表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第2話:観察者のくれたキャンディ

 次の日の朝、教室に入ると、昨日と同じ席に彼女がいた。


「おはよう、相原くん」


 それだけの言葉なのに、心臓がどこかざわつく。


 昨日、彼女と交わした会話は、どれも異質だった。誰よりも論理的で、でもどこか感情に訴えるような、奇妙な温度を持っていた。


(……ただの変人、だよな?)


 そう思い込もうとしたけれど、否定しきれない。


 彼女は確かに変わってる。だけど、他人を気にしない“ズレ”じゃない。むしろ、他人の些細な変化に、誰よりも敏感だ。観察という名の視線の下で、俺の心は少しずつ、ざらつき始めていた。


 朝のHRが終わった直後だった。何の前触れもなく、ひよりが小さな包みを差し出してきた。


「はい、これ」


「……飴?」


「うん。昨日のあなた、ちょっとだけ“甘いものが欲しい顔”してたから」


「……え、そんな顔ある?」


「あるよ。口角の下がり方、目の焦点、あと頬の緊張感。あなた、ストレスたまると右眉がちょっと下がるのね。面白い」


「……全部怖いんだけど」


 だけど、その手渡された包みは、ほんのりと指先が温かくて、素直に受け取れなかった。


「……ありがと。もらうけど」


「うん。飴ってね、気持ちのバッファになるの。科学的にも」


「へえ、なんか理系っぽい」


「でもね、ほんとはそれだけじゃない。誰かに何かを“もらう”って、気持ちが動くんだよ。物質じゃなくて、感情のやりとりだから」


「……難しいこと言うなあ」


「難しいのは、感情じゃなくて、それを伝える行為のほう。だから私は、見て、考えて、渡す」


 彼女はそう言って、机に肘をついたまま、斜めに俺を見た。


「……それで? 飴、どうだった?」


「え、食べてないけど……」


「じゃあ、今、食べて。今の顔、ちゃんと記録したいから」


「……観察って、そういうことなの?」


「そういうことだよ」


 仕方なく、包みを破り、飴を口に入れる。レモン味。ちょっと酸っぱくて、でもすぐに優しい甘さが追ってきた。


 ……なんか、落ち着く。


「味も、キミに合ってると思った」


「どういう意味?」


「酸味があって、でも根は甘い。自分のことを“普通”だと思ってるけど、本当は少し、人と違う部分を自覚してる。なのに、それを誤魔化して、静かに過ごしてる。……そういう人、私は好きだよ」


「……」


 言葉が出なかった。


 からかわれているわけじゃない。むしろ彼女は、真面目すぎるくらい真剣だった。


 それが、困る。


 今まで通り“何者でもない”自分でいようと思ってたのに、となりの席の彼女は、無遠慮に踏み込んでくる。


「……ねえ、相原くん」


「なに?」


「あなたって、誰かに好きって言われたことある?」


「ぶっ……な、なにいきなり」


「ないって顔した。やっぱり」


「……言われたことないわけじゃないけど」


「けど?」


「……本気じゃなかったと思う。なんか、ノリっていうか、罰ゲームっていうか……」


 そんなこと、誰にも話したことなかった。


 けれど、彼女の前では、妙に言葉がこぼれる。


 ひよりは、それを黙って聞いていた。


「……ふーん。じゃあ、次に言われたときは、信じてみたら?」


「……できるかな」


「うん。できるよ。私が、そういう顔にしてあげる」


 それは、告白でもなんでもない。ただの“宣言”のような言葉だった。


 けれど、胸の奥が、小さく鳴った。


 飴が、口の中で溶けていく。


 となりの席の彼女は、今日もまた、俺の知らなかった自分を、少しずつ見つけていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ