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第11話:君の鼓動が、こんなに近くで聞こえるなんて

「なにか変わった気がするんだよ、昨日から」


翌朝の教室。

ホームルーム前のざわついた時間。

俺は、ふと窓の外を見ながらそう呟いた。


「変わった、ってなにが?」

隣に座る千歳が、ノートを閉じて首をかしげる。


「なんていうか……千歳が“他人”じゃない感じ」

本音を言ったら、彼女は少し目を見開いて、照れたように俯いた。


「……そういうの、不意に言うのやめて。心臓に悪い」


静かに笑いながらも、その耳はほんのり赤く染まっていた。


 


放課後。

俺たちは再び図書室に向かっていた。

昨日の資料ファイルを持って。


「この名前──“相楽修吾”。父が事故当時、教育委員の中で一番異議を唱えていた人物だと思う」


千歳が指差したのは、旧校舎火災の対応会議録に何度も登場する名前だった。


「でも今は、都の教育行政の上層にいる。動かすには証拠が必要だ」


「その証拠、どこで探すんだろうな……」


俺が漏らすと、千歳は考え込むように言った。


「……たぶん、父のパソコン。まだ家にあるけど、起動パスワードが分からなくて……」


「そのパソコン、見せてくれない?」


思わず言ってしまった。

すると千歳は、少しだけ黙って──小さく頷いた。


「……うん。来る? 今日、うち……」


 



夕方、千歳の家。


初めて訪れたその部屋は、思っていたよりもずっと静かだった。

一面に並んだ本棚、壁に貼られた天文カレンダー。

彼女の“孤独な時間”が詰まっている空間だった。


「はい、これが……父の残したパソコン」


彼女が押入れの奥から出してきたのは、年季の入ったノートPC。

埃を払って、電源を入れる。


──パスワード入力画面。


「ヒントもない。何度か試したけど、全部ダメで……」


「家族の誕生日とか?」


「もう全部入れてみた。私の、母の……それでも開かなかったの」


俺は、彼女の父親なら、どんな言葉を最後に残すか考えた。


「ちょっと、試していい?」


俺はキーボードに指を置き、ある単語を入力した。


Chitose


──パスワードが解除された。


「……!」


画面が開いた瞬間、千歳の息が止まったようだった。


「まさか……私の名前……」


「それだけ、大事だったんじゃない?」


千歳は唇を噛んだ。そして、ぽつりと呟く。


「私……何も言えなかったんだ。父が辞めさせられたときも、悔しそうにしてたのに。ずっと逃げてた」


「でも今、君は逃げてない。俺と一緒に、真実を見つけに来てる」


モニターに映し出されたのは、非公開ファイル群。

そこには「事故報告書・修正案」「証拠写真」「関係者メモ」などのファイル名が並んでいた。


千歳は、震える手でそのひとつを開いた。


──そこに写っていたのは、ガス配管をいじっている作業員の後ろ姿。

その胸元の名札には、確かにこう書かれていた。


Sagara Co.(相楽工業)


 


俺たちは、ひとつの線が繋がった音を聞いた気がした。


「……やっぱり、あの事故は“仕組まれてた”んだ」


千歳がそう呟いた瞬間──


部屋の窓の外で、パシャリと何かが光った。


俺が振り返ると、誰かの影が、家の前を素早く離れていくのが見えた。


「誰か、見てた……?」


 


急に部屋の温度が下がったような気がした。

真実に近づくほど、誰かの目が、こちらを見ている。


 


でもその時、千歳が俺の手を握った。


「ねえ……もう、怖がってなんていられないよね」

「うん。俺たちはもう、巻き戻せないところまで来た」


 


部屋の片隅に置かれた小さな写真立て。

そこに写っている千歳の幼い笑顔と、優しそうな父の顔が、今も彼女を見守っているようだった。


 


──真実はもう、目の前だった。

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