ってそういう……?ミアさん、堂々としすぎてて、すごすぎる……)
思わず心の中でツッコミながらも、セレナの口元には自然と笑みが浮かぶ。
(私も……レオンと、もっとちゃんと向き合えるように……体力、つけよう)
◆
しばらく雑談を楽しんだ後、リュシアンが戻ってきてミアの隣に腰を下ろす。
二人の雰囲気を見て、安心したように微笑んだ。
「……楽しそうで、何よりです」
にこりと笑ったあと、リュシアンはセレナに視線を向けて頷いた。
「それでは、今日は知識がなくてもお手伝いできる内容を説明しますね」
セレナは身を乗り出して耳を傾ける。
リュシアンは簡単な図を描きながら話し始めた。
「どの家門でも領地に関する書類は、いくつかの分類に分けて管理されています。例えば、税の資料、農地や住民記録、建築やインフラ関連の計画書、貴族間の書簡、それから皇室向けの報告書といった具合に」
セレナは小さく頷き、真剣にメモを取る。
「ですから、まずは似ている書類をグループごとにまとめてください。そこからさらに細かく分類していく形です。迷ったときは、ロイエル卿に遠慮なく尋ねると良いでしょう」
少しだけ苦笑して、リュシアンが付け加える。
「きっと公爵家は書類の量が膨大でしょうが、だからこそ、こうした作業をしてくれるだけでも大きな助けになりますよ」
セレナは小さく拳を握り、強く頷いた。
(……私にできること、やってみたい)
一通りの説明を終えると、リュシアンは微笑んでペンを置いた。
「もし勉強を続けたければ、また時間を見てお教えします」
隣で微笑んでいたミアにも視線を向けて言う。
「また、ミアとも仲良くしてやってくださいね」
「はいっ、楽しみにしています」
明るい笑顔でミアが答える。
セレナも温かい気持ちを胸に抱きながら、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。またぜひお越しください」
◆
二人を見送った後、セレナはそっと胸に手を当てた。
(……私にも、できることがある。それだけで、こんなにわくわくするなんて)
そのまま、セレナはアレクの元へと向かった。
(今の時間なら、アレクは一人で備品室にいるはず)
ノックすると、落ち着いた声が扉の奥から返ってくる。
「どうぞ」
中へ入ると、机に向かっていたアレクが顔を上げた。
「セレナ様、何かご用ですか?」
「……あの、アレク。備品室の書類整理……内緒で手伝いたくて」
少し勇気を出して言葉にする。
アレクは目を少しだけ見開いたあと、優しく笑んだ。
「……承知しました。こちらへどうぞ」
彼が案内した机には、山のように積まれた書類が整然と並んでいた。
セレナは思わず息をのむ。
(……想像より多い)
それでも”頑張りたい”という想いに迷いはなかった。
「リュシアン様から教わったんですよね?どんなことを学ばれましたか?」
頷いてメモを差し出すと、アレクが隣で説明を始める。
「いいですね。その通りに進めていきましょう。まずは大まかに分けるだけでも十分です。判断が難しいときは、遠慮なく私に声をかけてください。ただし、無理はなさらずに」
いつもより少し柔らかい声色。
セレナは拳をきゅっと握り、まっすぐアレクを見た。
「……はいっ!……レオンには内緒で」
アレクの口元がかすかに緩む。
「ええ、公爵様には内緒で。公爵様はこちらにはお立ち寄りにならないので、必要なときは遠慮なくお使いください」
セレナは書類の束へ向き直った。
小さな初仕事が、いま始まった。
アレクは近くの席へ移動しながら、その姿を静かに見守っていた。
不慣れながらも、丁寧に間違えぬようにと仕分けをするセレナの手元。
(……これだけでも、助かる。おかげで別の作業が進むし、公爵様の負担も確実に減るだろう)
そう思いながら、アレクは小さく笑い、手元の仕事へと戻った。
その視線の先、小さな背中を見つめながら――
公爵邸の空気が、少しだけ優しく変わっていくのを、彼は感じていた。
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