第20話 聖女の力は“癒し”そのもの――呪いを浄化する“共鳴”の真実
※こちらは全年齢向けに甘さ多めで改稿した作品です。
以前の作品を読まれている方は、内容が重複する部分がありますのでご注意ください。
基本糖分高めで甘やかされます♡
ーー数日後
陽光が差し込む、穏やかな午後だった。
“呪いの調査を目的に整備された”という、公爵家の書庫兼応接室。
重厚な石造りの壁に囲まれ、並んだ書棚には古文書や魔導書がぎっしりと詰まっている。
その扉をくぐったのは、白衣を羽織った細身で中性的な青年だった。
胸のあたりまで伸びた茶髪はハーフアップにまとめ上げられ、大きな緑の瞳はどこか飄々としながらも、鋭い観察眼を光らせていた。
「……へぇ、これが“黒髪黒目の聖女”。帝国じゃ、とっくに“空想上の存在”って言われてたのに……実在したんだ」
彼は、目の前のセレナをじっと見つめた。 その視線には、ただの興味以上に、探し求めていた何かに出会ったような熱が宿っていた。
(また、“聖女”って……)
あの夜、レオンも同じように口にした。 けれど――
(私はずっと、“不吉な存在”として扱われてきたのに……)
だからこそ、簡単には受け入れられない。 でも――なぜか、胸の奥がその言葉にほんの少しだけ、応えた気がした。
「ティオ。彼女がセレナだ。俺の妻で……君が話していた“聖女”かもしれない」
「おいおい、急に本題かよレオン。まずは挨拶くらいさせてくれよ」
にやりと笑い、ティオは軽く頭を下げた。
「ティオ・アルバレストと申します、公爵夫人。見た目は頼りなくても、癒術理院に所属してる、わりと有能な研究者ってことで。医師免許もあるよ」
冗談めかした口調で名乗るティオ。
「この公爵とは長い付き合いでね。……僕は爵位もない伯爵家の末っ子だから、気楽に接してくれていいよ」
「……ティオ、お前は敬意を払え」
「……いえ、大丈夫です。……ティオ様、お会いできて光栄です」
セレナが緊張しながらも礼をすると、ティオはまじまじと彼女を見つめた。
「……神秘的な顔立ち。瞳がいいな……いや、これは期待できるかも」
その軽口に思わずセレナが目を見開くと、ティオはいたずらっぽく笑った。
だが――
「ティオ」
レオンの声が低く落ちる。 彼を見ると、レオンは無表情を装いながらも、セレナの肩に手を添えてぐっと引き寄せていた。
その仕草には、「彼女は俺のものだ」と言わんばかりの静かな圧がこもっている。
「……あれ、嫉妬?」
「別に。ただ、見すぎるな」
レオンの声音は冷静だったが、その指先にはわずかに力が込められていた。
その温度に、セレナの胸がきゅっとなる。
(レオン……)
不器用なほど真っ直ぐな気持ちが、言葉にせずとも伝わってくる。
「はいはい、悪かったって。君のものを奪う趣味はないよ。落ち着けって」
ティオは両手をひょいと上げて降参のポーズを取ったが、口元には薄く笑みが浮かんでいた。
「例の『禁忌年代記』だけど、解析してて面白い発見があってさ。もし僕の仮説が正しければ、公爵夫人の体質は“癒しの力そのもの”だよ。……最近、自分の体調や周囲に何か変化はなかった?」
「……猫の怪我が治ったり、侍女の傷が消えたり……レオンも、私に触れると体調が良くなると」
恥ずかしさで頬を赤らめながら、セレナは視線を落とす。
「特に……沢山触れると、自分の体調も良くなって……」
「なるほど。やっぱりね」
ティオは納得したように頷くと、からかうように目を細めた。
「君の“聖力”は相当なものだ。無意識の接触で癒しが起きてるなら、大発見だよ。来た甲斐があったってもんだ」
にこやかだった彼の顔が、ふと真剣な表情に変わる。
「……さて、本題に入ろうか。レオンの呪いの件について、踏み込んだ話をしたいんだ」
セレナが彼を見ると、ティオの瞳には確かな意志が宿っていた。
「君とレオンが触れることで、呪いが緩和されるみたいだね。これは偶然じゃない」
思っていたよりも現実的で、言葉の重みが違った。
「レオンの体調が良くなる理由、それは――君の聖力を彼が“受け取っている”から。いや、“浄化されている”と言うべきかな」
「浄化……? そんな、私……何もしてないですけど……」
「無意識の可能性が高い。古文書にも、『聖女は無意識に癒しを流す』って書かれてた。ここ、見て」
ティオは広げた古文書を指差しながら説明を始めた。
「この辺りはまだ訳し途中だけど、“術式”や“封印陣”って言葉が出てきててさ。普通なら別ジャンルの言葉だよ? それが“癒し”と一緒に語られてるの、めちゃくちゃ珍しい」
興奮気味に資料を並べるティオに、レオンがやれやれと溜息をつく。
「ティオ、」
「ごめんごめん。夢中になってた。 公爵夫人の体調が不安定なのは、聖力の過剰蓄積のせい。その出口がないと、自分の体まで壊してしまう」
「……俺に力を渡してるせいで悪影響はないか……?」
レオンが眉をひそめ、低く苦しげに呟いた。
「うん、それはない。むしろレオンが“出力先”になってるから、彼女は今こうしてバランスを保ててるんだ。お互いを必要としてる。……レオンくらい聖力を必要としてる相手じゃないと、成立しないんだよ」
「つまり……」
「相性抜群ってこと。……いや真面目な話。ふたりの接触が深ければ深いほど、呪気と聖力が中和・浄化される傾向がある」
ティオはわざとらしく咳払いをして、少し言いにくそうに続けた。
「つまり、うん……あの……そういう関係を持つ頻度が増えると、双方の安定にもつながる可能性がある。……ちゃんと根拠あるよ? 研究だからね?」
一気に真っ赤になるセレナ。
「……ふざけてないだろうな?」
レオンの声が静かに響いた。
「本気本気。でも……ちょっと羨ましいのは事実かな?」
ティオは肩をすくめると、にこりと笑う。
「でも大事なことだよ。……ね、セレナちゃん」
「セレナ……ちゃん……?」
レオンが眉をひそめる。
(セレナちゃん……。そんな風に呼ばれたの、初めて……くすぐったくて、でも少し嬉しい)
「やだなあ、睨まないで」
「……あの、気にせず呼んでください。ふふ」
「じゃ、改めてよろしくね。セレナちゃん」
ティオの明るい調子に、レオンは静かに睨みをきかせたまま。
「――というわけで、ちょっとだけセレナちゃんとふたりで話してもいい? レオン、外で風にでもあたってきたら?」
「……ティオ」
「冗談だって。真面目に話すことがあるんだ。本人と、しっかり確認したい」
「レオン、私は平気。話してみたいの」
レオンは一瞬ためらったが、深く息を吐き、静かに部屋を後にした。
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