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第1話 “黒髪の少女”と傷を癒す光──誰にも望まれず生まれた私の物語

黒色の髪に、黒色の瞳。


その姿は、カルミア帝国では“禍を招く”と言われ、忌み嫌われてきた。


そう言われて育ったのは、セレナ・アルシェリアという少女だった。

伯爵家の次女として生を受けながらも、その存在はまるで影のように扱われていた。


名を呼ばれることも、微笑みを向けられることもない。

両親も、姉も、屋敷の誰一人として、彼女に目を向けようとはしなかった。


まるで、この世に存在しないかのように。


「……おはよう、ミラ」


使用人に声をかけても、返事はない。わずかに強張った表情で、彼女は視線を逸らし、そのまま足早に通り過ぎていった。


まるで、冷たい風を避けるように――。


使用人たちからも、私は透明な存在として扱われていた。

支給されるのは最低限の生活用品だけ。食事も決まって残り物。


それでも、誰の手も借りずに生きる力だけは身についた。


鏡に映る自分を見つめる。

透き通るように白い肌に、影を落とす長い黒髪。どこか虚ろな瞳。

体は細く、肩は頼りないほどに華奢で、着ているドレスもどこか浮いて見える。


(私って、本当にここにいていいのかな……)


ふと、そんな思いが胸に浮かび、気づかないふりをしながらも視線を逸らす。


十八年間。

病弱だった私はずっと屋敷の離れで過ごしてきた。

日々の不調と痛みに耐え、ただ静かに時が過ぎていくのを待つような毎日。

楽しいことなんて、何ひとつなかった。


(……庭園に行こう)


最近、あの場所だけが私の心を和らげてくれる。

今日も、ほんの少しだけ気分がいい。身支度を整え、水と小さなパンを持って、私は静かに屋敷の奥へと足を運んだ。


 


廊下の角を曲がったとき、ふと立ち止まる。

少しだけ開いた扉の奥から、使用人たちのささやきが漏れ聞こえてきた。


「……またお食事、手をつけなかったそうよ」


「えっ、また? 本当に幽霊みたいよね。あの髪と目、見てるだけで寒気がする」


足が止まる。聞くつもりはなかったのに、耳が勝手に反応してしまう。


「でもまあ、長くはないでしょう?」


「ええ、奥様もおっしゃってた。“黒髪黒目の子は短命”だって」


胸の奥がずきんと痛み、気づけば走り出していた。

昔からこうした話にはなぜか敏感で、聞いてしまったあとには、決まって心に重いものが残る。


 


『黒髪・黒目の者は長く生きられない』――


これまで何度も耳にしてきた言葉。

もともと弱い体だったけれど、最近はさらに体調を崩す日が増えてきた。


「……やっぱり、そういうことなのかな」


誰にも知られないよう、私の存在そのものが隠されている。

社交の場に出たこともなく、家族と食卓を囲むこともずいぶんと昔のことだ。

父は私について口外しないよう、屋敷中に箝口令を敷いているという。


考えたくもない記憶がよみがえる。私はそれを振り払うように歩みを速めた。


「……今日も、来てくれてるといいな」


──屋敷の裏にある、小さな庭園。


整備されておらず、誰にも注目されないこの場所だけが、私にとって唯一心が安らぐ空間だった。


背の高い茂みのあいだを抜けると、見慣れた小さな姿がそこにあった。


「……今日も、来てくれたんだね」


黒い毛並みの、痩せた猫。


数日前、庭の隅でうずくまっていたところを見つけた。

それから毎日、私はこっそり水と食べ物を持ってきている。


足を引きずり、毛並みは荒れていた。

誰にも話せなかった。

話せば処分されてしまうのがわかっていたから。


「ごめんね……私には、何もしてあげられない」


今日も少し距離があったけれど、数日前よりも警戒心が薄れているように見えた。

私は、そっと手を伸ばす。


「君は、私と似ているね。誰にも知られず、ただ静かに生きてる……」


触れた指先に、ほんのりとした温もりが広がった。

その瞬間、淡く光るものがふわりと立ちのぼったように見えた。


「……え?」


幻かと思った。

けれど猫は、すっと体を起こし――もう足を引きずっていなかった。


確かに、自分の足で立っていた。


「……治ってるの?」


私の言葉に、猫は「にゃあ」と短く鳴いた。

その目には、怯えも迷いもなかった。


(なんで……?)


理解が追いつかない。けれど、そのとき感じた温もりだけははっきりと覚えている。


胸の奥にぽっと火が灯ったような、そんな感覚だった。


 


この日――私は、生まれて初めて「誰かの役に立てた」と思えた。


それが、自分の運命を大きく変える始まりだったとも知らずに。

最後までお読みいただきありがとうございます♡

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