第13話:君が笑う未来のために
学校に向かう朝の道、千歳は俺の隣で歩いていた。
穏やかな風が髪を揺らし、制服の袖がそっと触れ合う。なのに、その表情はどこか陰りを帯びている。
「ねぇ、相原くん。……もしさ、全部忘れてやり直せるなら、そうしたい?」
問いかけは唐突だった。
「……どうしてそんなこと聞くの?」
「ただ、ふと思っただけ。……何も知らなければ、あんなことにも巻き込まれなかったし」
彼女は笑った。だけど、その笑顔の奥に、無理して作られた影が見えた。
資料館で知った“父の死の真相”──
それは彼女にとって、心の拠り所をすべて失わせるような衝撃だった。
「俺は……忘れたいとは思わないよ」
「……え?」
「君と出会って、君が泣いて、怒って、笑って──
全部見てきたから。俺にとっては、それが全部、大事なものなんだ」
千歳の足が止まり、彼女は俺の方をまっすぐ見つめた。
「だから、俺は君とこの先を生きたい。忘れたい過去じゃなく、君と未来を作りたい」
風が止んだ。
校門の前で、制服のスカートがふわりと揺れる。
千歳の瞳が、ようやく少しだけ、晴れたように見えた。
「……ズルいよ、そういうの」
そう言って彼女は、そっと俺の手を握った。
握り返す指先は、不安よりもずっと強く、温かかった。