第12話:警告と告白──あの日、燃えたのは心もだった
翌朝、学校へ向かう道すがら、俺の胸はまだ昨日のざわめきを引きずっていた。
パソコンに残された父の記録。
千歳の名前で解除されたパスワード。
そして、あの夜、窓の外で光ったカメラの閃光──
「誰かに、見られていた」
千歳の震える声が、何度も耳の奥で繰り返された。
登校してすぐ、俺の机の上に、一枚の封筒が置かれていた。
宛名はない。ただ、茶色い紙に黒い文字で、こう書かれていた。
『これ以上、詮索するな。──命を大切にしろ』
手が、震えた。
まるで、映画かドラマの中の脅迫文。
けれど現実だ。紙の質感も、インクの匂いも。
千歳の机には、何もなかった。
──いや、違う。机の中に、小さな“白い花”が置かれていた。
「……百合?」
白い百合。花言葉は──“純潔”、“死者への祈り”。
「……完全に“やってる”な。あいつら、本気で潰しに来てる」
その日の放課後。
図書室には行かなかった。
俺たちは、あの火災のあった旧校舎へ向かった。
「相楽工業の作業員がいた痕跡。──もしも、まだ何か残っていたら」
古びた扉を押し開け、埃と風の音が混ざる空間へ踏み込む。
「ここの階段、あの日は封鎖されていたって記録がある。でも、火元は“この上”なんだ」
千歳の言葉に従い、上階へ向かうと、焦げた床の一部に微かに彫られた文字が見つかった。
「ウソツキ」
「……これ、誰かが残した?」
「いや、これ……小学生の字だ」
千歳の顔が青ざめる。
そのとき、誰かの足音が背後から聞こえた。
振り返ると、黒いスーツの男がひとり──無言でこちらを見ていた。
「千歳さん。あなたに“お父様”のことでお話があります。──少し、来ていただけますか」
「あなた、何者ですか?」
俺が問いかけると、男は無表情で名刺を差し出した。
《都立教育委員会 監査室 西園寺》
千歳の表情が変わる。
「……この人、父の解任に関わってた」
「今さら何を話すっていうんですか。俺たち、真相に手を伸ばしただけなのに……!」
男は少しだけ顔を顰めて言った。
「あなたがたの“勘違い”が、大勢を巻き込まないことを祈ります。
それだけ申し上げに来ました。お気をつけて──では、これにて」
そして彼は静かに立ち去った。
空気が、凍りついていた。
俺と千歳は、声を出すこともできず、しばらくその場に立ち尽くした。
*
「……怖くないって言ったけど、やっぱり、少しだけ怖い」
夕暮れの帰り道。
千歳はぽつりと呟いた。
「父はね、きっと私に背中を預けてくれた。最後まで、なにも言わずに。でも、本当は言いたかったんじゃないかって、思う」
俺は歩きながら、答えた。
「じゃあさ。今、その背中を守れるのって、千歳しかいないよな」
「私、逃げない。父のためにも、自分のためにも」
彼女の声は震えていなかった。
その横顔は、あの百合のように強く、美しかった。
ふと、俺のスマホが震えた。
──《差出人不明》からのメッセージ。
『君たちが開いた扉は、もう閉じられない。次は“あの日の録音”が必要だ』
録音? ──誰の? いつの?
俺は息を呑んだ。
「千歳。まだ、終わってないみたいだ」
「……うん。だから進もう。止まってるわけにはいかないから」
俺たちは再び歩き出す。
目の前の闇が、少しずつ色を変え始めていた。